異文化が溶け合う魅惑の街、古都イスタンブールで世界遺産を歩く【トルコ西海岸を巡る旅:DAY 1】

  • 写真&文:佐野慎悟
  • 映像:戸谷光一
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昨年に建国100周年を迎えたトルコ共和国は、2023年度からイスタンブールが新たにミシュランガイドのセレクションに加わったほか、観光収入で前年比17%増、外国人観光客数で前年比10%増を記録するなど、いま人気観光地としての存在感を急速に高めている。ヨーロッパとアジアの中心に位置し、古代より東西交易の要衝として栄えてきたトルコには、美食、古代遺跡、高級リゾートといった、世界中の人々を惹きつける豊かな魅力があるからだ。

Pen Onlineではこの夏に、特に外国人から人気の高いトルコ西海岸エリアを中心に、エーゲ海沿岸の各都市を巡る6泊9日の現地取材を敢行した。その旅の様子を、ここから6回に分けてレポートしていく。各記事に添えられるショートムービーとともに、現地の空気感を愉しんで欲しい。

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ボスポラス海峡を挟んでヨーロッパ大陸とアジア大陸にまたがるイスタンブールの、ヨーロッパ大陸側にあるのが世界遺産イスタンブール歴史地域を含む旧市街。写真はスルタンアフメット公園から見たアヤソフィア。

トルコの首都といえばアンカラだが、観光地として世界的に名が知れているのは、ボスポラス海峡を挟んでヨーロッパとアジアにまたがる古都イスタンブールだ。2018年に開港したイスタンブール空港には羽田空港と成田空港からもターキッシュ エアラインズの直行便が出ており、約13時間のフライトで時差はマイナス6時間。イスタンブールは地中海性気候と温暖湿潤気候の境界にあり、年間を通して過ごしやすい。

イスタンブールに来たらまず、トルコの歴史について簡単に学びつつ、古代から紡がれてきた独自の文化に対する理解を深めたい。なぜなら、約1,600年間に渡り古代ローマ帝国、中世ビザンツ(東ローマ)帝国、近世オスマン帝国という3帝国の首都として栄えたイスタンブールには、その歴史を物語る貴重な遺跡が数多く存在しているからだ。その中でも最も象徴的な存在と言えるのが、東ローマ帝国時代の首都コンスタンティノープルの中心地(現在のイスタンブール旧市街)に、キリスト教正教会の大聖堂として建てられたアヤソフィアだ。

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トルコでは、路上で暮らす犬や猫に対して、近隣住民が生活に必要な飲水や食べ物を提供しており、ワクチンの接種やトイレのしつけも徹底されている。実際、トルコに6日間滞在した中で数多くの野良犬や野良猫を目にしたが、街中で糞尿を目にしたことも、人に危害を加えたり、不必要に接触してこようとするような犬猫を見ることもなかった。写真はスルタンアフメット公園の芝生の上でくつろぐ野良犬。

4世紀に建てられた後、2度の焼失や震災による損壊を乗り越えたアヤソフィアだが、オスマン帝国によるコンスタンティノープルの陥落が起きた1453年以降、1934年までの約480年間は、イスラム教のモスクとして使用されてきた。その間に繰り返された改修によって、キリスト教とイスラム教の様式を併せ持つ、現在の特徴的な姿となったのだ。そして1935年以降に世俗的な博物館として一般に公開されると、モスク時代に壁を覆っていた漆喰は剥がされ、その下に隠されていたキリスト教のモザイク画の数々が、再び白日の下に姿を現した。

こうしてアヤソフィアを訪れ、その来歴をざっとおさらいしてみるだけでも、今日までイスタンブールがいかに多様な文化の影響を受けながら、長い歴史を育んできたのかがわかるだろう。東西の交流や摩擦の中で磨かれ、深められてきたこの地独特の文化は、他のどの街にも似ていない唯一無二の魅力を放っている。

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イスラム教の唯一神「アッラー」の名をはじめ、預言者「ムハンマド」とその孫たち、更に「4人のカリフ」の名前をアラビア語で記した、全8つの円盤が掲げられたアヤソフィアの聖堂内部。

 

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天井ドームは558年に地震で一度崩壊した後、563年に再建されたもの。中央には太陽のマークが描かれ、それを囲む様にイスラム教の聖典「コーラン」から抜粋された碑文が記されている。キリスト教の天使の姿を描いたとされるモザイク画は、オスマン帝国時代には覆い隠されていた。

  

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審判の日にキリスト(中央)に罪の許しを請う洗礼者ヨハネ(右)と、聖母マリア(左)の姿が描かれたモザイク画は、無数にあるアヤソフィアのモザイク画の中でも最高傑作と言われるもので、1261紀頃に描かれたとされている。

 

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アヤソフィアの聖堂内で出会った野良猫。かつて看板猫と呼ばれたグリは16歳でこの世を去るまで世界中の人々から愛され、公式インスタグラムのフォロワーは10万人を数えた。現在もグリとそっくりなヨーロピアンショートヘアの野良猫が聖堂内で暮らしている。

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街観光初日のランチには、伝統のターキッシュ・ファストフードで活力をチャージ。

午前中にアヤソフィア見学を始めると、一通り見終わる頃にはちょうどランチタイムが訪れる。見るものがたくさんあるイスタンブール観光のランチは、伝統的なファストフードでサクッと済ませておきたい。街中を歩けば、常にサバサンドやドネルケバブなどの看板や香りの誘惑にさらされる。しかしこの後に“世界で最も美しいモスク”と評されるブルーモスクに行くのであれば、アヤソフィアとブルーモスクの中間にある、創業100年の老舗キョフテ専門店「スルタン・アフメット・キョフテジスィ・セリム・ウスター」 に行くのがおすすめだ。

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「スルタン・アフメット・キョフテジスィ・セリム・ウスター」では、専門の職人がオープンキッチンの炭火グリルでキョフテを焼き上げる姿を見ることができる。キョフテのほかに、ケバブ(串焼き肉)やピラウ(ピラフ)もある。

 

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キョフテはバンズのような丸型のパンに挟むか、付け合わせのピラウと共に食べるのが一般的。アイランは塩気を効かせたヨーグルトドリンク。

キョフテとは、ラム肉か牛肉のひき肉にスパイスや玉ねぎを加えて焼いた、トルコ風のハンバーグのような料理。炭火で香ばしく焼き上げられたキョフテを、たっぷりの野菜とともにパンに挟んでかぶり付いた時に得られる満足感は、ファストフードならではの醍醐味だ。ヨーグルトに塩と水を加えた発酵飲料のアイランを合わせれば、肉料理のスパイスと脂がすっきりと流され後味も爽やかだ。

昼食の後に訪れたのは、ブルーモスクの愛称で知られるスルタンアフメト・モスク。その名の通り、オスマン帝国第14代皇帝(スルタン)アフメット1世が17世紀初頭に建築させたもので、内部の壁にはさまざまな意匠を凝らしたタイルが敷き詰められており、その美しさは筆舌に尽くしがたい。広大な敷地内には、かつてマドラサ(イスラーム神学校)、宮殿、商店街、ハマム(蒸し風呂)、霊廟、医療施設なども含まれていたという。

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白地に青の色調の美しさからブルーモスクと呼ばれるスルタンアフメト・モスクは、直径27.5mの大ドームと、6本のミナレット(尖塔)が特徴。1609年から7年の歳月をかけて建設された。

 

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内部の壁には、16世紀末から17世紀初めにイズニックで作られた約2万枚の装飾タイルが敷き詰められている。

 

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聖堂内は、約200枚のステンドグラスから差し込む光によって幻想的な雰囲気。

 

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大小さまざまなサイズのドームが相互に組み合わさった形状の聖堂内は、どの位置に立っても自分が建物の中心にいるように錯覚させる。オスマン建築の最高傑作と呼ばれるブルーモスクは、どこを切り取ってもため息が出るほど美しい。

 

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ブルーモスクのエントランスにも、やはり観光客を出迎える野良犬の姿が。食べ物をせがむでもなく、ただ人の流れを眺めながらくつろいでいる姿を見ると、誰もがカメラを向けたくなる。どの犬猫も人に慣れており、こちらからスキンシップを求めれば皆ほどほどに応じてくれる。

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1日の締めくくりは、ボスポラス海峡の夕景をバックに早めのディナーで。

アヤソフィアとブルーモスクの他にも、チューリップの宮殿として知られるトプカプ宮殿や、テオドシウスの城壁、スレイマニエ・モスクなど、歴史的価値の高い建造物が密集する旧市街は、イスタンブール歴史地域としてユネスコ世界遺産に登録されている。世界中を旅して世界遺産を見て回った経験を持つ者でも、その規模、量、歴史のスケールには圧倒されるはずだ。

旅のプランとしては、ここイスタンブールで長逗留して、ゆっくりと遺跡を見て回るのもいいだろう。しかし今回我々が目指すのは、イスタンブールから南下した先にある、エーゲ海沿岸地域のゆったりとした時間が流れるリゾート地。世界中から観光客が集まる大都市でのアクティビティはほどほどに、まだ知られていないトルコの魅力を探していこうと思う。

1日目のイスタンブール観光は早めに切り上げ、新市街の中心地に取った宿で旅の疲れを癒すことにした。翌日からは、ウルラ、アラチャトゥ、セフェリヒサール、エフェス、ディディム、ボドルム、パムッカレと、個性豊かな街を巡る旅路が待っている。Day 1は基礎知識のインプットのためにお勉強的な要素も強かったが、連載2回目にレポートするDay 2からは、もっと心地よいホリデー感やリゾート感を中心にお届けできるだろう。全6回を予定するトルコ旅行記を、これから気ままに楽しんでほしい。

 

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Day 1はイスタンブール新市街にあるホテルCVK パークボスポラスに滞在。夕食は最上階にあるレストランIZAKAを訪れた。右側が新市街と旧市街のあるヨーロッパ大陸側。ボスポラス海峡を挟んで右側がヨーロッパ大陸。左側がアジア大陸。右奥には昼に訪れた旧市街があり、小さくアヤソフィアとブルーモスクの姿も見える。
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IZAKAでは見た目にも華やかなモダン・トルコ料理が愉しめる。フムス(ひよこ豆のディップ)、パトルジャン サラタス(ピュレ状にしたナスのサラダ)、ハイダリ(チーズのディップ)など、トルコ料理ではメゼと呼ばれる多種多様な野菜の前菜が供される。
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ボスポラス海峡では青魚、根魚、大型の回遊魚とあらゆる魚種が漁れるが、夏場はどのレストランも旬のスズキをメインに据えていた。シンプルな塩焼きに、少量のハーブや葉野菜を添えて供される。夏の夕暮れ、テラス席、新鮮な魚料理、そしてトルコ原産品種ナリンジェの白ワイン……。心地よいハーモニーの中、ゆっくりと夜が更けていく。