モーリス・ベジャール・バレエ団(ベジャール・バレエ・ローザンヌ=BBL)が来日公演を行う。9月21日の東京文化会館を皮切りに8回の東京公演、その後は兵庫・西宮(10/2)、北海道・札幌(10/6)での公演が予定されている。Aプログラムはクイーンの名曲をふんだんに用いた『バレエ・フォー・ライフ』、Bプロは『だから踊ろう... !』『2人のためのアダージオ』『コンセルト・アン・レ』そして珠玉の名作『ボレロ』のミックス・プログラムである。
クイーンとモーツァルトが邂逅し、フレディとドンを鎮魂。
今回の公演は、いろいろな意味で興味深い。まずはコロナ禍で2021年から途絶えていたBBLの、3年ぶりの来日であることだ。まさに3年ぶりの再演として東京だけでなく西宮と札幌でも待望の公演が行われる『バレエ・フォー・ライフ』は、最近のBBLの国外公演でも特に上演回数の多い人気作だ。
不世出のロックバンド・クイーンのヒットナンバー10数曲とモーツァルトの珠玉作5曲にベジャールが振り付けた、奇跡的なコラボレーションの傑作だ。1997年パリ、シャイヨー劇場での初演時には、カーテンコールにクイーンのメンバーとエルトン・ジョンが登場して「ショー・マスト・ゴー・オン」を演奏・合唱したという逸話も残る。
『バレエ・フォー・ライフ』は、あらゆるボーダーを無形化してバレエファンの無制限拡大を続けたベジャールが、ロックとの垣根を完全に越えた記念碑的作品でもある。また、ヴェルサーチェによる衣装も見ものである(ジャンニ・ヴェルサーチェ自身は残念ながら初演を前に殺人事件で死去している)。
そもそも本作は、1991年に死亡したクイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーと、翌1992年に亡くなったBBLのスター・ダンサー、ジョルジュ・ドンへの追悼作と言っていい。当時は治療法も確立していなかったAIDSにより絶対的なリードボーカルを失ったロックバンドと、最愛のプリンシパル・ダンサーを失った振付家。あまりに大きい欠損感のマイナス同士を掛け合わせ、最大値のプラスを持つ感動作が誕生した。
舞台は多数の出演者が白布を被って横たわる場面から始まる。そこに流れるのが「イッツ・ア・ビューティフル・デイ 」そして「タイム」「ショウ・マスト・ゴー・オン」。クイーンのファンならずとも聞き覚えのある曲が連続する中を、踊り手たちは躍動する。
フレディを想わせる衣装で踊る役への注目は、この作品の約束事だ。その生の歓びはモーツァルトの「コジ・ファン・トッテ」によってテンポを変え、「フリーメーソンのための葬送音楽 K.477」を踊る黒タイツ姿にフレディとジョンの既視感を重ねる。
そして伝説のウェンブリースタジアムでのコンサートを彷彿とさせる「ラジオ・ガ・ガ」からクライマックスへの疾走と、ドンの回想、そして鎮魂。休憩なしの上約1時間45分の上映は、あっという間でありながら濃密極まりない時間である。
全編を貫くフレディの歌唱と終盤でスクリーンに映写されるドンの姿は、このバレエの重要なファクターだ。クイーンとフレディの足跡を再現し、2019年のアカデミー賞で4部門受賞を果たした映画『ボヘミアン・ラプソディ』の存在もあり、当時を知らない世代にも共感と支持を広げる、現代でも必見の作品である。
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ベジャールの最高傑作「ボレロ」を大橋真理が日本で初披露
Bプログラムでは『ボレロ』に、まず注目が集まるだろう。ベジャールの最高傑作、代表作とも言えるものだ。ラヴェル作曲の全曲を使うが、尺は16分〜17分ほど。その小品がベジャールの評価を世界的、そして永遠のものにした。ベジャール振り付けの『ボレロ』は誰でも勝手に踊れるわけではなく、著作権を管理する財団によって踊り手を認定・不認定するだけでなく、指導者の指名までを行っている。つまりは『ボレロ』を公演で踊るということは、その質が保証されていることに等しい。
逆に言えばこの認定がなければプロの舞台で『ボレロ』はけっして踊れない(他のベジャール作品も同様。過去には日本でベジャール作品を無断で踊った公演の主催者に損害賠償を命じる判決が出されたこともある)。ベジャール・バレエ・ローザンヌの『ボレロ』といえば女性ならばエリザベット・ロス、男性ではジュリアン・ファヴローが主役の「メロディ」の踊り手として知られている。2013年以降、ふたりが交代でメロディを踊るのは一種の不文律で、2021年の日本公演でも3回の上演は、このふたりしか踊っていない(ファヴローが2回、ロスが1回)。
その『ボレロ』の踊り手がつい最近ふたり認められた。しかもふたりともこのベジャール・バレエ・ローザンヌの女性ダンサーであり、今回初めて日本で踊ることになる。ひとりはアメリカ出身のキャサリン・ティエルヘルム、そしてもうひとりは大橋真理、生粋の日本人ダンサーである。
大橋はベジャール・バレエの付属スクールであるルードラ出身で、2013年に入団を果たしている。世界中のダンサーが熱望するメロディ役を、しかも本家のBBLで、10年越しで認められた。2023年のイタリア公演で初披露、今年6月には本拠地ローザンヌのボーリュー劇場の舞台で、象徴的な赤い円卓にのぼった(ちなみに現在、BBLのホームページ上で観られる『ボレロ』の短いティーザー動画は大橋が踊っているもの)。大橋は2021年の日本公演にも出演しているが、日本で「メロディ」を踊るのはもちろんはじめてのことだ。
『2人のためのアダージオ』は1986年初演のベジャール作品『マルロー、あるいは神々の変貌』から抜粋されたものだ(全編は1988年の日本公演で上演されている)。銃殺刑に臨む兵士と、そこに現れてタバコを渡すひとりの女性の濃密なダンスが、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第7番ハ短調に載せて踊られる。
『コンセルト・アン・レ』は、同名のストラヴィンスキーによる同名の曲(ヴァイオリン協奏曲ニ長調)にベジャールが振り付けた作品だ(クロード・べッシーがバッハの曲に振り付けた作品とはまったく別物)。ベジャール振付の中ではクラシック色の強い作品である。とはいえ最後にダンサーらの祝祭的群舞でクライマックスを迎える構成は、クラシックのテクニックを散りばめながらダンサーの肉体そのものが作品である、というベジャールの本質がまったく裏切られていない。ちなみに『2人のためのアダージオ』とこの『コンセルト・アン・レ』は昨年12月にローザンヌで上演されており、好評価を得たもの。日本でその最新版が観られることになる。
『だから踊ろう...!』は今回のプログラム中、唯一のジル・ロマン振付作品だ。コロナ禍の困難な状況下で創作された、踊る喜びの表現は、2021年に没した名ダンサー、パトリック・デュポンに捧げられたもの。ベジャールの死後、バレエ団を率いてきたジル・ロマンは今年に任を解かれて芸術監督をファヴローに譲ったが、7月末から8月にかけて開催された「世界バレエフェスティバル」ではダンサーとして元気な姿を見せた。
今回の公演は、コロナで欠損した日本のバレエ公演史の重要な空隙とダンスファンひとり一人の期待感を埋めて、繋ぎ直すものだ。どのチケットを取ればいいのか迷う方は、『バレエ・フォー・ライフ』は都合に合わせて必見。さらにBプロでは、ベジャール存命中から薫陶を受けたエリザベット・ロスまたはファブローのどちらかか、次世代スターの先物買いとなるティエルヘルムか大橋真理の回を勧めたい。日本で観られるベジャールのソリストたちは、今回は特に注目である。
モーリス・ベジャール・バレエ団 2024日本公演
Aプロ:「バレエ・フォー・ライフ」
9月21〜23日 東京文化会館
10月2日 兵庫県立芸術文化センター
10月6日 札幌文化芸術劇場hitaru
Bプロ:「だから踊ろう... !」「2人のためのアダージオ」「コンセルト・アン・レ」「ボレロ」
9月27〜29日 東京文化会館
TEL:03-3791-8888
www.nbs.or.jp