ミケル・バルセロを知っているか? 日本初の回顧展が開催中

  • 写真・文:はろるど

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『銛の刺さった雄牛』 2016年 闘牛をこよなく愛したバルセロは、絵画の主題として度々取り上げてきた。失敗の危険に立ち向かいながら、孤独に戦おうとする闘牛士は、画家の自画像とも言われている。

スペインのマジョルカ島に生まれたミケル・バルセロ(1957〜)。1982年に国際美術展「ドクメンタ7」(ドイツ・カッセル) でデビューして以来、パリ、アフリカのマリ、そしてヒマラヤなど世界各地に活動の場を広げると、現代美術を牽引するアーティストとして評価されてきた。近年は国連欧州本部人権理事会大会議場(スイス・ジュネーブ)の天井画といった建築プロジェクトも手がけているが、日本では過去に展覧会が開かれたことがなく、よく知られた存在とは言えない。

東京オペラシティアートギャラリーで開催中の『ミケル・バルセロ展』では、国内で初めてバルセロの仕事の全貌を紹介。3階のすべての展示室に加え、通常コレクション展が行われる機会の多い4階の2つのギャラリーを使って、縦横2〜3メートルを超す絵画や、人の高さほどある陶のオブジェ、またブロンズ彫刻やドローイングなど約90点の作品を展示している。それらは大地や海、さらに自然の動植物と交感しているような森羅万象のイメージに満ち溢れるとともに、力強いまでの情熱がほとばしっている。

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『とどめの一突き』 1990年 闘牛場と火口がダブルイメージのように描かれている。火山岩のような小石の欠片が貼り付けられた表面の質感も見どころ。

『とどめの一突き』とは、赤い背景に黒い円が浮かび上がる一見、抽象的とも呼べる絵画だ。ただ目を凝らすと、小さな黒い塊のような牛と闘牛士の姿が描かれていることが分かる。また山の火口のようも映るが、実際にバロセロはナポリのヴェスヴィオ山を訪ねた時、「空の闘牛場」のように感じたという。火口と闘牛場の2つのモチーフが直接結びつくことはないが、バルセロにとっては互いにエネルギーの渦巻く場所として重要な意味を持ち得ているのかもしれない。

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『小波のうねり』 2002年 繊維質の物質が混じった絵具を厚塗りしていて、その凹凸が小波や泡の動きを連想させる。バルセロにとって海は極めて重要なモチーフの1つだ。

何が描かれているのか分からないように思える『小波のうねり』も、海を上空から俯瞰した光景を表した作品だ。そして海面が時間とともに変化するように、画面の左右から立ち位置を変えると、色彩や表情が異なって見える。またバルセロは制作にあたり、カンヴァスを吊り上げ、絵具がつららのように固まっていくように仕上げていて、絵具そのものが波打っているように感じられるのだ。このように抽象を思わせつつ具象へと開けるイメージや、絵具が生み出す画肌の複雑なテクスチャーもバルセロの絵画の大きな魅力と言える。

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右から『ドリー』(2013年)と『マルセラ』(2011年)。ともに「ブリーチ・ペインティング」のシリーズ。脱色の効果が現れるには時間がかかるため、バルセロは制作中に色の様子を確認できない。そのために頭の中でイメージを築き、腕の感覚にまかせて描いていくという。

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3階展示室に並ぶ陶の作品。手前は『堅い頭の動物たち』(2012年)。バルセロは1988年に西アメリカを旅してサハラ砂漠を横断。マリ共和国に拠点を置くと、毎年のように滞在しては、同地の風土を創作のインスピレーションとした。

家族や知人をモデルとした「ブリーチ・ペインティング」とは、水で溶いた漂白剤で絵具を脱色して描く技法を用いた肖像画で、人の内面がおぼろげに浮かぶような神秘的な雰囲気をたたえている。またアフリカのマリへ渡って手がけた陶器の作品は、力を加えてできた歪みをそのまま活かし、古代の壁画のような動物の絵を描くなど、プリミティブな造形を特徴としている。展覧会は昨年春の国立国際美術館(大阪)を皮切りに、長崎と三重の各県立美術館にて開かれてきた全国巡回展で、ここ東京オペラシティ アートギャラリーが最後の開催地となる。いま最もホットなアーティストの一人であるミケル・バルセロの作品世界を見逃さないようにしたい。

『Miquel Barceló ミケル・バルセロ展』
開催期間:2022年1月13日(木)~3月25日(金)
開催場所:東京オペラシティ アートギャラリー
東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー3F
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:11時~19時
※入館は閉館の30分前まで。
休館日:月(祝日の場合は翌火曜日)、2月13日(日)
入場料:一般¥1,400(税込)
※臨時休館や展覧会会期の変更、また入場制限などが行われる場合があります。事前にお確かめください。
https://www.operacity.jp/ag/