最近、テクノロジー界隈で「Immersive(没入)」という言葉をよく耳にする。多くはディスプレイが内蔵されたゴーグルを被って、映し出されるデジタル映像に没入するというものだ。でも、そうした「没入体験」には何か物足りなさがある。その何かを感じさせてくれる作品の1つがSONY Creative Centerの「INTO SIGHT」だ。新たなメディアプラットフォームの実験的な展示で、その空間に一歩足を踏み入れると、来場者の動きに呼応するように光、色、音が変化し、一度限りの景色が絶えず生み出され、現実とは異なる世界を視覚と聴覚で体験できるという。
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現在、「札幌国際芸術祭 2024」(Sapporo International Art Festival)で展示中だ。2022年9月に開催された「London Design Festival 2022」で初披露され話題を呼び、今回、初めて日本で展示されることとなった。
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全身で楽しむ四角い万華鏡
薄暗い部屋に置かれたのは巨大コンテナのような四角い空間。中に入ってみると少しずつ色を変えながら無限に広がるドットパターンに包まれる。上下左右視界の外までも映像に満たされていることが肌にまで伝わってくる。ここで左右に動き回ったり手を振ってみると、実はそのドットパターンが、自分の動きに反応して動いていることに気付く。自分の動きに無数のドットがちゃんと反応し続けるのを見て、だんだんと自分が空間や映像と一体になっているのを感じる。
その後、さらに奥へと足を進めると、果ての見えないドットパターンが壁が上にも横にも、そして足下にまでも無限の壁のように広がっていることに気がついて、まるで自分が宙空に浮かんでいるような錯覚に圧倒される。
しばらく体験していると映像が切り替わり細胞のようなパターンが現れたり、波打つ線が現れたり、上空から見下ろした雪原が映し出されたりと何パターンもの映像が用意されている。
体験を終えて、外に出て自分は巨大な万華鏡の中にいたのだと気付かされる。
実は映像が映し出されているのは一番奥にあるほぼ正方形(幅3.70 x 高さ3.40メートル)の200インチのCrystal LEDだけ、その映像がフィルムでコーティングされた左右のガラスや上下の鏡に反射し合わせ鏡のようになっている。ちなみにこの無限反射を生み出す鏡とガラスに貼られた偏光フィルムが映像を虹色に変化させている。遠くから見た虹は7色の孤に見えるが、真っ暗な部屋で巨大な虹を見たら、おそらくこのような緩やかで無限に続く色変化を描いていることに気付かされるのだろう。
ところで、この「INTO SIGHT」、いわゆる万華鏡と違う部分があるとすれば、それは左右を鏡にせず、ガラスにしたことだろう。反射する映像の向こう側に微かに外からこちらの様子を覗き込んでいる人々の気配を感じることができた。
逆に作品を外に出て側面から覗き込むと、中で鑑賞している人たちの様子が非常によく見えるし、入場口の外の灯りすら透けて見えている。
VR(ヴァーチャル・リアリティー)を始めとした多くの「Immersive(没入)」体験は被験者と外の世界を隔絶してしまうが、「INTO SIGHT」では、この微かな見え方によってそれが地続きになっている。
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根底にあるテーマはリアルとバーチャルの融合
「没入型の空間演出を通じて、すべての来場者に特別でパーソナルな没入体験を提供」することを狙ったというこの体験、作ったのはソニーグループ株式会社(以下、ソニー)のデザイン部門であるクリエイティブセンターだ。
「根底にあるのはリアルとバーチャルの融合というテーマです。我々はメタバース関係のプロジェクトなども多く手掛けており、リアルとバーチャルの融合というのが非常に身近なテーマとなってきています。この領域で、ソニーはディスプレイとセンシングをキーのテクノロジーとしています。その技術をアートとテクノロジーの融合を通して形にしたのがINTO SIGHTになります。」そう語るのはクリエイティブセンター長の石井大輔氏。
作品名の「INTO SIGHT」は、「ひらめきによって新しい価値観を得るという意味のInsight(洞察)と、新しい視覚体験に足を踏み入れる”Into Sight”」の2つの意味を掛けたという。
テクノロジスト、インタラクションデザイナー、コミュニケーションデザイナー、コンテンツクリエーター、アートディレクター、CGI (Computer Generated Imagery)スペシャリスト、サウンドデザイナー、プロデューサー、PRスペシャリストで構成される多様な専門性をもったチームを編成し、およそ半年がかりで制作したという。
制作をリードしたのはデザイン テクノロジスト、大木 嘉人氏。
「今まで映画のバーチャルプロダクションやサイネージでしか使われていなかったSONYのCrystal LEDをインスタレーションに使ってみたいと思い、そこに、センシングの技術を組み合わせることで、人々が中に入って心地よく楽しめるプラットフォームをつくろう、という考えになりました。最初はレゴの人形を置いた小さい模型を作って、奥にパソコンのディスプレイを置いて、コンテンツとして魅力が出るのはどんなものかを試行錯誤しました」と言う。
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没入体験を支えるソニーのテクノロジー
Crystal LEDとは、ソニーが開発した高輝度と高精細を特徴としたディスプレイ。ユニット型のものをいくつか繋ぎ合わせて大きな1つのディスプレイとして扱うことができる。
「企業のエントランスなどに設置された大型ディスプレイとしてもよく使われますが、最近ではバーチャルプロダクションと言って映画などの撮影で背景を映し出すのにも使われることもあります。照明の向きをちゃんと合わせれば、あたかもそのロケ地に行って撮影したかのような映像を撮るための装置として使われることもあります。また、ソニー・ホンダモビリティではないのですが、自動車メーカーで自らデザインした自動車が、さまざまな空間に置いた時どのように見えるかを検証するのに用いられたりもしています。」(石井)。
現実の風景と見分けがつかないほどにリアルな映像を映し出し、それだけに実写やそれに近い映像を映し出す機会の多いCrystal LEDが、今回の展示では200インチのほぼ正方形のディスプレイとして組み上げられ、かなり抽象的な模様などの投影にも使われているが、これは「美しいだけでなく来場者が心地よく感じられるように、バランスを取って作った映像」(大木)だと言う。
この作品で体験の没入感を強くしているのは映像の大きさ、つまり左右のガラスや上下の鏡で無限に反射を繰り返したことによって映像が視野の外にまで広がっていることだが、この巨大映像の体験が得られるのもCrystal LEDによる部分が大きそうだ。
「Crystal LEDの特徴はドットピッチ(高精細さ)と明るさと色再現性ですが、INTO SIGHTでは偏向フィルム上で無限反射を繰り返す中、どうしても映像が次第に減光してしまうので、元となる映像はパッキリと明るい必要がありCrystal LEDの高輝度である部分が貢献してくれました。
光の万華鏡のような本作品を成り立たせているもう1つの主役が、この偏光フィルムだろう。
多くのテクノロジー企業が作る「没入体験」では、前後左右を全面ディスプレイにしたり、プロジェクターを組み合わせた全方位映像にしたりといったインスタレーションになりがちだが、今回の展示はあえてそうはせずハーフミラーのような半透明の壁を採用している。
「もちろん、我々の中でも全面ディスプレイといった方向での展示も試みたのですが、どうしても画面からくる映像の『圧』が強くて、何か落ち着いた感じにならないと感じました。では、なんでそうなのかというと、やはり周りと隔絶されている空間というのに違和感を感じているからではないかと思いました。半透過のフィルムを使うことで、コンテンツとしての大きな広がりがありつつも、外の状態も同時に見え、なおかつ色も少しずつ変わっていく部分に楽しさみたいなものもある。そういった感じがリアルとバーチャルのブレンドの割合として面白いんじゃないかな、と考えるようになりました。」(大木)。
ちなみに、3M社のファサラガラスフィルムという製品のダイクロイックシリーズというフィルムを採用している。クリエイティブセンターでは、この素材を2019年の「ミラノデザインウィーク」での、人とロボティクスの関係性を探った「Affinity in Autonomy <共生するロボティクス>」という展示でも人とロボティクスの親しみある関係性の象徴として展示のそこかしこで使われた実績がある。
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ソニークリエイティブセンターはどうしてアートインスタレーションを作るのか
それにしてもメーカーであるソニーのクリエイティブセンターは、どうしてこのような作品作ったのだろう。
石井によれば、ソニーのクリエイティブセンターは、ソニーグループのさまざまな事業を結びつけるクリエイティブハブ的な役割を担い、エレクトロニクス製品のデザインのほか、ビジョンやロゴなどのブランディングやインターフェースを含め、多岐に渡るデザインを通じてブランド価値向上だったり、企業価値向上に貢献していると言う。最近ではオーディオ、ビジュアル、IT機器、ロボティクスといったハードウェアのデザインだけではなく、デザインコンサルティング事業を立ち上げ、他の企業やスタートアップ企業の支援も行なっているという。
そんなソニークリエイティブセンターだが今回の展示には、「人とテクノロジーの新しい関係性の模索」や、それまで同センターがつながりを持っていなかった幅広い層につながるという2つ目的があったようだ。
「今回の展示は人の動きをセンシングして、それをフィードバックし、ジェネラティブな映像だったり音楽だったりといった形で再生するという装置になっています。そう言った人とテクノロジーの関係性というものは、我々がデザインをしていく上で非常に重要なポイントだと思っています。人がテクノロジーに寄り添うのではなく、テクノロジーの側が人に寄り添うのが大事であって、今回もそれを具現化できたかなと思っています。」
石井センター長は、展示をこう振り返りつつこう続けた。「例えばaiboは人の顔、オーナーの顔を認識してフィードバックを行ったり、最近ではモビリティ(自動車分野)においてもドライバーの顔を認識して危険を察知したりなど新しい関係性を築こうとしています。今回の展示も、そう言った人とテクノロジーの関係性の模索の延長線上にあるのかなと思っています。」
そうした模索活動の末にできた作品を多くの一般市民や観光客が訪れる芸術祭、札幌国際芸術祭で展示した意義について聞くと。
「ソニーのテクノロジーで作った我々のクリエイティビティを、普段、我々のことをあまり意識していない人々に届けられるのがいいなと思いました。実際の製品として届けて、それについてのフィードバックをもらうのもいいですが、今回の作品のような形にすることで少し抽象的にはなりますが、我々の考えていることを一人一人に体験として感じてもらうことも大事なのかなと思っています」とのこと。
作品が初披露された2022年のLondon Design Festivalでは、最終的に1万2000人が来場する人気の展示になった同作品。
「最終日は建物の外にまで長い行列ができていて、特に子供たちが喜んでくれているのが私たちも嬉しかったです。」と石井。「親もこの中で子供の写真を撮ると見栄えが良いと喜んで写真を撮っていました。どうしてもソニーの展示となるとテクノロジー好きの人にばかり人気が出てしまうことが多いのですが、幅広い層の人々に喜んでもらえたことが我々にとっても非常に嬉しかったです。」と石井氏。
ちなみに、今回の札幌国際芸術祭への展示が決まったのは、上述したミラノデザインウィークの「Affinity in Autonomy」の会場に「札幌国際芸術祭 2024」のディレクター、小川秀明氏が訪問したことだという。
その後、何度かコラボレーションの誘いを受け、今回の芸術祭に未来を一緒につくるパートナーとして参加。「INTO SIGHT」の国内初展示を行う形で話がまとまった。
札幌国際芸術祭は、3年に1度、札幌市内のさまざまな場所を会場にして賑やかに開催する芸術祭だが、今年はコロナ禍で一度開催が中止になったこともあり、今回は2017年以来、6年半ぶりに初めての冬開催という形で復活した。
テーマディレクターの小川秀明氏は今年の芸術祭のテーマを「LAST SNOW」に定め、札幌市内の6会場に「200年の旅」と「未来の実験区」という2つのストーリーで展開したという。
「200年の旅」は北海道立近代美術館で行われている100年前をテーマにした展覧会と、未来劇場と命名された会場で行われる100年後の未来をテーマにした展覧会、そして札幌文化芸術交流センター SCARTS(スカーツ)で行われている現在をテーマにした展覧会で構成されているが、「INTO SIGHT」はこのSCARTS会場における目玉の展示となっている。
先月から始まった芸術祭は、世界中から多くの人が集まるさっぽろ雪まつりの時期を経て2月25日まで開催されている。この機会にソニーのデザインによる没入体験や世界中から集まった40組以上のアーティストによる注目作品を触れに冬の札幌を訪れてみてはいかがだろう。
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「INTO SIGHT」は、同時に約15人まで体験できる。複数人で体験する場合は、中に入っている人全体としての動き、特に最後に作品に入った人の動きに反応しやすい。
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天井と床はガラスではなくより反射率の高い鏡になっており、これが宙に浮いているような浮遊感を生み出している。雪の札幌だが、体験するときには外履きを脱いで体験することになっている。
「INTO SIGHT at SIAF2024 -リアルとバーチャルが融け合う世界へ-」
Sony Creative Center
展示期間:2024年1月20日(土)~2月25日(日)
(2月14日(水)は休催)
開館時間:10:00~19:00
展示会場:札幌市民交流プラザ1階 札幌文化芸術交流センター SCARTS
札幌市中央区北1条西1丁目
https://www.sapporo-community-plaza.jp/scarts.php
料金:入場無料/事前申込不要
https://www.sony.com/ja/SonyInfo/design/intosight_siaf2024