「誰にも悟られることなく電車にも乗れる」と坂本龍一が被った、KIJIMA TAKAYUKIのワークキャップ

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一
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モデル名は「WORK CAP for Ryuichi Sakamoto」。生地は目の詰まったコットン100%を使用して上品な印象に見えるようにデザイン。洗って被ることを繰り返しても、カジュアルな印象にならないように、カラーは一般的な黒よりも深い黒を選んでいる。¥19,800/KIJIMA TAKAYUKI

「大人の名品図鑑」坂本龍一編 #2

「世界のサカモト」──坂本龍一が天に旅立ったのは2023年3月28日。永遠の輝きを放つ作品を多数遺しただけでなく、「No Nukes, More Trees」に代表される社会活動にもコミットし、未来に向かって多くのメッセージを発信していた稀有なアーティストだ。今回は、そんな唯一無二の音楽家、坂本龍一に関する名品を探してみた。

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坂本龍一は1952年1月17日、坂本一亀・敬子の長男として、東京都中野区に生まれた。父一亀(かずき)は河出書房新社の文芸誌の編集者で、三島由紀夫、埴谷雄高、野間宏、椎名麟三、辻邦夫など、戦後文学の著名な作家を担当、文芸雑誌『文藝』の編集長も務めた人物だ。坂本の自伝の一冊、『音楽は自由にする』(新潮社)で「父は仕事が忙しくて、1ヶ月に1度顔を合わせるかどうか、という感じでした。そして家にいればいたでいつも怒鳴っている」と坂本は書いている。学徒出陣で軍隊にもいたことがある怖い父親、「初めて目と目を合わせたのが、高校3年ぐらいのときじゃないか」とも書く。しかし坂本はそんな父一亀の血を受け継いでいた。

『伝説の編集者 坂本一亀とその時代』(田邊園子著 河出文庫)にそのことが明らかにされている。「坂本龍一は演奏会やオリンピックの音楽指揮や映画出演やテレビ・コマーシャルなど大勢の人々に見られる仕事に身を投じているけれども、本来は内面的でシャイな、はにかみやさんなのだろう。編集者という、表面に出ない裏方の仕事を選んだ父親の坂本一亀も、龍一が好むアノニマス(anonymous=匿名性)の人である。(中略)文壇ジャーナリズムのなかを器用に泳ぎながら仕事を進める型の編集者は、坂本一亀からはほど遠い」とある。またこの文章の前には「ぼくはわりとアノニマス(匿名性)でいることが好きというか、無名性が好きなんですね。人の前へ出るのがあまり得意じゃない性格だったんです」と坂本の発言を書く。坂本は子供のときから内面的で、ある意味、不器用な性格だったのではないだろうか。

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坂本龍一が直接オーダーした名帽子

そんな坂本を物語る名品が「帽子」だろう。愛用していたKIJIMA TAKAYUKIの帽子にまつわる話が同ブランドのWEBサイトに詳しく書かれている。一部を紹介しよう。

「NYのレストランに被っていけるようなシックなワークキャップ」をつくりたいとKIJIMA TAKAYUKIの恵比寿にある同ブランドのアトリエに坂本が訪れたのが、2019年8月12日のことだ。応対したのは同ブランドのデザイナーの木島隆幸。HPによれば、坂本は12年ごろからKIJIMA TAKAYUKIの帽子を愛用していた。坂本は木島に「年齢を重ねたいま、ストレスを感じない服をよく着る」と話し、そんなスタイルに合わせやすく、気取りのなくいつでも被れる帽子をオーダーしたが、ディテールなど細かな注文はなかったという。坂本と交わした言葉、アトリエに残していったムードをインスピレーションの源にして木島は誰もいないアトリエに籠り、ひとりで制作に励み、ようやく坂本が注文したワークキャップを完成させたと書かれている。

「ワークキャップ」とは、その名の通り「作業帽」のことだ。前ツバが付いた、トップが平らなカジュアルキャップで、1900年代初頭のアメリカで鉄道作業員のためにつくられた帽子がもとになっているので、「レイルロードキャップ」とも呼ばれる。

「形こそワークテイストですが、最もエレガントなシルエットに見えるよう、坂本さんのお顔に合わせて幅やクラウン(帽子の上部)の高さをミリ単位で調整」して、木島はシックなワークキャップに仕上げた。

同ブランドのWEBサイトには坂本がその帽子を受け取りに来た話が書かれている。「この髪色と眼鏡で坂本龍一だとバレちゃうけど、帽子を被って眼鏡を外せば山手線にだって乗れるんだよ」とお茶目に話しながら、恵比寿駅に向かって歩いて行ったとまで書かれている。実際に誰にも悟られることなく山手線に坂本が乗れたかどうかはいまは聞くすべはないが、アノニマスを好んだ坂本の性格を象徴するアイテムがこの帽子であることは確実だ。

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モデル名は「WORK CAP for Ryuichi Sakamoto」。この帽子は「いつか古書店の店主になるのが夢だった」というほど愛書家だった坂本が17年から準備していた図書空間「坂本図書」(場所は非公開)とのコラボレーションで製品化し、24年の3月28日から発売されたモデル。¥19,800/KIJIMA TAKAYUKI

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帽子の天面には坂本龍一からのリクエストで切り返しを入れている。十字に交差した布目の違いによって、印象に変化が付くようになっている。

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ワークキャップ=作業帽とは思えない繊細なステッチワークで、上品さを演出している。黒の色合いも素晴らしい。

Sakas PR

TEL: 03-6447-2762
www.kijimatakayuki.com

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