ブライアン・アダムスが一流ミュージシャンたちと制作した、アートなカレンダー

  • 文:小川フミオ
  • 写真:Pirelli

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カバーはセイントヴィンセント

まるでアート写真集、といわれるのがイタリアのピレリ社が手がけるカレンダー。世界中にファンを持つ「ピレリカレンダー」である。その2022年版が、2021年11月末にオンラインで発表されて話題を呼んでいる。

ピレリはクルマ好きならよくご存知のイタリアのタイヤメーカー。自動車レースの最高峰、F1マシンが装着するのもピレリタイヤだ。同社では、タイヤとはまったく離れ、文化事業として1964年より、トップクラスの写真家を起用して美しいカレンダーを作ってきている。

2022年を担当したのは、カナダ出身のブライアン・アダムス。ロックミュージシャンでもある。「ウェイキング・アップ・ザ・ネイバーズ」(1991年)の大ヒットなどで知られるシンガーでありソングライターなので、日本でもファンは少なくないはず。

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Jennifer Hudson (July)

アダムスが、被写体に選んだのは、いま第一線で活躍するミュージシャンたち。たとえば、アリーサ・フランクリンの伝記映画「リスペクト」(2021年)で主演とサウンドトラックのボーカルを務めたジェニファー・ハドスン。

さらに、イギー・ポップ、セイント・ヴィンセント(ことアニー・クラーク)、シェール、グライムス、ノーマニ、リタ・オラ、ボーハン・フィニックス、スウィーティー、カリ・ウチス、とじつに多彩な顔ぶれ。最後にはアダムスじしんも登場する。

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Saweetie (April)

ユニークなのは、カレンダー全体を貫くコンセプト。アダムスならでは、と評価が高い。「ON THE ROAD」と題され、ツアー中のアーティストの生活を写真のテーマにしているのだ。

「開演前の緊張感、リハーサルが終わ って開演を待つ間の休憩時間、都市を転々とするツアー生活、ホテルの部屋での孤独感など」(プレスリリースより)を、ミュージシャンとともに表現しているのだ

「正直なところ、(このテーマを選んだのは)それほど難しいことではなかった。というのも、私はこの 45 年間、ずっと "オン・ザ・ロード "(旅をしている状態)を続けてきたから。このテーマを提案した時、もしかしたら以前に同じようなものがあったのかもしれないと思ったが、旅をするミュージシャンとタイヤを作る会社という共生関係はきっとうまく行くと考えた。そして、ピレリもこのテーマを気に入ってくれた」

そう聞くと、アダムスファンは、2004年の「ルームサービス」を思い出すのでは。全曲、世界各地のホテルの部屋で録音して作りあげたアルバムだ。

きみの笑顔を見た気がしたが、違っていたようだ。メロディは違うけどおなじみの曲だ、きみの声を聞いた気がしたが、違っていたようだ。新作映画だけどおなじみの場面だ。などと歌われる「ルームサービス」の世界が、ビジュアル化された、といえるだろうか。

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Rita Ora (November)

「ツアー中の出来事のすべてを 2、3 日で表現するのは非常に難しいす。そこで私が試みたのは、その中の いくつかの側面を表現することだった。ミュージシャンはいつも建物の正面を見ることはなく、裏側を見ている。目にするのは、ステージのドア、車のドア、ホテルのドア、列車のドア、バスのドアと、たくさんのドア。それは、すなわち常に旅をしているということを物語っている」

撮影は、2020年の夏、ロサンゼルスはサウスブロードウェイのザ・パレスシアターと同ハリウッドのザ・シャトーマーモント・ホテル、さらに、カプリ島のラ・スカリナテッラで。トータル3日間の仕事というのも驚かされる。

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Grimes (September)

「ツアーってすばらしい体験だけど、孤独感に襲われることがある。ミュージシャンであるブライアンは、それがわかっている。カメラを通して、私の気持ちをうまく表現してくれたと思う」

オンラインで開催された発表会に登場したセイント・ヴィンセントことアニー・クラークはそう語った。彼女は、朝ホテルの部屋で目覚めてから、ホテルの外との世界とコミュニケーションをとろうとする様子をカレンダー内で表現。

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Normani (June)

プールサイドで休日を過ごすカリ・ウチス、チェックアウ トするスウィーティー、バックステージでのシェール、サウンドチェック前のノーマニ、劇場に到着したジェニファー・ハドスン、イギー・ポップの開演前の様子、レコーディングスタジオでのグライムス、公演が終わりホテルに戻ったボーハン・フィニックス、ショー を終えたリタ・オラ……といったぐあいだ。

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St. Vincent (February)

「セイント・ヴィンセントの撮影は15分で。とてもいい写真を撮らせてくれたし、披露してくれたダンスもすてきだった。短い時間で必死にやって、最後に私は、あっと思った。なにかのためにと、ギターピックをポケットに忍ばせてあったのを思い出したんだ。撮影は終わりということになっていたのを頼んで、ピックを舌の上に載せてもらった。それが今回のカレンダーの表紙の写真だよ」

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Cher (May)

オン・ザ・ロード(路上とかツアー)というとどんな思い出があるか、と尋ねられたアダムス。映画「アポカリプス・ナウ(邦題「地獄の黙示録)」を思い出す、とした。

「あの映画のなかでベトナムにいった米兵は、故郷に帰りたい、と言う。でも米国に帰ると、ジャングルに戻りたいと思う。ミュージシャンもちょっと似ている。ツアーって中毒みたいなものだ」

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Iggy Pop (August)

今回の2022年版がユニークなのは、ひとつは先に触れたとおり、写真家じしんが登場していること。さらに「On The Road」という曲を、ミュージシャンであるアダムスが作ったこと。新アルバムに収録されるという。

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Bryan Adams (December)

現在62歳のアダムス。オンラインに登場した姿は、ブロンドの短髪を後ろになでつけ、ホーンリムの四角い眼鏡と、ブラックのライダースジャケットが印象的だった。彼のアルバムカバーにあるような、ギターを抱えて爆発しそうないきおいはなかったものの、自作を準備中というのが、じつに楽しみ。

ジェニファー・ハドスンにも、曲を提供した、と今回の記者会見で明らかにした。詳細を私は不明にして知らないのだが、楽しみなニュースが聞けたのも嬉しかった。

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Guitar (December)

1872年に設立されたピレリは、1964 年以来、 今回をふくめて37名のフォトグラファーに依頼し、48作品の「ピレリカレンダー」を発表している。当初は明るいセミヌード的なものが多かったが、近年は社会や環境や人権に配慮した内容でも話題を呼ぶようになっている。

たとえば、アニー・リーボビッツ(2016年)はオール女性キャストで、アルバート・ワトスン(19年)はすべて黒人キャストで不思議の国のアリスの世界をつくりあげる、といった具合なのだ。