連載「腕時計のDNA」Vol.11
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
ロレックスはスイス腕時計の最高峰として広く知られる。ブランド名の「ロレックス」は1908年に商標登録され、その名を知らしめたオイスター、パーペチュアル、デイトジャストという3大技術は、防水・防塵性、自動巻き、日付表示の実用機能を腕時計にもたらし、腕時計の発展・普及に大きく貢献した。社名の由来は諸説あり、「どの言語でも発音しやすく、覚えやすい」ことなどから名付けられたともいわれるが、それはこうした歴史からもうなずける。
ロレックスはいつの時代も憧憬の存在であり続ける。それは常に技術革新に取り組み、充分な実証の上、実用化に進む姿勢であり、開発は進化ではなく"深化"であり、より完成度を高めていく熟成に他ならない。だからこそ時代を超越した共感と信頼を得るのだ。そして新たな領域への挑戦にも余念がなく、デジタル社会における機械式腕時計の価値を創出する。毎年の新作はまさにスイス腕時計の未来を示唆し、多くの興味をそそるのだ。
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新作「オイスター パーペチュアル GMTマスター Ⅱ」
ワントーンの組み合わせが新鮮
初代「GMTマスター」は1955年に登場した。当時大型旅客機就航によって海外旅行者が急増し、第二時間を表示するGMT機能が求められたのだ。時分秒針に加え、中央から伸びたGMT針がベゼルに記された24時間計を差し、第2タイムゾーンの時刻がひと目でわかる。秀逸だったのがこのベゼルを色分けすることで昼夜をわかりやすく区別したことだ。新しい機構が受け入れられるには、それにふさわしい画期的なデザインも必要ということだろう。やがてその色の組み合わせは愛称として親しまれる。赤と青ならペプシ、赤と黒はコーク、青と黒はバットマンといった具合に。
1982年には時針のみを単独で調整できる新しいムーブメントを搭載した「GMTマスターⅡ」へと発展し、現代にいたる。新作は、昨年、18Kイエローゴールドとイエローロレゾール(18Kイエローゴールドとステンレス・スチールのコンビ)モデルで発表されたグレー/ブラックのセラクロムベゼルをステンレス・スチールに採用した。ブレスレットは5連のジュビリーとよりスポーティな3連のオイスターのどちらかを選ぶことができる。ワントーンのベゼルは従来のコントラストカラーに比べ、アピール度に欠けるかも知れない。だが日常的な使用では控えめなカラーが心地よく、グリーンのGMT針も映える。ステンレス・スチールとの相性もよく、質実剛健だ。手にすれば自分だけの愛称を付けたくなるに違いない。
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定番「オイスター パーペチュアル ロレックス ディープシー」
深海にも耐えるゴージャスなフルゴールドモデル
ロレックスを語る上で深海への挑戦は欠かすことはできないだろう。これまでに数多くの名作ダイバーズウォッチを発表し、海洋冒険家や研究者といったプロフェッショナルダイバーはもちろん、海のフィールドばかりでなく、アクティブなスポーツウォッチとしても垂涎の的だ。「シードゥエラー」はその頂点モデルとして1967年に誕生し、2008年には「ロレックス ディープシー」が登場する。さらに、2022年に発表した「ディープシー チャレンジ」は1万1000mという究極の防水性能を誇る。
新作はブレスレットまでフルゴールドで仕上げ、ヘリウムガスエスケープバルブと裏蓋にRLXチタンを採用しつつも、重さは約322ℊに達する。プロユースの本格ダイバーズの既成概念を打ち破るゴールドの輝きに、文字盤とセラクロムベゼルは同色のブルーで統一し、華やかさの中にスポーティさを演出する。ダイバーにとってはウェイト代わりにもなるような重さや、ダイビング中の万が一の損傷や紛失を考えれば、「フルゴールドのダイバーズウォッチ」というのは本末転倒の仕様にも思えるが、数千万円のフェラーリ本来の実力をサーキットで試すかのような、従来のダイバーズ観を変えるラグジュアリーな楽しみも味わえるだろう。圧倒的な存在感とともに、その価値は海底に眠る財宝にも匹敵するのだ。
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通好み「パーペチュアル 1908」
クラシックウォッチの爽やかな最新作
スポーツ系のイメージが強いロレックスだが、「チェリーニ」や角形の「チェリーニ・プリンス」など通好みのドレスウォッチもかつては発表されていた。また最近ではラグジュアリースポーツの人気が一段落し、クラシックなドレス系への回帰傾向も高まっている。昨年登場した新コレクションの「パーペチュアル 1908」はこうしたニーズに応える。ドーム風防に2針とスモールセコンドという王道のフォーマルスタイルに、ドーム&フルーテッドベゼルを備えたケースは、ロレックスでは珍しい非オイスター仕様で厚さ9.5㎜とスリムに抑える。
新作は、文字盤にライスグレインモチーフの優美なギューシェ装飾を施す。さらにその美しさを際立たせるスタイリッシュなアイスブルーは、ロレックスがプラチナケースにのみ用いるカラーであり、ファン垂涎のラグジュアリーな趣向だ。ムーブメントは、2015年から進めている独自の高精度クロノメーター規格に準拠。ロレックスでは稀少なトランスパレントケースバックを採用し、ムーブメントの精緻な動きと美しい仕上げをアピールする。コレクション名の「1908」は「ロレックス」としてスタートした(商標登録した)年であり、それは原点と同時に未来を志向する新たなクラシックの試金石である。
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時流に流されない時計づくりの哲学に、王の風格が息づく
ロレックスをロレックスたらしめるもの。それは決して揺るがぬ時計づくりの哲学であり、永続させるために流通やアフターサービスにも目を配り、管理を怠らない。近年では、ビビットなカラーリングのほか、ラバータイプのストラップやトランスパレントケースバックといったスタイルも取り入れるが、それも時流におもねるわけではなく、時代の感性を吹き込み、独自に昇華している。時計愛好家を飽きさせることなく、伝統的でありながら常に新鮮さを感じさせるのだ。永続的に時を刻み続ける孤高の存在は、まさにロゴが示す王のシンボルがふさわしい。
柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
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