5年後には次のApple!?スマートフォン業界の風雲児、Nothingに秘められた大きな野心

  • 文:林信行
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最近、ネットでよく話題を見かける気になるスマートフォンがある。コロナ禍にどこからともなく現れた英国のベンチャー企業、Nothing社のスマートフォンだ。デザインを手掛けるのは、次々とかっこいいガジェットを発表して注目を集めるTeenage Engineeringなど新進気鋭のデザイナーたち。。同社の誕生の背景や人気の秘密を表参道で行われたスペシャルエディション発売イベントのために来日した創業CEO、Carl Pei(カール・ペイ)氏に聞いた。

スマートフォンに楽しさを取り戻す

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原宿のポップアップストアで先行発売が行われたPhone(2a)のSpecial Edition。ニューヨークの路線図にインスパイアされた背面デザインに、”赤・黄・青”の3原色を散りばめている。

スマートフォンが一般に広まって15年近くが経つ。最初の頃は新しいモデルが登場する度に、そこから新しい未来が開けるような気がして、みんなが新製品ニュースに一喜一憂していた。しかし、この10年ほどはその熱に少し影が差した感じがある。

そんな隙をつくように現れ、一部のトレンドセッター達の間で人気を伸ばしているのが英国のベンチャー企業、Nothing社の製品だ。

世の多くのスマートフォンが、カメラの配置以外の個性がないシンプルでストイックな外観になりつつある中、Nothing社はストレートに見た目のクールさ、若さを追求し注目を集めている。

いちばんの特徴は製品内部の構造をちょっとだけうかがわせる半透明のボディにLEDのライトが独特な配列で並べられている点だ。このLEDはGlyph(グリフ)インターフェースと呼ばれ、電話の着信時や充電時、通知がある時などに光を放つ。さらに起動した時のホーム画面に表示されるアイコンやウィジェットも、この製品専用にデザインされたトーン&マナーが統一された独自の世界観を作っている。

最近ではユーザーがパーツを交換して外観をカスタマイズできるCMF by Nothingというサブブランドも立ち上げ、こちらも併せて人気を博している。

いずれにしても機能的デザインというよりかはファッション感覚に近い装飾的なデザインが強みだが、Nothing創業者のCarl Peiは、これを通して「スマートフォンに楽しさを取り戻す」と豪語する。

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Nothing創業者のCarl Pei氏。Nothingのポップアップストアを開く場所としてキャットストリートにこだわったという。

中国系スウェーデン人のカール・ペイは、同社を創業する前からガジェット界のカリスマだった。フィンランドのノキア社や中国のOppo社といった携帯電話メーカーを渡り歩いた後、2013年末に有名中国起業家と共にOnePlusというスマートフォンメーカーを起業しデザインとマーケティングを担当。特徴的な外観の製品が大ヒットし注目の存在となった。

Nothingはそのペイがコロナ禍の2021年にイギリスで創業したベンチャー企業だ。創業時からiPodの生みの親のトニー・ファデルや人気Webサービスの経営者らの出資を受けていること、そして次々とクールなガジェットを生み出して大きな注目を集めていたスウェーデンのTeenage Engineering社を製品デザインのパートナーとして選んだことでも大きな注目を集めていた。

「OnePlusは基本的には統合化ビジネスの会社でクアルコム社のチップやサムスン社のディスプレイなど他社のテクノロジーを調達してきて、それらを組み合わせているだけに過ぎませんでした。同社には7年在籍して多くを学びましたが、私はほんのちょっとだけでも未来を作る側にまわりたいと思うようになりました。こうして同僚何人かとNothingを創業しました。そして、まずは未来を作りたいという思いから同郷でもあるTeenage Engineering社のJasper Kouthoofd(ヤスパー・カウトフーフド)と組むことにしました。というか、ストックホルムの彼らのところに遊びに行き、彼らが絵を描いたり、コンピューターを作ったりしている様子を横で見ながら『テクノロジー業界はなんだか退屈になってしまったね。何か一緒にやらないか』と話しかけたんです。話は盛り上がって気がついたら40分以上話し込んでいました。それがすべてのスタートでした。」(カール・ペイ)。

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日本では女性が人気に火をつけた

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NothingのスマートフォンはAndroidベースながら、ユーザーインターフェースなど一部をを独自開発している。操作画面の世界観が製品の外観とも地続きというのはアップルですらなしえていなかったポイントだ(ただし、iOSもこの秋からホーム画面の外観カスタマイズが可能になる)。

こうして2021年7月に発表された最初の製品が半透明のワイヤレスイヤフォンの「ear(1)」だった。その後、翌年3月には最初のスマートフォン「Nothing Phone 1」を発表。半透明のボディとGlyphインターフェースなどを備えていた。

ペイの周りには前の会社、OnePlus時代からの熱狂的なファンが多かったため、Nothingは創業と同時に大きな注目を集めていた。

「彼らの多くは製品がどんなスペックかといったことへの興味が大きいテクノロジーオタクな人達でした。しかし、実際の製品を出荷し始めるとクリエイティブな人達から大きな反響を得ました。すぐに米国のラッパーなどからもコラボをしないかという話を持ちかけられました。これは我々の製品のデザインや会社としてのポジショニングも効いていたと思います。」

このデザイン性が評価されたのだろうか、日本でも正式展開前から人気を集めていた。

「当初、我々はそこまで日本での展開は重視していなかったんです。しかし、ある時、製品が日本で物凄い人気になっていることに気がつきました。特にイヤフォン製品が人気で、日本が世界で2番目の市場になっていました。いったい何が起きているんだと思い日本に調べにくることにしました。飛びついていたのは大変質の高いユーザーたちで、いわゆる技術オタクの人達とは異なる層の人たちでした。何よりも驚いたことに購入者の7割近くが女性だったんです。これは統計的にも大変嬉しいことです。なぜなら他の市場では、ほとんどの購買者は技術好きな人たちで男性率が9割近いからです。」

この日本の訪問調査の時、ペイは京都でデザインに関するトークイベントを行ったが、この時の聞きにきたのも日本の大手エレクトロニクス会社のデザイン部門の人たちなどが多く非常に好感触だったとペイは振り返る。

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Nothingのサブブランド、CMFはNothing Phoneの外観や機能をユーザーの好みやニーズに合わせてカスタマイズできる製品を提供している。半透明を基調にしたNothingの製品に対して、CMFはマットな仕上がりを基調にしている。スマートフォンのCMF Phone 1は日本での発売未定。

こうした人々を惹きつけるNothing社のカルチャーとはいったいどんなものなのか。

「1980年代、90年代のアップルのような感じでしょうか。私はまだ小さかったですが、アップル製品を使っていて、もっと安くてスペックのいいパソコンを持っている友達からはなぜアップル製品なんか使っているのかと言われたものです。当時のアップルは小さいな勢力だし、価格と性能では太刀打ちできない。だからクリエイティビティと工夫で、市場の獲得を狙わなければならなかった。今の我々も同じで零細企業なので不利な点もたくさんあるけれど、そこでクリエイティビティーを発揮して、コンシューマーのうちの少なくとも一部の心を確実に捉えようとしています。そんな我々が目指すのがどういう文化かというと、それは今まだ考えているところです。いや、正確には創業から3年半経って見直さなければならないと思っています。ただ基本的には海賊文化やバプティスト文化のようなものだと思います。歴史は覇者に不満を持った集団が、やがてそれを奪って、やがて大金持ちになり、そして怠け者になり、また別の誰かが覇権を奪いにくるということの繰り返しです。現在のハイテク大企業は、大儲けして現金があるから技術革新に一生懸命になる必要がなく怠け者のままだになってしまっているように感じます。」

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Nothingは次のAppleになれるのか?

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原宿キャットストリートに期間限定でオープンしていたNothingのポップアップストア。Phone (2a)スペシャルエディションの他、ヘッドホンやNothingのシャツなどアパレル製品も販売していた。

Nothingで驚くのは、そんなスタートしたばかりの零細企業でありながら既に大企業同様にサステイナビリティなどの問題にも真剣に取り組んでいることだ。

「創業して最初の週には既に、まるまる1回サステイナビリティだけについて話し合うミーティングを設けていましたね。サステイナビリティへの取り組みでは間違いもありました。最初はカーボンクレジットを買ったりしていたんです。でも、あれは自分たちがカーボンニュートラルだと言えるようにお金を払っているだけで、本物のサステイナビリティではありません。その後はもっとサプライチェーンやサステイナブルな素材選びに重点を置いています。これは非常に大変な仕事で、ほとんどの顧客はそんなこと気にしないのになぜやっているんだとも言われます。このサステイナビリティへの取り組みではアップルが業界No.1で、そこへの道のりはまだ遠いと思います。でも、我々はNo.2くらいにはなれているんじゃないでしょうか。つまりAndroidではNo.1ということです。」

Nothingと、ペイが意識するAppleにはもう1つ大きな違いがある。Appleは、できるだけすべてを自前でデザイン、開発する意識が強い会社だが、Nothingは、これまでにもさまざまな外部のクリエイターたちとコラボをしている。

「我々の会社とAppleの歳の差は43年。その間に世の中は大きく変わった。40年前は最先端の知識や情報を得るためにはシリコンバレーにいる必要があったが、今は世界中の人々がインターネットを使っており、好奇心さえあれば、世界のどこにいても最先端の知識を学ぶことができるし、どんな人とも繋がることができる。そしてそうした人々とコラボをすることもできる。我々のコミュニティデザインプロジェクトでは、そのようにしてインターネットで繋がった人々が我々の製品やパッケージのデザインを行い、製品のマーケティングを担ってくれる。我々は従来の雇用関係とは違った方法で、世界中の才能を吸収できれば良いな」と思っている。


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ポップアップストアオープン初日にはデザイナー、深澤直人さんとCarl Peiのトークも行われた。深澤さんがNothingとのコラボを発表したわけではなく、Pei氏の日本のトップデザイナーとトークしたいというリクエストに応じる形で、純粋に両者のデザインについての考えなどを語り合う会となった。

今は特徴的なデザインだけが強みのNothingだが、将来の野望は大きい。

「我々の今の強みは製品のデザイン。ただし、これはファッション的なもので常に変化し続けています。本当の力を得るにはテクノロジーの会社にならなければならないと思っています。残念ながら、これまでの我々にはそのテクノロジーに投資するだけの時間やお金がありませんでしたが、今、我々はテクノロジー企業に生まれ変わるステージを迎えています。テクノロジーを作る会社にならないと我々が望む世の中へのインパクトを与えることができないですからね」

ペイの夢は大きい。

「私はこれから5年以内に現在のアプリ実行環境としてのOSは無くなり、本格的なAIの時代に入ると思っています。そしてその頃には、もしかしたら我々が主要テクノロジー企業となるチャンスもあるのではないかと思っています。おそらく5社くらいに、この次の時代の覇者になるチャンスがあると思っています。その時代に重要なのは、AIを賢くするためのデータをどれだけ持っているかです。だから、今からその領域には注力しています。」

ポストコロナ世代のスマホメーカーは、ただのファッショナブルなスマホメーカーを脱皮して、次の時代のアップルになれるのか。今後も同社の動向からは目が離せなさそうだ。

Nothing

https://jp.nothing.tech/