コミュニティのハブとなるブルワリー、異業種から参入したヒットメーカー、後進とともに歩むレジェンド、畑からビールを考えるつくり手……。多様な背景を持つ担い手たちにより、クラフトビールづくりは進化を続けている。いまトレンドを生み出すブルワリーを訪ね、その個性を紐解いた。
Pen最新号は『驚きと、よろこびのクラフトビール』。この数年で、クラフトビールをめぐる景色が大きく変化しつつある。ていねいにつくられたもの、多様性を包み込むもの、消費されない価値を持つもの。こうした価値観、考え方が世の中に浸透し、新しい時代の姿となっているが、クラフトビールは、まさにその流れの真ん中にあるものだ。世界を動かす驚きと、よろこびあふれるクラフトビールを体感しに行こう。
『驚きと、よろこびのクラフトビール』
Pen 2024年10月号 ¥880(税込)
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畑のとなりでつくるのは、ヨーロッパの伝統的なビール
ひみつビール
―Point―
・農家が立ち上げたブルワリー
・ファームハウスエールが得意
・自前の作物で多種多様なビールを醸造
住所:三重県伊勢市二見町西829-1
Instagram@himitsu_beer
20世紀後半の米国、地ビールが解禁された1994年以降の日本で、常にクラフトビールブームの主役は、ホップが華やかなIPA。だが、そこに対するゆるやかなカウンターカルチャーとして、ベルギーやドイツの伝統的なビールを手掛ける醸造所が現れ始めている。
ひみつビールで目を引くのが、1000Lの発酵タンクが並ぶ、納屋を改装した醸造所。その背後には畑が広がり、レモンやハッサク、柿やビワの木が植わっている。
「ここは僕の実家で、前までは祖父母が農業を営んでいました。少し離れた場所には大きな田んぼや畑もあって、いまは僕がビールの原料になるライ麦や米を育てています」と、醸造家の藪木啓太。高校・大学の同級生で、同じく家が農家という佐々木基岐を誘って、2022年9月に、ひみつビールとして醸造を開始した。ベルギーの農家が夏の作業中に飲むことを目的につくったビール、ファームハウスエールを彼らが極めようとするのは、もはや宿命。自分たちが田畑で育てる春夏秋冬の作物をビールづくりに活用している。
長野の南信州ビールで醸造の道に進み、鎌倉のヨロッコビールに移った藪木。オーナーブルワーの吉瀬明生から学んだのは、前もって構築したレシピや生産計画にとらわれず、ビールと向き合うこと。
「売上のためには、醸造設備を効率的に回す必要があります。ビアスタイルによって必要な発酵期間の目安があるので、大抵のブルワリーでは、その時が来たら出荷します。でも僕たちは、酵母が動いている限りは発酵を切り上げません。よき頃合いまで、待つんです」
スローなビールづくりが可能なのは、本来なら5人で担当すべき規模の醸造設備をふたりで回しているから。生産計画を組めない、またビールの調子に合わせる毎日は苦労の連続だというが、ビールに加える旬の農作物のポテンシャルも活かし切るには、この方法しかないと覚悟を決めている。
ひみつビールのビールを飲むと、麦芽やホップ、酵母に加え、果物などの副原料の瑞々しさに口内が満たされる。また「アザラシミルク」は、藪木家のコシヒカリと地元産牛乳のコラボ。ヘイジーミルキートリプルIPAという独自のビアスタイルを打ち立てて大量のホップを投入するが、これも農家のつくるビールには違いない。
「いま、農家を取り巻く環境は厳しい。ビールづくりが新しい活路になればという思いもあります」
ビールで農業を元気に、と願うふたり。描く未来はきっと多くの人の道標となるはずだ。
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『驚きと、よろこびのクラフトビール』
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