【2021年のコンテンツ、これが面白かった】事物の本質に迫ろうとする、石井靖久写真展「△」

  • 文・写真:ガンダーラ井上

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©Yasuhisa Ishii

今年、最もヤバイと思ったコンテンツ、それは石井靖久さんの写真展「△」。

そもそも、「△」ってどう読むのか? その意味するところは何なのか? 謎だらけのままギャラリーに向かい、その展示を観て心底ゾワゾワ(これは褒め言葉です)しました。

僕は11月末に発売されたPen本誌の第二特集「写真家がとらえた、命のかたち」で石井さんに取材する機会を得たのですが、校正戻しの素早さと的確さには舌を巻きました。そのとき受け取った手書きのコメントがビシッと端正に揃った感じが、目の前の展示作品の精密なレイアウトにも現れているんですね。

この完全性に向かって猛然と追い込む姿勢は、石井さんが写真家であると同時に医師でもあることに関係しているのだと思います。彼の作品世界は医師として見て(診て)きた数多くのイメージと知見の蓄積をベースに形成された視座によるものなのです。

では、石井さんは世界をどのように見ているのでしょう。本誌並びに展覧会に出品されている作品から、彼の脳の中を覗いてみましょう。

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Non-self.jpg
©Yasuhisa Ishii

この写真のタイトルはNon-self (非自己)である。と取材の時に聞いて僕はのけぞりました。被写体としては鳥の群れなのですが、非自己であると…。これはただ事ではないですよね。そこでキャプションとして与えられた80文字で、自分なりの解釈をぶつけてみました。

作品キャプション:
生体活動を監視・維持する免疫システムは、常に「自己」と「自己ならざるもの」を識別し、排除すべき存在と判断すれば即座に攻撃を開始する。まるで群れをなす鳥のように。

このキャプションに対する石井さんからの修正依頼はなく「キャプ最高ですね」とのコメントを頂戴しました。そうすると、自己ならざるものはフレームの外に在る。すなわち写真の外側の存在が写真で表現したい対象ってことになるわけで、これはものすごくクールだと思います。

InvasiveBlack.jpg

これが作家の石井さんです。背中と一体化している作品のタイトルは、Invasive black(浸潤する黒)。浸潤ってガチの医学用語ですよね。これまた石井さんの視座に思いきりフォーカスして、真意を読み解いていきます。

作品キャプション:
本来はその組織に存在するはずのない何かが現出し、増多・遊走して周囲の組織の内部にも入り込み広がっていく現象を浸潤と呼ぶ。その黒い影は、あなた自身でもある。

IB.jpg
©Yasuhisa Ishii

これも石井さんの承認済み。いわば公式キャプションです。浸潤現象は物質として見ることのできる部分だけでなく、思想や感情にも及ぶと石井さんは語ります。その黒い何かから目を背けることなく、自己の内省を極めた先に他者との共感を得る手掛かりがある。まるで抽象画のようなこの写真には、かなり高度で濃密なメッセージが込められているのです。

こうして言葉を先に提示してしまうと鑑賞する方々のイマジネーションが発動することを阻害しかねず、作品を観ていく楽しみを奪ってしまうことになるのでこれ以上はしません。

とはいえ、具体的な被写体無くして成り立たない写真という表現手法で、ここまで形而上学的に事物の本質に迫ろうとしている作家の姿勢を理解して欲しいという気持ちから、このようなレポートを記させて頂きました。

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石井靖久 写真展「△」。 冒頭にも申し上げましたが、かなりヤバイです。

作品1点1点に込められたメッセージを読み解くことで知的興奮を得る。あるいは作品から受け取った瞬時の感覚に身を委ねる。いずれの鑑賞法もオススメです。展示空間のデザインはもとより、各作品のサイズ感や額装方法まで練りに練った構成になっているので、実際に会場へ足を運んでもらうことの体験価値が極めて高い展示です。

それで「△」ってどんな意味なのかですって? ここで知ってしまうとこの先の楽しみが蒸発してしまうので、この続きはギャラリーで。ではこの辺で失礼します。

石井靖久 写真展「△」


開催期間:2021年11月26日〜2022年1月12日
開催時間:10:00~21:00
開催場所:新宿 北村写真機店 6F Space Lucida
入場料:無料

本展「△」はライカギャラリー東京以来2年ぶりとなる、完全新作による写真展。「細胞の海、神経の森」の母細胞に位置づけられる作品群が収録された写真集「a sea of cells,a forest of nerves(bookshop M刊)」も取り扱いあり。会場ではオリジナルプリント&ガンダーラ井上による全作品のキャプション付き特装版も部数限定で発売。


Profile:石井靖久(医師・写真家)

2018年、染色という医学的手法を用いて写真を再考察する表現で写真集「Staining」、翌年には医学で構成された脳が紡ぎ出した自然写真群「a sea of cells, a forest of nerves」を出版。医師と写真家に共通する、しかし他者とは共有できない「みる」という行為の葛藤を考察すべく、視覚と脳の関係を軸とした表現で作品制作を行う。
Web:www.yasuhisaishii.tokyo
Instagram:@yasuhisaishii.tokyo

【2021年のコンテンツ、これが面白かった】事物の本質に迫ろうとする、石井靖久写真展「△」

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ガンダーラ井上

ライター

1964年東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計やカメラの収集に血道をあげ、2002年に独立し「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」などの雑誌やウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)など。

ガンダーラ井上

ライター

1964年東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計やカメラの収集に血道をあげ、2002年に独立し「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」などの雑誌やウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)など。

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