シュツットガルト・バレエ団が6年ぶりに来日する。演目はバレエ団不動の代表作であるジョン・クランコ振付『オネーギン』と、ジョン・ノイマイヤー振付『椿姫』。公演は東京文化会館にて来週末から幕を開け、『オネーギン』は11月2~4日のいずれも14時から、『椿姫』は11月8日18時30分からと、11月9日、10日の14時から、全6公演が行われる。
巨匠クランコによる、物語バレエの最高傑作。
ドイツ・バレエの最高峰、シュツットガルト・バレエ団が6年ぶりに来日する。実は同バレエ団は2年前にも公演予定があったが、コロナ禍で無念の中止。それでもメンバーを12人に絞ったガラ公演「シュツットガルト・バレエ団の輝けるスターたち」が開催されたという経緯がある。今回は待望のフル・カンパニー来日公演である。
6回公演の前半の演目は『オネーギン』。シュツットガルト・バレエ団を世界的カンパニーに育て上げた振付家ジョン・クランコが、不動の名声を確立した作品だ。パリ・オペラ座バレエ、英国ロイヤル・バレエ、アメリカン・バレエ・シアターもレパートリーに加えた名作。東京バレエ団も創立45周年記念公演のファイナルにこの演目を選んだ。世界の名門カンパニーがあまねく上演を願い、あらゆるダンサーが踊ることを熱望する、そういう作品なのである。
原作はプーシキンによる韻文小説『エフゲニー・オネーギン』。オペラ好きならチャイコフスキー作曲による同名のロシア・オペラをよく知っているだろう。一方、バレエの『オネーギン』は、楽曲こそ同じチャイコフスキーだが、使われている曲はまったく異なり、数百のチャイコフスキー作品から選んで編曲されたものだ。天才クランコの振付、巨匠ユルゲン・ローゼの舞台美術・衣装と合わせ、20世紀が生んだ物語バレエの最高峰が完成した。1965年のシュツゥットガルト初演以来、評価は一度も損なわれたことがない、もはや古典的名作である。
物語は1820年代の帝政ロシアを舞台にした、悲劇的な恋物語である。表題役のオネーギンは、叔父の財産を相続し、帝都サンクト・ペテルブルクの社交界で遊蕩する無為の青年。友人のレンスキーが婚約者オリガを訪ねるのに同行して田舎の地主貴族ラーリン家を訪れると、オリガの姉である夢見がちの娘タチヤーナはオネーギンへの想いを抱く。しかしオネーギンはタチヤーナを疎んじ、戯れにオリガへ手を出すそぶりをしたことからレンスキーと諍い、決闘の末に殺してしまう。
数年後オネーギンは放蕩の末、結婚した美しい貴婦人タチヤーナと再開し、報われない恋に落ちる。彼の熱烈な求愛の手紙に心を動かされながら、タチヤーナは気高く拒絶する。
プーシキンが韻文(詩文)で描いた、近づいてはすれ違う男女の心理の機微を、クランコは原作以上のレベルで視覚化した。圧巻はまず第1幕最後の、オネーギンとタチヤーナによる“鏡のパ・ド・ドゥ”だ。鏡には将来の夫となる男性が映るという伝承を下敷きに、田舎の娘タチヤーナの無垢な恋心をロマンティックに描く。
タチヤーナの誕生日パーティからオネーギンとレンスキーが決闘となるドラマティックな展開の第2幕を挟み、第3幕最終場に“手紙のパ・ド・ドゥ”の見せ場がある。オネーギンの恋文と真っ直ぐな愛情、心を動かされながら決して貞節を裏切らないタチヤーナの心理が切り結び、切なく胸に迫る。
シュツットガルト・バレエ団は頻繁に『オネーギン』を上演してきた。日本での初演である1973年から前回の2018年公演、中止になった2022年公演にも上演の予定だった。日本に限らず、同バレエ団が各国各地でこの作品を上演することには意義がある。すべてのバレエファンが必ず一度は観るべき作品を、その振付家である「クランコのバレエ団」が伝道者となって広めているのである。6年ぶりの公演には、確実に劇場に足を運ぶべき理由がある。初めてであれば必ず、その後も何度でも観る価値がある。
キャストは初日がオネーギンにフリーデマン・フォーゲル 、タチヤーナはエリサ・バデネス。バレエ団を代表する二枚看板だ。翌日のジェイソン・レイリーは2018年公演で客演のディアナ・ヴィシニョーワを相手にオネーギンを演じている。今回のタチアーナ役のアンナ・オサチェンコはその時にオリガを踊った。3日目のマルティ・パイシャとロシオ・アレマンは一昨年「シュツットガルト・バレエ団の輝けるスターたち」で『オネーギン』第1幕のパ・ド・ドゥを踊ったペアである。2回の休憩を含み、2時間15分を予定する上演時間は、彼らダンサーへの期待値から考えても、一瞬も目離せない濃密な経験になるだろう。
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クランコの門下生であったノイマイヤーの『椿姫』
今回の公演で見逃せないのは『オネーギン』と並んでジョン・ノイマイヤーの『椿姫』を上演することだ。アレクサンドル・ デュマ・フィスの有名な同名小説を原作とし、ショパンの曲に載せて若い男女の悲恋を描く物語は、『オネーギン』と並べるに相応しいドラマティック・バレエの傑作である。
ノイマイヤーは1973年に芸術監督に就任したハンブルク・バレエ団での活躍が印象強いが、そもそも振付家としての活動は、ダンサーとして入団したシュツゥットガルト・バレエ団時代に、クランコの下で始めたものだ。『椿姫』はハンブルクではなく、1978年にシュツゥットガルト・バレエ団によって初演されている。
ちなみにシュツゥットガルト・バレエ団やクランコの周囲、門下からは、錚々たる顔ぶれの振付家が育っている。ケネス・マクミランが振付を始めたのは、英ロイヤル・バレエで、当時同僚だったクランコの勧めがきっかけだ。クランコが英国からシュツットガルトに移る時に同行したのはピーター・ライトである。1968年からシュツゥットガルトに在籍、75年にネザーランド・ダンス・シアター(NDT)副芸術監督に移籍したイリ・キリアンはクランコの直接の教え子。ウイリアム・フォーサイスの初期の振付は、クランコの没年に入団したシュツゥットガルト・バレエ団の後押しで世に出た。20世紀から21世紀に橋渡しされたバレエの歴史の、重要な要がシュツゥットガルト・バレエ団、そしてクランコであり、その中から誕生した世界的スター振付家がジョン・ノイマイヤーなのである。
原作の小説は、アレクサンドル・ デュマ・フィスが自らの経験をもとに、24歳で書いた悲しい恋の物語。19世紀のパリを舞台に、夜の社交界で脚光を浴びる高級娼婦マルグリットと青年アルマンの悲しい恋を描く。ちなみに有名なオペラ『トラヴィアータ(椿姫)』は、舞台化された同作を観たヴェルディが同じ原作をもとに作曲したものだ。
魔性の女と翻弄される男を描いた『マノン・レスコー』を上演する劇場でふたりは出会う。やがてふたりは本気の恋に落ちていき、マルグリットはパトロンとの関係を断つ。しかしそこにアルマンの父デュヴァルが現れ、息子との別離を懇請。自ら身を引いてもとの娼婦の生活に戻るマルグリットに絶望するアルマンは、当てつけに他の娼婦と付き合う。マルグリットの身体は病に侵されていたが、それを隠してアルマンのもとを訪れ、ふたりは最後の一夜を過ごす。しかしアルマンに金の入った封筒を突きつけられ、マルグリッドは倒れる。旅に出たアルマンに再会することなく、マルグリットは息絶える。
ノイマイヤーは原作小説に忠実に、ふたりの心理を丹念に追っていく。全編にショパンのピアノ曲が使われているが、特に各幕に配されたパ・ド・ドゥの曲(第1幕「ピアノソナタ第2番」・第2幕「ピアノソナタ第3番」・第3幕「バラードト短調」)は強く印象に残る。第2幕のパ・ド・ドゥは2022年の日本公演ガラで、エリサ・バデネスとデヴィッド・ムーアが踊ったものだ。
予定される出演者は11月8日のソワレがエリサ・バデネスとフリーデマン・フォーゲル、9日マチネがアンナ・オサチェンコと、2018年の日本公演でクランコ版『白鳥の湖』のジークフリート王子を踊ったデヴィッド・ムーア、10日マチネがロシオ・アレマンとマルティ・パイシャ。いずれのペアも期待できる。
ちなみにいま、シュツットガルト・バレエ団の大きな話題が、ジョン・クランコの伝記映画『Cranko』の公開だ。ヨアヒム・A・ラング監督、英国人俳優サム・ライリーがクランコ役を演じるもので、なんとバレエ団のプリマ、エリサ・バデネスが、クランコに見出され世界的なバレリーナとなったマリシア・ハイデ役を演じる。フリーデマン・フォーゲルも当時のプリンシパル、ハインツ・クラウス役で出演するほか、ユルゲン・ローゼらも登場。日本公開の予定はいまのところ未定だが、ドイツではシュツゥットガルトのオペラ劇場でワールド・プレミアののちに10月3日に公開された。
シュツットガルト・バレエ団 2024年日本公演
公演日:『オネーギン』11月2〜4日、『椿姫』11月8〜10日
会場:東京文化会館
※18歳以下限定・子ども無料招待あり。詳細は下記公式サイトを参照
www.nbs.or.jp