アーティストのネルホルが「彫る」ことでつくりだす、 時間と空間のかたち

  • 写真:竹之内祐幸
  • 文:宮崎香菜
  • 編集&文:井上倫子
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2024年秋、初の大規模個展を開催したネルホル(Nerhol)。17年の活動を一望できる展示空間は多くの観客を圧倒した。ネルホルの作品は、紙づくりや紙を支持体としたグラフィックデザインを行う田中義久と、紙や文字を素材に彫刻をする飯田竜太のふたりの共同作業で生み出される。唯一無二のスタイルを活動初期の段階で確立した彼らは、その手法が必然だったと証明するかのように表現の幅を広げながら躍進を続ける。

音楽の地平を切り拓いてきた細野晴臣は、2024年に活動55周年を迎えた。ミュージシャンやクリエイターとの共作、共演、プロデュースといったこれまでの細野晴臣のコラボレーションに着目。さらに細野自身の独占インタビュー、菅田将暉とのスペシャル対談も収録。本人、そして影響を与え合った人々によって紡がれる言葉から、音楽の巨人の足跡をたどり、常に時代を刺激するクリエイションの核心に迫ろう。

『細野晴臣と仲間たち』
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ネルホル●アーティスト 田中義久(左)、飯田竜太ともに静岡県生まれ。2007年にネルホルの活動を開始。24年は、『Beyond the Way』レオノーラ・キャリントン美術館(メキシコ)、『Tenjin, Mume, Nusa』太宰府天満宮宝物殿(福岡)など個展を多数開催。

身体性が希薄になっている現代だからこそ、「彫る」行為はいろんな問題を包括している

2024年春。ネルホル(Nerhol)の田中義久と飯田竜太はメキシコからの帰国便に乗っていた。この時、上空から見た光景が、17年にわたる活動の集大成である千葉市美術館での個展のタイトル『水平線を捲る』という言葉を導いたと飯田は話す。

「飛行機で移動すると、どこからが1日なのかわからなくなりますよね。日付は人が決めただけだから、カレンダーを捲るみたいに時間と空間を行き来できる。そもそも時間や空間に線や面なんてない。水平線だって本当はないよねとふたりで話していて、その感覚は作品に通じていました。本当は扱うことができない時間の幅を扱ってきたので」

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「帰化植物」シリーズでも最大サイズの作品。コロナ禍に文化人類学者との対話を試み、社会活動の影響を受ける植物への思索を深めたことから生まれた。手前は『Read the historical facts』(2024年)。木が化石のようになった珪化木を切断し配置した。

結成は07年。グラフィックデザイナーの田中が、本をモチーフに制作する彫刻家の飯田に声をかけたことが活動のきっかけだ。

「紙や本を扱うという共通点があってもアプローチは違う。話すうちに一緒につくったらどうなるかなと。既成の本を素材にしていた飯田に、彫ってもらうことを前提とした本をデザインして渡したのが始まり」と田中は振り返る。

ネルホルのスタイルを決定付けたのが、12年に発表した『Misunderstanding Focus』で、連続撮影した人物写真200枚を束にして彫りを施し、人物像を浮かび上がらせるシリーズだ。その後、モチーフは樹木の断面写真、時代や社会を色濃く反映する報道写真などへ広がっていくが、彫るという手法は基本的に変えていない。なぜ彫るのか。このことは作品のモチーフや素材選びと同様に、常に議論していると飯田は話す。

「規定が弊害になることは日常生活でもよくありますが、逆に可能性を生み出すこともできる。デジタル空間は拡大しているし、3Dプリンターによって彫刻はいままでと変わると言われることもある。身体が希薄になっている現代だからこそ彫るという身体性によって時間や空間をかたちにすることは、いろんな問題を包括できると考えています」

また、個展タイトルにある「捲る」という行為は、彼らがこだわる「彫る」ことにつながっていく共通の身体感覚なのだという。たとえば、写真集のデザインを手掛ける田中はこう言う。

「手を使ってページを捲りながら、シークエンスで物語を捉えるように設計していきます。複数枚あることによって時間軸が生まれ、行為が身体性とともに感覚へ働きかけるように。ネルホルは彫ってはいるけど、被写体が持つ物語を捲っていくという感覚に近いです」

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『Misunderstanding Focus No.001』 ●ポートレート作品の初期作。「彼らの背景を全部は理解できないが、制作を通して対話してきた」という田中。自身の父親が韓国にルーツがあることから、複数の国や地域を背景に持つ被写体も多い。

飯田も個人の制作と重ねて話す。

「本を素材にして、読書する行為とその時間を彫刻にしているのですが、読書は本を捲るという身体性を伴っている。僕はそれを彫るというアプローチに置き換えてきた。身体を使うことで、かたちのないものを具現化できるんじゃないかと思っています」

互いに追求したいことがあり、持ち寄って活動することは、自分自身にとって気づきがある。だからこそ続けられるのだ。今回、会場でひと際目をひくのは帰化植物のシリーズだ。国内に持ち込まれ、野生化した外来種の植物がモチーフで、自然環境と人間、移動、歴史、社会など、彼らがこれまで興味を持ってきたテーマが凝縮されており、近年の代表作とも言える。田中はこう話す。

「帰化植物の変遷に興味を持ちました。目の前にあるものがどのようにこの場所まで人為的に移動してきたのか、歴史や自分たちとの関係性を探るようになったんです。以前はフラットに被写体を捉えたかったのですが、いまは何気ない対話から発展していったものが、バタフライ効果のように自分たちとつながり、新たな視点が生まれることに惹かれます」

この変化は、国内外のレジデンスプログラムに参加して土地で出合ったものを作品に還元した経験が大きい。飯田もこう答える。

「以前は等高線のようにきれいに計画的に彫っていましたが、いまは感情を入れて彫り進めるので、写真が破れたり、側面の白い部分がむき出しになったり、彫りの表情が豊かになりました」

今回は高さ2・4m、幅5・6mの大作も並ぶ。小さな帰化植物が内包する時間は、迫力をもって表現されている。また、会場には木の化石と言われる珪化木や和紙を素材にした作品も展示された。珪化木は長くて数億年かけて形成されたもので、和紙は日本古来の文化とは切り離せない。

「素材を理解する過程が時間軸を捉えることにつながる。被写体が持つ時間を撮影することと同義に感じています。木は紙の原料ですし、私たちがそれぞれ向き合ってきた素材としての共通点があります」と田中は話す。

紙の表層に印刷された写真と紙自体が持つさまざまな情報。双方が彼らの問題意識とつながるという。ネルホルは来年、テーマは原点とも呼べるポートレートの個展の開催を予定している。さらなる展開が楽しみだ。

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『Spiraea cantoniensis 2023』 ●グローバリゼーションの影響で国内で野生化した「帰化植物」シリーズ(2020年〜)。以前、日本古来の植物だが、現在自給率が低い大豆をモチーフにしたことから広がった作品。
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左右ともに:『Untitled』 ●『VOCA展2020』大賞受賞者展(第一生命ギャラリー)で発表。第一生命本館は終戦後GHQに接収されたことから、いまも残るマッカーサールームを撮影したり、GHQに関係する記録写真をアーカイブから選び、リサーチの成果とともに展示した。
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『multiple-roadside tree no. 03』 ●街路樹を切断し、年輪をモチーフにしたシリーズ(壁右奥)。個展『水平線を捲る』の関連展として、ネルホルの作品と千葉市美術館のコレクションからふたりが選んだ作品を並置した。
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『Seek into nusa 』『Seek into Oga lotus 』シリーズ ●「紙」への探求から近年は和紙の制作を試み、重ねて彫っている。白い作品は太宰府天満宮での個展『Tenjin, Mume, Nusa』で発表した作品で、神事に用いられる麻を原料とした和紙を素材にした。
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『Conceal with Oga lotus』 ●千葉市美術館の1階にある、有形文化財に指定されているさや堂ホールでのインスタレーション。千葉市の花・オオガハスを素材にした和紙で床を覆い尽くした。

 

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