スプリングスティーンの曲に自動車がよく出てくる、もの悲しい理由とは

  • 文:速水健朗

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(c)Alamy/amanaimages

20世紀初頭に生まれた“大衆車”と“大衆音楽”は、1930年代にカーラジオを介して融合する。自動車と音楽、ここまで相性のいいマッチングもなかなかない。自動車が音楽の領域に初登場したのがいつなのかは知らないが、ロックンロールは初めから自動車とセットだった。チャック・ベリーの1955年のデビュー曲『メイベリーン』の歌詞には、キャデラックとV8フォードが登場するのだ。自動車が日常の一部となったティーンエイジャーのライフスタイル。そして、V8はアメリカの裕福さの象徴だった。

チャック・ベリーが2017年に他界した時、「最も純粋なロックンロール・ソングライターだった」と評したのは、ブルース・スプリングスティーンである(https://twitter.com/springsteen/status)。彼こそ、自動車のあるアメリカを描くロックンロールの最大の後継者だ。

出世作『Born to Run』(1975年)には、ハイウェイ9号を車線を飛び超えて駆け出していくという、走り出したくなるような歌詞がついている。ただ彼が「Suicide Machine」と呼んでいるのは、二輪車。しかし、その後のスプリングスティーンの曲には、自動車が数多く登場している。アルバムの『リバー』(1980年)を見てみよう。シングルカットされた大ヒット曲『ハングリーハート』は、妻と子どもを捨てて自動車で家を出た男の話。『ドライブ・オール・ナイト』は、失恋して自動車で走り続ける男の歌。『STOLEN CAR』は、離婚して盗んだ自動車で走っている男の歌。すべて生活にくたびれきった男と自動車の歌だ。きわめつけは『Cadillac Ranch』。これは、自分が死んだらキャディラックのトランクに死体を積んでジャンクヤードに連れて行ってくれと願う男の話である。

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くたびれきった男=父親?

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ブルース・スプリングスティーンが初めて所有したとされる自動車、1957年製のシボレー・ベル・エアー・コンバーチブル。(c)Kristin Callahan/Everett Collection/amanaimages

スプリングスティーンの父親は、絨毯工場で働いたり、バスの運転手をやったり、転々としていたようだ。そして、家ではいつもおし黙って酒を飲んでいた。父との関係が、彼の音楽の根幹にあった。インタビューでは、父との微妙な関係が繰り返し語られる。そして、少年時代を過ごした家は、ガソリンスタンドの隣だったという。歌からは、常にその様子が浮かぶ。スプリングスティーンの歌に出てくる自動車を運転するくたびれきった男は、父親の姿と重ねられているのだろう。カーラジオから流れるスプリングスティーンの歌が、どこか特別なものに聞こえる理由がわかった気がする。

さて、自動車と音楽の融合から、もう90年以上の月日が経っている。その歴史を振り返るシリーズもののイベントを僕(速水)と映画音楽ジャーナリストの宇野維正のふたりで始めた。DOMMUNEの配信で、題名は「八代亜紀からレゲトンまで“カーオーディオとモータリゼーションの音楽史”」。https://peatix.com/event/3291462

その第1回は、チャック・ベリーの話から、1960年代のニューシネマ“トラック野郎”あたりまでを話したが、70年代の話でタイムオーバー。続編は7月6日に行う。次回は80年、スプリングスティーンの話から始める。そして、ローライダー文化、90年代ヒップホップ、マイアミベースを経てのレゲトンの話まで行き着く予定だ。現場(渋谷パルコ9階「SUPER DOMMUNE」)での観戦も可能なのでぜひ。

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。

速水健朗

ライター、編集者

ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会をなぞるなど、一風変わった文化論をなぞる著書が多い。おもな著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。