愛煙家にとっては憩いの場である喫煙所。屋外の喫煙所の数が足りていないことに起因した吸い殻のポイ捨て問題など、街の喫煙所のあり方は、現代社会が抱える課題のひとつだ。しかしいま、新たな付加価値で可能性の広がりを期待させる“進化系喫煙所”があることをご存知だろうか。
公共の喫煙所を、災害時の防災拠点として活用
まず、紹介したいのがNPO法人プラス・アーツとJTが共同で設置を推進する、「イツモモシモステーション」と名付けられた“防災喫煙所”だ。プラス・アーツは、自らも阪神・淡路大震災で被災した経験を持つ永田宏和さんが2006年に設立。行政や企業などと共同し防災にまつわるさまざまな取り組みを通して、日常的な防災を「自分こと」として捉えてもらうことを目的に活動する法人だ。
「“防災喫煙所”というアイデアは2021年、JTから『公共喫煙所を災害発生時の被災者支援拠点として活用できないか』と提案されました」と語る永田さんは、こう続ける。
「公共喫煙所は駅や公園にあるが、駅という場所が重要。災害発生時は駅がパニック状態になるが、喫煙所が被災者をサポートする拠点として機能すれば、多くの人の役に立つはず。喫煙所と防災はなかなか結びつかないが、その発想に驚いたし、とてもいい案だと思いました」
災害時に必要な機能を念頭に備えられたのは、最大500枚のブランケットや携帯トイレなどを収納できるストッカーや、ニュース映像など災害に関する情報を発信できるデジタルサイネージ、電子デバイスの充電が可能なバッテリーやソーラーパネルと緊急時に必須の装備だ。
「喫煙所を存続させるために防災という価値を付けたと思われがちだが、違う。社会が多様性を担保しなければならない時代において、喫煙所は、喫煙者と非喫煙者が共存するために必要な存在。そこにさらに防災という新しい価値がプラスされたのです」(永田さん)
イツモモシモステーションは、2023年末時点で東京都内に5箇所、大阪府内に4個所、宮城県内に1箇所の計10箇所が設置され、今後もその数を増やしていく予定という。「イツモ」は喫煙者の癒やしの場、そして、「モシモ」の時は防災拠点として真価を発揮する喫煙所だ。
喫煙所をエンタメ化して、ポイ捨て問題を解決
喫煙所の運営・企画・コンサルティングを手掛ける株式会社コソドは、経済学と心理学とを融合した行動経済学を取り入れ、喫煙にまつわる課題解決を提案する企業だ。かつて、たばこのポイ捨てが問題となっている地域では、環境美化活動なども積極的に行っている。
同社が導入し大きな話題なのが、“投票型”喫煙所「ASK THE TOBACCO」だ。投票箱を模した灰皿にさまざまな質問を掲示し、喫煙者にたばこの吸い殻で“投票”させるという、吸い殻を捨てる行為にエンタメ性を付加したロンドン発のユニークな試みだ。
「現地ではこの投票型喫煙所で環境美化に成功していました。また、英国はサッカーの国。『どっちのチームが好き?』などの質問で盛り上がっていました」とは、コソド代表取締役の山下悟郎さん。
一方に投票が偏ってしまうような設問では面白みがなく、片方だけが吸い殻で溢れてしまうため、山下さんは「2つの意見が均等に分かれる“究極の質問”を考える必要がある。そして、誰も傷つかずに楽しめ、ほっこりするような質問内容を用意するなど工夫した」と語る。
テレビにも取り上げられ大きな話題となった投票型喫煙所は、ポイ捨て抑止効果も絶大だった。特にポイ捨てが深刻だった東京都渋谷区宇田川町では、ポイ捨てが9割も減少し、吸い殻以外のゴミも削減。横浜駅西口商店街でもポイ捨てが約7割減少と、その実力を発揮した。
投票型喫煙所の成功により、商店街などからの問い合わせが増える一方、喫煙所の設置には費用や維持管理の手間など導入のハードルは高い。そこでコソドが取り組んでいるのが、喫煙所の収益化だ。同社では喫煙所を借り上げ、施設管理者のコスト削減を実現。同社のブランド「THE TOBACCO」としてリニューアルし、喫煙具や飲料などの物販や広告事業で収益化を図る、“ビジネスとしての喫煙所運営”を推進している。
「私たちが目指しているのは、非喫煙者と喫煙者が共存できる新たな空間をつくり、もっとも心地よい喫煙体験を提供すること。今後も喫煙環境の整備、改善に取り組んでいきたい」(山下さん)。
路上喫煙が禁止される一方で、喫煙所の絶対数は足りていない。永田さんが言うように、喫煙者と非喫煙者が共存するために喫煙所は必要不可欠な存在だ。となれば、必要なのは非喫煙者の理解にほかならない。今回紹介した高い付加価値を持つ喫煙所によって、非喫煙者にとって“煙たいだけ”の存在ではなくなるはずだ。