斬新かつ清々しい、角銅真実の新譜

  • 文:中安亜都子

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角銅真実(かくどう・まなみ)●長崎県出身。東京藝術大学音楽部打楽器科で高田みどりにマリンバを学ぶ。ソロ活動に加えて、ceroのサポートや石若駿率いるSONGBOOK PROJECTのメンバーとしても活動。映画『よだかの片思い』(2022年)のテーマソング「夜だか」を配信リリース。新作のアルバム・ジャケットのアートワークは交流のあるメキシコのヘラルド・バルガスによる描き下ろし。Photo by Ittetsu Matsuoka

打楽器奏者でシンガー・ソングライターの角銅真実のアルバム『Contact』は、ゴボッという水に潜る音で始まる。前作『oar』から4年。待望の新作は歌や楽器の演奏だけでなく、彼女がキャッチした日常の音を編集し、加工した音が随所でひそやかに鳴る作品だ。自作の歌を歌うシンガー・ソングライターではあるが、彼女の場合、さらにサウンド・クリエーターという言葉をプラスしたくなる。

「今回は動作している音を入れたいというのがありました。オープニングでは水に潜り、アルバムの後半で水から出てくるので、再び水の音がするんです。哺乳類は、お母さんのおなか、つまり水から生まれてくるじゃないですか。そこには長く留まれないし、帰りたいと思っても、帰れない場所ですよね。私はフリー・ダイビングをする人が書いた本を読むのが好きなのですが、新作は本で読んだ夢の話に触発されました」

夢から覚めたばかりの時は、どんな夢だったのか覚えているのに、時間が経つと夢の内容は忘れてしまう。それはあたかも生まれてからは、母親のお腹の中、胎内の記憶をなくしてしまうことと、イメージが重なったようで、このことが水をテーマにしたアルバムをつくるきっかけになったと語る。

レコーディングでは、ヴォーカルのほか、マリンバ、キーボード、パーカッション、ギター、ハーモニカなどを演奏。参加メンバーは秋田ゴールドマン(Acoustic Bass)、光永渉(Drums)、巌裕美子(Cello)、古川麦(Guitar)、竹内理恵(Flute)、石若駿(Piano)ら。彼らによるアコースティック楽器のアンサンブルは、歌声と調和し、暖かく清新な聴き心地を生み出した。

雨が静かに降る情景を叙情的に描いた「外は小雨」(米国のフォーク系シンガー・ソングライターのサム・アミドンが参加)、枕の詰め物の豆など植物から芽が出たことをユーモラスに描き歌う「枕の中」、もうひとつ、枕をタイトルにした「落花生の枕」は、江戸時代に詠まれた俳句に、雀が落花生を枕にするという言葉があり、それに着想を得たという。

「『落花生の枕』は、演奏の間、ずっと鳥が鳴いているんです。その鳴き声に対して私がずっと相槌を打っている声が入っています。本当に鳥と喋りたいと思うんですけど、できないですよね。でも音楽の中だと出来るじゃないですか」

小鳥と喋ると言っても、メルヘンにはならず、現代音楽系の気の利いた小品という趣き。この作品を例に取るまでもなく、彼女がつくり出すのはシンガー・ソングライターの歌というよりも、先述したようにサウンドメイクの創造性をプラスした音楽だ。それが小難しくならず、さながら終始、微笑んでいるかのような表情を感じさせるところが、この人のオリジナルな個性であると思う。

アルバムのレコーディング・データには、フィールド・レコーディングと記されたものが数曲ある。スタジオやコンサート・ホールなどの通常のレコーディングで録られた音ではなく、文字通り屋外で音を採取することを指す言葉だ。たとえば本作の「3」という作品は、

「バリ島で録った小さな子供が水辺で遊んでいる声や、笑い声を編集している時に、イタリアに行った友人が教会の鐘の音をメッセージで送ってくれて、そのまま流しました。バリとイタリア、場所と場所を合わせているんです」

音楽をつくる本人を介在して、それぞれ違った場所を合わせ繋いだこの曲は、本作のテーマ、コンタクトに添った収録曲のひとつだ。

「私の音楽ってハーモニーやリズムじゃなくて、何かわからないけど、小さな音がたくさん入っている。耳を澄ましてもう一度聴いてみたらまた変な音が入ってたというか。そういうものにどうしてもなってしまう」

と語り、さらに続ける。

「一回だけ聴いて、もう聴かない人がいても良いと思うし、もう一回聴いた人が、こんな音が入っていたんだと、気付いてくれたらさらに良いですね。情報として聴くのではなく、耳を澄まして聴くということのきっかけになったら面白いと思います。この作品で、これを伝えたいとか、みんなにこうして欲しいとか、強い思いがあるのとは違うんですけどね」

今回特筆すべきは「長崎ぶらぶら節」(長崎県民謡)のカバーだ。エコーを効かせた前半から、突然、サウンドは高速ビートへと変化する。このアレンジ・ワークは、白眉と言えるのではないだろうか。

学生時代はマリンバを中心に学んだが、パーカッションなど、マルチに打楽器を演奏していたという。そんな学びの成果なのだろうか。その音楽を聴いていると、サウンドが歌を引き立てているというよりは、言葉とサウンドが同化しているとも感じる。

「そう思います。今回は身体的に言葉を演奏している、そういうことに憧れながらつくった気がします」

と語るように彼女の音楽の向き合い方は、とても個性的だ。仕上がった作品は斬新かつ清々しい。学んだ素養を土台にして、生まれ持った自由な音楽センスがこれからどう進展していくか、注目していきたい。

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『Contact』

角銅真実
UCCJ-2233 ユニバーサル・ミュージック ¥3,300 
https://manami-kakudo.lnk.to/Contact_w