わずか40秒でスフィンクスを緑化? アドビのAI機能が描くクリエイティブの未来とは

  • 文:ガンダーラ井上

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鬱蒼とした緑に覆い尽くされたスフィンクス。この画像を制作するにあたり、高度なAi技術が使われている。

アドビは、コンピュータを使ったクリエイティブの現場では馴染みの深い企業だ。近年では「世界を動かすデジタル体験を」をミッションに、独自のクラウドソリューションで、企業のデジタルトランスフォーメーションを支援している。

写真の加工はAdobe Photoshop(アドビ フォトショップ)、グラフィックデザインならAdobe Illustrator (アドビ イラストレーター)、出版にはAdobe InDesign(アドビ インデザイン)、動画の編集ではAdobe Premiere Pro (アドビ プレミア プロ)など、それぞれのジャンルに応じた数々のアプリケーションを開発・提供している。実は私たちが日常で目にするクリエイティブの大半が、アドビ製品を用いて生み出されているのだ。

そのアドビが、世界最大級のクリエイティブの祭典であるAdobe MAX 2021を2021年10月に全世界向けにオンライン開催した。そこで発表された新機能のうち、Adobe Photoshop の「風景ミキサー」が大きな話題となっている。

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AI機能で、面倒な作業を省略

スフィンクス_元画像.jpg
元の画像に使ったのが、こちらのスフィンクス。乾燥した砂漠に立っているリアルな写真だ。

トップページの緑化されたスフィンクスは、Adobe Photoshopのニューラル フィルターとして新たに加わった「風景ミキサー」で制作されたものだ。元の風景画像に、組み合わせたい違う風景のスタイルを合成することができる。ありえないような光景にリアリティを感じさせるには困難が伴う。少しでも不自然さがあれば、鑑賞者は興ざめするだろう。

かつては熟達のレタッチ能力と美的なセンスをもつクリエイターが、何時間もかけて1枚の画像をつくり上げていた。それに対し「風景ミキサー」は元画像を用意し、合成したい風景スタイルを選択、そのデータをサーバーにアップロードして待つだけで、驚くほどのクオリティで合成されたイメージが生成される。ちなみに、この機能を初めて使うデザイナーが、緑化されたスフィンクスの画像を制作するのに要した時間は、わずか40秒だった。

スクリーンショット 2021-12-01 11.00.31.jpg
「風景ミキサー」の操作画面。Adobe Photoshopのニューラル フィルター機能のひとつで、任意の風景のスタイルを合成することが可能だ。

緑化されたスフィンクスは“ありえないけれどリアルな雰囲気”という極端な加工を施した例だが、もう少し“もっともらしい雰囲気”の画像を合成することも可能だ。たとえば緑に茂った樹木を紅葉させたり、河川を凍らせて地面に雪を積もらせたり、季節感をコントロールすることもできる。

Adobe MAX 2021で発表されたAdobe Photoshopのニューラル フィルター機能には「風景ミキサー」の他に「スタイルの適用」もある。これは、ごく普通の元画像の写真を、ワンクリックでモネ風やゴッホ風、あるいは北斎の浮世絵風に変換してくれるフィルターだ。このような高度な画像処理には、アドビが開発し、磨き上げてきたAI技術が活用されている。

山_元画像.jpg
風景ミキサーを適用する前の画像。木々が黄色に色づいているのは加工ではなく現実の色彩だ。
山_加工後.jpg
上の画像に風景ミキサーで冬景色のスタイルを合成することで季節感を変えられる。

アドビは、画像・映像の処理という特殊なジャンルで何十年もの経験をもっており、その専門分野に特化したAIを「Adobe Sensei(アドビ センセイ)」と称している。このAIはクリエイティビティの支援を行うことを目的として活用される。

Adobe Senseiが実装されているのはAdobe Photoshopに限らない。動画編集のAdobe Premiere Proでは、横長で撮影した動画からスマートフォン用に縦長に変換する際に、移動する対象物を常にフレーム内に収めながら1フレームごとにトリミングするなど、手間のかかる作業を自動化してくれる。

人がクリエイティブを制作する際に、実は単純な反復作業などに費やされている部分は意外に多い。それをAdobe Senseiが代わりにやってくれるから、人は真にクリエイティブな作業に没頭できる。さらに、Adobe Senseiはノンクリエイターだった人たちに対して、創作活動へのハードルを下げてくれる役割も果たす。誰もがクリエイティブな世界に参加できる、すなわち、クリエイティブの民主化だ。

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誰もが簡単に、フェイク画像をつくれる⁈

40歳_老け加工.jpg
人の年齢を見た目から判断することは意外に難しいもの。さて、この人物の年齢は幾つかわかるだろうか。

私たちは、人の年齢を外見から推測する。SNSのコンテンツや広告、看板やチラシ、雑誌の記事などで日常的に接している写真や動画を見ている時も、被写体の人物の年齢を経験値で判断している。では、上の写真の人物の年齢は次のうち何歳だろう? 次にあげた3つの選択肢のうち、ひとつが正解だ。あなたなら、A、B、Cのどれを選ぶだろうか?

A:65歳

B:40歳

C:23歳

見た目の印象だけで判断するのであれば、A:65歳と回答するのが常識的だと思われる。

だが、この人の実年齢は……。

40歳_元画像.jpg
これが加工前の元画像。ポートレートが撮影された時点での年齢は40歳だった。

クイズの画像は一般的な視点では65歳に思えたが、実はB:40歳が正解。

というのも、上の写真がクイズに登場した人物をありのままに撮影したもので、年齢は40歳だ。この人物に特殊メイクを施したわけではなく、画像データをAdobe Photoshopのニューラルフィルター機能の「スマートポートレイト」で加齢する方向に加工したものがクイズの画像に使用されていたのだ。

人物写真から受ける年齢の印象を操作していくレタッチには、自然な印象で仕上げるために熟達したスキルが要求されるが、Adobe Senseiがサポートしてくれるニューラルフィルターなら驚くほど手早く簡単に結果を手に入れられる。

40歳_若返り加工.jpg
こちらの画像は、ニューラルフィルターの操作で若返らせる方向に加工したもの。

このような加工を個人で楽しむ分には問題ないが、他人から見て実年齢より若く印象づけるための操作に使ったとしたらどうだろうか? もしくは、なんの加工もなく実際に年齢よりも若々しい印象の“ありのままの画像”を、「フィルターで若返らせている“フェイク画像”」だと中傷されたらどのように反論できるだろうか?

アドビのAI & 機械学習技術のAdobe Senseiは、クリエイションを加速させ、ノンクリエイターに創作の門戸を開いてくれる。一方で、私たちが接する画像や映像がどこから来たもので、誰の“持ち物”であり、どのように編集されたものなのかを明示していく必要性を強く意識させる。アドビでは、このような問題に対して「コンテンツ認証イニシアチブ」というプロジェクトを展開している。

スクリーンショット 2021-12-01 10.58.10.jpg
Adobe Photoshopに実装された「コンテンツクレデンシャル機能」で画像の帰属情報を含めた編集履歴が閲覧可能に。
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画像のコンテンツクレデンシャル情報の概要や詳細を確認できるウェブサイトで、画像の加工前後の差をスライダー操作で目にすることができる。

「コンテンツ認証イニシアチブ」の一環として、Adobe Photoshopに実装されたのがコンテンツクレデンシャル機能だ。ユーザーがこの機能を有効にすると、画像の帰属や編集履歴を暗号化し、改ざん不可能なメタデータとして添付できる。そのデータを開示することで、閲覧者は専用サイトで内容を確認可能になる。

上の写真はPhotoshopのAI機能「ニューラルフィルター」を使って加齢したものだ。このような編集プロセスが、コンテンツを制作した人のプロフィールとともに開示されることでAIの過剰な使用を制御していくことにもつながり、クリエイターが作者として確実に認知されるようになる。

目の前のコンテンツの信頼性を担保すべく、コンテンツ認証イニシアチブに賛同している企業はアドビを筆頭に、AFP通信、ニューヨークタイムズ、BBCなどのジャーナリズム関連や、ストックフォトのゲッティイメージズ、ニコンやクアルコムといったハードウェアやデバイスのメーカーなどがあり、総勢375以上もの企業・団体が加入し、いまも増え続けている。アドビの主導するこのプロジェクトは、クリエイターとその制作物を享受するすべての人々の倫理観を発動させ、フェイクの選別に効果を発揮していくことだろう。

問い合わせ先/アドビ
https://www.adobe.com/jp