金沢21世紀美術館で開催中の『すべてのものとダンスを踊って—共感のエコロジー』展を長谷川祐子館長の解説で巡る

  • 写真・文:中島良平
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PNAT(Project Nature)《Talking God(神と話す)》2024年 金沢市内の神明宮に生きる樹齢約1000年の大ケヤキの生体信号を受信し、展示室内のモニターに神秘的な光の映像として表現するインスタレーション作品。PNATの技術により、科学者で本展出品作家でもあるステファノ・マンクーゾが研究する植物による神経作用の働きを可視化する。

金沢21世紀美術館の開館20周年を記念して企画され、3月16日まで開催中の『すべてのものとダンスを踊って—共感のエコロジー』。館長の長谷川祐子が企画し、イタリアの哲学者であるエマヌエーレ・コッチャ、金沢21世紀美術館の学芸員である池田あゆみ、本橋仁と共同でキュレーションしたこの大規模な企画展は、同館の年間テーマとして掲げた「新しいエコロジー」という言葉も大きく関係する内容となっている。

生物の生態を研究し、気候なども含む自然環境との影響関係について研究する生態学としてのエコロジー。その学問領域はやがて広がり、経済や文化といった条件も含まれるようになっていった。

そして「新しいエコロジー」。現代において、人間心理や情報技術の進歩も含め、改めてエコロジーを考え直す必要があるのではないか。そうした意識から設定されたのがこのテーマだ。「新しい」と付くとポジティブなものを想像しがちだが、ニュートラルな視点で現在の状況を見る必要があるという考えに基づいて生まれたテーマだと長谷川は説明する。

「人間が自然に侵入してしまい、純粋な自然が残っていないと言える状況があったり、私たちがリアルと感じている社会が情報技術に乗っ取られていたり、あるいは戦争も続いていて分断が世界各地で生まれていたりするなど、現代社会には対処すべきさまざまな問題があります。

情報をどれだけ集め、データ解析を行ったとしても、世界に生まれている分断が簡単に修復されるわけではありません。五感を駆使して感性や想像力を豊かにするセンソリーラーニングという学びがありますが、アートはまさにそうした学びのひとつであり、つながりを求めて解決策を目指すうえで重要なものとなってきます」

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長谷川祐子⚫︎金沢21世紀美術館 館長 / 東京藝術大学名誉教授 / 総合地球環境学研究所客員教授。世界各地のビエンナーレを含む国際展の企画に携わり、国内ではダムタイプ、オラファー・エリアソン、ライゾマティクスなどの個展を手がけてきた。近編著書に『新しいエコロジーとアート—「まごつき期」としての人新世』(以文社)など

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伝達のツールとしての絵画

10年以上にわたり、世界各地に足を運び、エコロジーの調査を続けてきたという長谷川。世界10以上の国と地域から、60組におよぶアーティストが参加する『すべてのものとダンスを踊って—共感のエコロジー』の企画は、エコロジーにまつわる多様な要素を書き出し、それらの関係性を再認識することで形になっていったことが展示冒頭のダイアグラムから見て取れる。

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「全体のコンステレーション、星座のようなものを見ていただくと、全体が大きく4つの要素で構成されていることがご覧いただけます」と、概要を示す際にこれまでも長谷川は好んでダイアグラムを使用してきた。

「私のなかでまず展示におけるマストでマンダトリーな要素として考えたのが、アマゾンの人々の表現です。彼らの言語には、『自然』という言葉がないんですね。あらゆるものを『ヒューマン』と言い表すんです。人もバナナの木もジャガーも、みんなヒューマンなんです。それぞれが知覚力を備えた存在で、平等に捉えられている。『新しいエコロジー』を考えるうえで、すごく大切な視点がそこにあるように考えたので、彼らのドローイングを展示することを最初に決めました」

シャーマンが見ている世界を視覚化することで、自分たちの世界観を共有する。原初的な伝達のツールとして絵を用いることはアマゾンの人々に限らず、イヌイットやアフリカ先住民のドローイングやペインティングにも通じるものだ。

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ジョゼッカ・ヤノマミの作品 2000年代初頭から木彫りの動物を彫り、シャーマンや神話の場面を描き始めた。シャーマン以外の人々には見えない物語を描き、アマゾンに暮らす民族の宇宙観を共有し広めることを目的とする。
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ジャイダ・イズベルの作品 ブラジルのアーティストでキュレーター。異なる民族の土着アーティストたちによるアートシステムの確立に貢献した。芸術的創造と、アマゾンの人々の土着の権利、土地所有権の擁護を結びつけるアクティビストとしても活動を続けた。
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大阪の国立民族学博物館の収蔵品より、北西海岸、イヌイット、アフリカの先住民による絵画も展示。人間と動物の関係、シャーマン、ダンスといった主題が選ばれている。

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共感、共生、共鳴を感じるダンス

ダイアグラムの中心に位置し、展示タイトルにも使用されている「ダンス」という語にはどのような意図が込められているのだろうか。言葉や記号を介した理解や、情報技術の発達による対象物への擬似的な接近、といったものと対極に位置するのが先述のセンサリー・ラーニングであり、「ダンス」にも理解とは異なる種類のつながりを生み出す機能がある。

「人間が二足歩行を始めてから言語を発明して使い始めるまでに、数百万年の時間がかかりました。その間に人間がどのようなコミュニケーションをとり、お互いを守っていたのかについては色々な仮説があります。目を合わせたり、手を合わせたり、あるいはリズムを合わせたりしていたのではないかと。ダンスと私たちが呼ぶ方法が非常に重要だったはずだと、京都大学の元総長で霊長類学研究をされている山極寿一先生がおっしゃっていて、今回の展示コンセプトを考える大きなヒントになりました」

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ダンボールを彫刻し、大きな岩に階段や門などの建築要素が組み合わさった作品《コリントの森》と、森に洞窟が組み込まれた《パラティンの森》を手がけたのは、古典絵画をパリ国立高等美術学校で学んだバックグラウンドを持つエヴァ・ジョスパン。 

ダイアグラムに記された4つのテーマは、「物質の転移」「物質の魔術」「自然×ヒト」「自然の翻訳」。展示室で最初に出会うのが、フランスの作家エヴァ・ジョスパンがダンボールで手がけた彫刻作品だ。「最初に来場者の皆さまに驚きを与え、マジカルな世界に導入したい」という意図が込められている。「物質の魔術」のようであり、作家による「自然の翻訳」のようでもあるように、4つのテーマの要素が関わり合いながら形になった作品が60点ほど並ぶ展示は、圧巻の見応えだ。

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ナイジェリア出身のオトボン・ンカンガが手がける「アンアースド」と題されるシリーズは、地球の存続は水にかかっているというエコロジカルな視点から、大地と水をテーマに表現した大型のタペストリー作品。
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AKI INOMATA《彫刻のつくりかた》2018〜2024(ongoing) ビーバーが齧った角材を集め、それをもとに彫刻家が現物の3倍で模刻した立体と、機械で自動切削(CNC)によって複製を製作。自然史博物館のように整然と展示し、誰が行為の主体=作者なのかという問いを視覚化する。
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マリア・フェルナンダ・カルドーゾ《芸術の起源について I-II》2016年 3年間にわたってオーストラリアに生息するジャンピング・スパイダーを撮影し、オスがメスに向けて行う色と動きによる求愛表現を映し出す。そこには同時に、「女性の側の識別力と嗜好」「性淘汰」が表現されている。音、視覚、床の振動により、そのコミュニケーションを体感できるインスタレーションとして作品化された。

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時空を超えて通じ合う「生」

展示室を大きく使った作品があれば、空間内で呼応し合うようにテーマを共有して展示された作品もある。「展覧会におけるキュレーターの役割は、関係や解釈を提示すること」だと長谷川は話す。

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Rediscover project実行委員会《リディスカバー・プロジェクト》 2024年能登半島地震により、被災した能登の九谷焼と輪島塗の工房を救済するために立ち上げられたプロジェクト。職域の違いから出会うことのない九谷焼と輪島塗が震災以後に出会い、オブジェクトとして蘇る創造の機会として提示される。
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アドリアン・ビシャル・ロハス《消失のシアター》(上)2017年、《想像力の果てI》(下)2022年 能登半島地震で損壊したガラス天井を覆うのが、15世紀イタリアのピエロ・デ・ラ・フランチェスカの絵画をスケールアップした複製画として描いた《消失のシアター》。下の彫刻作品は、あらゆる時代の要素を取り入れてバーチャルな立体を生み出すタイムマシーンというアプリで生み出した3DCGを、多様な素材で具現化した《想像力の果てI》。時空も超えた「物質の転移」が起こっている。

「グループショーにすることで、作品を単独で見た場合とは異なる見え方が生まれてきます。新たな解釈が生まれるきっかけにもなりますし、来場者の方が思いもよらなかった感想を持ち帰っていただけるかもしれない。作品が集まった空間に身を置いて、その一部となり、作品と一緒に連動していくリズムのようなものを感じ取っていただきたいです。

そうした感性や想像力、共感力というのが非常に重要です。それがなくなってしまったら、人類は完全にAIに使われる身となり、効率化されて行き着くところまで行った資本主義のスキームに完全に飲み込まれてしまうと思っています」

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フィレンツェ大学の教授で、植物神経生物学の専門家であるステファノ・マンクーゾが手がけたモノタイプ作品。版画のプレス機の改造と粘度の高いインクの混合、異なる種類の紙の実験などを重ね、植物の複雑な生の美しさが写し取られた。
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東京を拠点とするファッションブランドのYANTORは、「村の痕跡(village traces)」と題するプロジェクトを出展。タイ東北部の村と協働で、使われなくなった民族衣装や未加工の絹糸や生地を買い取り、ダメージも再構成・再解釈しながら手縫いも用いて可視化し、村の文化価値の再発見を促す。

冒頭で紹介した神明宮の樹齢1000年の大ケヤキの脈動を視覚したの作品《Talking God》や、シャーマンの見ている世界を視覚化したジョゼッカ・ヤノマミのドローイング。あるいは、AKI INOMATAがビーバーの生態に着目した《彫刻のつくりかた》や、タイムエンジンによって時間旅行を経て生み出したバーチャル彫刻を物質彫刻にしたビシャル・ロハスの《想像力の果てI》。多様な作品が並ぶ本展では、時空も有機/無機の境界も超えてあらゆる「生」の愛おしさに思いを馳せたくなってくるに違いない。

「植物も生物も問わず、あらゆる命が紡がれている様子が見えてきて、パラメーターもビジョンも異なる生態に想像力が広がる。それが大事なんだと思います。私はいま、アートの役割は命について考えることに尽きると思っています。戦争の時代ですし、環境も汚染されて多くが犠牲になっていますが、あなたもそうした世界の一部なんです、と伝えてくれるのがアートであり、私がこの展覧会を通して伝えたかったことです」

『すべてのものとダンスを踊って—共感のエコロジー』

開催期間:〜2025年3月16日(日)
開催場所:金沢21世紀美術館
石川県金沢市広坂1-2-1
開場時間:10時〜18時
※金、土曜は20時まで
※観覧券販売は閉館の30分前まで
休館日:月
入場料:一般¥1,400
※同時開催中の「コレクション展」も鑑賞可
https://www.kanazawa21.jp