予測不能で変幻自在なイメージ。アメリカの”描く文筆家”、ソール・スタインバーグの日本初個展が開催中。

  • 写真・文:はろるど

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ギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催中の『ソール・スタインバーグ シニカルな現実世界の変換の試み』展示風景

ルーマニアに生まれ、イタリアで建築を学んで風刺新聞『ベルトルド』に関与するも、ファシスト政権の反ユダヤ政策を逃れてアメリカへと渡ったソール・スタインバーグ(1914〜1999年)。戦後はニューヨークを拠点に雑誌や漫画の仕事に携わり、美術の領域にグラフィックを取り入れた第一人者として活躍。「描く文筆家」や「新しい思想の起案者」とも称され、子どもの絵や大人の落書きから、バロック、マニエリスム、表現主義、キュビスムなどを行き来して描いたドローイングは、ユーモアや風刺を備えた作品として、いまも世界中で多くの人々に愛され続けている。

そして没後22年。日本で初めての本格的な回顧展として開かれているのが、ギンザ・グラフィック・ギャラリーでの『ソール・スタインバーグ シニカルな現実世界の変換の試み』だ。1階と地下の2つの展示室には、ニューヨークのソール・スタインバーグ財団から寄贈されたポスター、リトグラフ、木版画の62点をはじめ、フランスのマーグ画廊の作品集5冊、さらにドローイングを中心とした代表作の複製など約280点もの作品が公開されている。まさにスタインバーグを再評価するのに相応しい充実した内容に違いない。

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右:『バスタブの中の女性』(1949年)、左:『無題』(1949年頃)

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右:『引き出しの街並み』(1950年)、左:『美術鑑賞者』(1949年頃)

女性のヌードのドローイングをバスタブへ直に描き、まるで本当にお湯に浸かっているように見えるのが『バスタブの中の女性』だ。また『引き出しの街並み』では、大都市の高層ビルのファサードの一つを棚の引き出しに見立てて描いているから面白い。そして雑誌『The New Yorker』に掲載された『抱えきれないほどの疑問符』では、一筆書きのように描かれた男がたくさんの「?」マークを抱えながら無表情で歩いている。どれもシンプルな造形ながらも、ありそうで無いシュールな光景が表されていて、戸惑いや驚きを覚えるとともに、思わずくすっと笑ってしまうようなウィットが感じられる。

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雑誌『The New Yorker』に掲載されたドローイングが並んでいる。50年以上にわたって同誌の仕事に携わったスタインバーグは、89点の表紙と1200点以上の中面のドローイングを描いた。



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右:『アメリカ人』ルートヴィヒ美術館(2013年)、左:スクール・オブ・ビジュアル・アーツ”どれだけ良くなりたいの”(2006年)

アートムーブメントや様式との関わりを持たないで制作したスタインバーグは、美術家の本質として「探究すること、不安な立場であること、そして専門家でないこと。」との言葉を残している。ヨーロッパの地図をモチーフとした作品に日本の地名が記されたり、アール・デコ様式の建築物が人間になっていくようなドローイングを目にすると、予測不能でかつ変幻自在なイメージが魔術のように繰り出されているようにも思える。理性と感性を間を駆け巡りつつ、不気味で滑稽、不条理などが混在する世界は、いつの時代も古びることなく見るものの固定観念を解き放っていくことだろう。

『ソール・スタインバーグ シニカルな現実世界の変換の試み』
開催期間:2021年12月10日(金)~2022年3月12日(土)
開催場所:ギンザ・グラフィック・ギャラリー
東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F
TEL:03-3571-5206
開館時間:11時~19時
休館日:日・祝日
入場料:無料
※臨時休館や展覧会会期の変更、また入場制限などが行われる場合があります。事前にお確かめください。
https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/