連載【複雑時計解体新書】Vol.02
オーデマ ピゲ「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ パーペチュアルカレンダー / ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」
腕時計は時を知るためだけの道具ではない──。機械式時計の醍醐味とも言えるのが、各ブランドの技術力と叡智を結集させた複雑機構(コンプリケーション)だ。さまざまな超絶技巧に目を奪われる一方で、腕時計のメカニズムは正直よくワカラナイ……。そんな複雑機構の疑問を、話題の新作とともに、GPHG(ジュネーブ時計グランプリ)の会員でもある時計ジャーナリストの並木浩一が紐解く。
スイス高級時計業界で確固たる地位を占める、独立系マニュファクチュールのオーデマ ピゲは今年、創業150周年を迎えた。その記念の年に誕生したのが、革新的な自動巻きパーペチュアルカレンダーだ。「ロイヤル オーク」と「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」から計3モデルがラインアップされ、限定モデルも登場する。

150周年を迎えたオーデマ ピゲは、スイス高級時計ブランドの中でも珍しい、いまなお創業者一族(オーデマ家とピゲ家)によって経営されるマニュファクチュールだ。1875年の創業以来、その独立不羈の姿勢は、数々の傑作を生み出してきた。拠点を置くのはスイス高級時計のゆりかご=ジュウ渓谷のル・ブラッシュ。ジュラ山脈の奥座敷とも言える時計造りの桃源郷から、何世代にもわたって、世界を魅了する技術とデザインを発信している存在である。
そのオーデマ ピゲは、創業当時からパーペチュアルカレンダーに取り組んでいる。創業者のひとりジュール=ルイ・オーデマが制作した、パーペチュアルカレンダーとクォーターリピーター、独立デッドビートセコンドを備えた“スクールポケットウォッチ”は、創業年の製作である。それ以降もオーデマ ピゲでは懐中時計から腕時計の時代まで、継続してパーペチュアルカレンダーウォッチがつくられ続けてきた。1955年、世界初の閏年表示のパーペチュアルカレンダーウォッチを発売したのもオーデマ ピゲであり、この画期的なモデルは1957年までの間に9本が製作されている。
さらに画期的な出来事は、78年に発売された「Ref.5548」モデルである。搭載されたムーブメント「Cal.2120/2800」は、当時世界最薄の自動巻きパーペチュアルカレンダー(3.95㎜)だった。「Cal.2120/2800」はその後15年にわたって7000本のモデルに搭載された。それはクォーツの登場がスイス時計業界全体を揺るがせていた時代のことである。この傑作パーペチュアルカレンダーはオーデマ ピゲの成功と同時に、スイス機械式時計の伝統であるコンプリケーションの誇りを再確認し、復活の機運を高めた。
1984年、最初の「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」である「Ref.5554」モデルにも搭載されたこのキャリバーの系譜は、2024年に幕を閉じた。一方、2018年には厚さわずか2.89㎜の超薄型ムーブメント「Cal.5133」が開発され、オーデマ ピゲのパーペチュアルカレンダーは次のフェーズに入った。今回の新作に登場した「Cal.7138」は、その特許保有技術をベースに、恐るべき進化を加えたムーブメントである。

「Cal.7138」のディスプレイ上の大きな特徴は、カレンダーの表示形式に“ヨーロッパ式”を新採用したことだ。サブダイヤルの配置は、9時位置が曜日、12時が日付、3時が月となり、写真の例でいえば「月曜日、18日、8月」となる。イギリスの新聞ならば「Monday 18th Aug」と書くだろう。この順番は実はフランス語、イタリア語、ドイツ語も一緒だ。アメリカ英語が月、日の順なのは、むしろ異例なのである(日本語は月・日・曜日の順だから、この文字盤を“縦書き”と解釈して右から読むといいだろう)。
12時位置の日付表示に採用されたのは、新たに特許取得した“プログレッシブステップ”。31個の特注歯で構成されるデイト歯車は、数字の幅に合わせて歯車の大きさが調整されている。この結果、天の位置は月初の1日から始まるが、半周した位置は17日。つまり円周が表す1カ月を31分割するのではなく、1桁の数字で表される月の初めのほうは間隔を広くし、視認性を高めているのである。ちなみにインナーベゼルの週番号は52ではなく1から、曜日は日曜ではなく月曜から始まる。NASAの写真をベースにしたリアルな月の描写を表示するムーンフェイズは、満月が12時位置の中央に来るように設定されている。
月と閏年を示す3時位置のサブダイヤルと、 9時位置の曜日・24時間表示サブダイヤルは完璧なシンメトリーを描く。24時間表示の21時と3時の間には修正禁止ゾーンが赤く表示されているが、これは日にちをまたぐ時間帯には日付の修正を設定できない可能性を示すだけで、ムーブメントが損傷する心配はない。

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最高のユーザーインターフェースとなる、オールインワンのリューズ

パーペチュアルカレンダーの新作に共通して搭載される「Cal.7138」の基本性能は、毎秒8振動(28,800vph)でパワーリザーブは約55時間。ケースバックから鑑賞できるコート・ド・ジュネーブ、 サーキュラーグレイン、サテン仕上げ、スネイリング、面取りなどの洗練されたオートオルロジュリーの仕上げは実に美しい。一方で洗練を極めたムーブメントは、パーペチュアルカレンダー機能が1層にまとめられた、2018年製「Cal.5133」の革新的な特許取得技術をベースとしている。この設計が、複雑なリューズ調整機構を2層目につくりながら、ムーブメントの薄さを4.1㎜に維持することを可能にした。
インターフェースの革新的な点は、すべての調整を “オールインワン”のリューズひとつで、完璧に調整可能にしたことだろう。過去のパーペチュアルカレンダーのほとんどは、(グレゴリオ歴の例外年で閏年にならない)西暦2100年まで調整不要であることを謳うが、反面調整が必要な局面では、ピンで修正用ボタンを押し続けたりする、煩雑な作業が必要になることもある。ところがこの「Cal.7138」では日付だけでなく年や曜日、ムーンフェイズ表示をリューズだけで、しかも個別に調整できるのである。
その“オールインワン”リューズは、まさに万能だ。操作ポジションは4つある。押し込まれた位置の最初のポジションでは、時計回りに回すことでゼンマイを巻き上げることができる。リューズを1段引き出すと、時計回りでは日付を設定し、反時計回りで月と閏年を調整することができる。リューズを2段目にさらに引き出すと、時分と24時間針の設定を順送・逆走のどちらでも行うことができる。さらにそこからリューズを1段元に戻した4番目のポジションでは、時計回りで曜日と週番号を設定、反時計回りでムーンフェイズを設定できるのである。
シンプルな操作の新しいリューズ調整システムの裏には、レバーとワンダリングホイールシステムにより駆動する、革新的なメカニズムが隠されている。この複雑なメカニズムはリューズの調整システム、月と日付のリューズによる調整に関わる、ふたつの特許を得ているものだ。
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150周年の記念モデルも! 永久カレンダー搭載の新作はCODEとロイヤル オークから3型

画期的な「Cal.7138」を搭載したパーペチュアルカレンダーの新作は、41㎜の「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」1モデル、同じく41㎜の「ロイヤル オーク」2モデルでデビューする。防水機能は「ロイヤル オーク」は50m、「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」モデルは30mで、従来のパーペチュアルカレンダーモデル(20m防水)と比較しても向上した。
「ロイヤル オーク」には18Kサンドゴールド製のモデルがフィーチャーされた。サンドゴールドは金、銅、パラジウムを組み合わせた合金で、 2024年に「ロイヤル オーク」コレクションに初めて導入されたものだ。ホワイトゴールドとピンクゴールドの中間のような色合いのサンドゴールドは、光の加減によってカラーニュアンスが変化し、温かみのある印象を与える。
ブレスレットとケースに施された、サテン仕上げとポリッシュ仕上げの面取りが、この素材の色の変化を一層際立たせる。文字盤、サブダイヤル、インナーベゼルには、ガルバニック加工によるサンドゴールドのグランドタペストリー模様が施された。

「ロイヤル オーク」のステンレス・スチールモデルは、ツートンカラーのデザインを採る。ケースとブレスットにはブルーPVD加工を施したグランドタペストリーダイヤルと、それに調和するサブダイヤル、インナーベゼルが組み合わされた。文字盤には蓄光加工が施された18Kホワイトゴールドの針とアワーマーカーが配され、インナーベゼルとサブダイヤルに配されたホワイトのカレンダー表示が仕上げにアクセントを描き加える。
41㎜ケースの「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」は、18Kホワイトゴールドのケースの多層構造にサテン仕上げとポリッシュ仕上げが交互に施され、より光を巧みに取り入れた外観を持つ。文字盤は中心から外側に向かって同心円状に広がる、何百もの小さなホールが装飾されたエンボス加工のパターンで彩られた印象的なもの。蓄光加工が施された18Kホワイトゴールドの針、アワーマーカー、ホワイトのカレンダー表示がエレガントなツートンカラーを演出し、ブルーのテキスタイル調ラバーストラップが趣を添える。


マニュファクチュールの創業150周年を記念し、3つのモデルにはそれぞれ150本限定で“150周年アニバーサリー”モデルも用意された。外観のデザインは各コレクションと同じながら、限定モデルには、アニバーサリーを祝うために特別に考案された繊細なデザインコードを採用。 6時位置のムーンフェイズには歴史資料からインスパイアを得たヴィンテージスタイルの「Audemars Piguet」のシグネチャーが記されている。サファイアケースバックのフレーム部分には、「150」のロゴと「1 of 150 pieces」というふたつの刻印が施される。






並木浩一(桐蔭横浜大学教授/時計ジャーナリスト)
1961年、神奈川県生まれ。1990年代より、バーゼルワールドやジュネーブサロンをはじめ、国内外で時計の取材を続ける。雑誌編集長や編集委員など歴任し、2012年より桐蔭横浜大学の教授に。ギャラクシー賞選奨委員、GPHG(ジュネーブ時計グランプリ)アカデミー会員。著書に『ロレックスが買えない。』など多数。
連載「複雑時計解体新書」
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