Pen本誌では毎号、作家・小川哲がエッセイ『はみだす大人の処世術』を寄稿。ここでは同連載で過去に掲載したものを公開したい。
“人の世は住みにくい”のはいつの時代も変わらない。日常の煩わしい場面で小川が実践している、一風変わった処世術を披露する。第24回のキーワードは「雑談が苦手」。
昔から“雑談”が非常に苦手だった。なぜ苦手なのか、自分なりに分析した結果、ひとつだけわかったことがある。
たとえば僕は、初めて会った人とふたりきりになった時などに「今日暑いですね」と口にできない。なぜかというと、端的に意味がないからだ。「今日が暑いかどうか」は客観的な事実によって判定できて、あえて確認するまでもなく、わかりきったことだ。「今日暑いですね」「はい」という会話はなにも生みだしてない。もちろん、意味のない会話のやりとりが互いに安心感のようなものを与えることもわかった上で、意味がなさすぎて恥ずかしくなってしまう。
僕にとって「今日暑いですね」という会話が意味を生むのは、相手が暑いと感じているかどうかが不透明な場合だけだ。たとえば相手が普段からサウナの中で生活をしており、なにを暑いと感じ、なにを寒いと感じるかが不明であれば「今日暑いですね」と話しかけることに意味があるだろう。「いや、そんなに暑いとは思わないですね。普段からサウナの中で生活しているので」という返事がもらえたら「なるほど、普段からサウナの中にいる人は、猛暑でも暑いと感じなくなるのか」という学びを得る。
雑談が苦手なのは、当たり障りのない会話が苦手だからで、当たり障りのない会話には新しい情報のやりとりもない。そこに僕は耐えられない。かとって、初対面の相手に「天皇制についてどう思いますか?」などと、(新しい情報がありそうな)質問をする勇気もないので、結局手詰まりになる。だからいつも僕は雑談をするかどうかを相手に任せてしまう。自分からはなにも聞かず、相手になにかを聞かれたら答える、という卑怯な戦略をとっている(自分から聞けないだけで「今日暑いですね」と言われて不快感を抱くわけではない)。
人生において、誰かと初めて話をする機会は避けられない。そういった時、みなさんはどうやって雑談パートを凌いでいるのだろうか。僕はそれが本当に辛いので、知らない人が数多くいる場所には可能な限り近づかないようにしている。
有力な方法として、「出身地を聞く」というものがあるが、僕はこの手法を使えない。「どこ出身なんですか?」と聞いて、たとえば「仙台です」と言われたとする。僕の頭には「伊達政宗」と「牛タン」くらいしか浮かばない。「牛タンおいしいですよね」と絞り出したとして、相手は「また牛タンかよ」と感じるかもしれない(僕自身は千葉県出身なのだが、「千葉です」と答えると、「ディズニーランド行くんですか?」や「落花生食べるんですか?」と聞かれてしまう)。
僕が多少なりとも雑談ができるようになったのは、相手の話を「メタ化」するという技術を編み出してかだ。たとえば「暑いですね」と言われて、僕は「そうですね」と返事をする。普通だとそこで会話が終わってしまうのだが、僕は「雑談の時ってどうして天気の話をするんですかね?」と聞いてみる。「どうでもいい会話」を、「初対面の相手とどうでもいい会話をすることの意味」の話にすり替える。そうすると、相手の考え方を知ることができたり、実は相手も天気の話が苦手であることを知れたりする。「どこ出身ですか?」と聞かれて、「千葉です」と答えて微妙な空気になっても、「出身地の話って、どうやったら盛り上がるんですかね?」と聞いたりする。
雑談が苦手だという人は、メタ化をしてみると、案外盛りあがるかもしれない。そこでの注意点としては、ほとんどの場合「面倒くさいヤツだ」と思われることだ。みなさんもぜひ試してみてください。
小川 哲
1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビュー。『ゲームの王国』(早川書房)が18年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。23年1月に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。近著に『スメラミシング』(河出書房新社)がある。※この記事はPen 2024年12月号より再編集した記事です。