振付芸術の歴史といまを感じるフェスティバル「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」が、ロンドンで開催中

  • 文:植田沙羅
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ハイジュエリーメゾンのヴァン クリーフ&アーペルが、2020年に創設した「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」。モダンダンスやコンテンポラリーダンスを支援するメセナ活動の一環として、アーティストや劇場のサポートだけでなく、2022年からは世界各地でフェスティバルを開催してきた。そしていま、ロンドンで2度目となるフェスティバルを4月8日まで開催中だ。

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「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」が初めてフェスティバルを催した地・ロンドン。原点回帰ともいえるこの場所で、今回も数多くの国際的なコラボレーション作品が披露される。

「ダンス リフレクションズ」は「創造」「教育」「継承」という3つの価値観にもとづき、アーティストやカンパニーなどを積極的に支援し、新たな振付の創作を奨励してきた。そしてダンスの歴史や文化を人々に広めるため、2022年よりロンドン、香港、ニューヨークにてフェスティバルを主催。昨秋には京都と埼玉の二都市で開催されたことも記憶に新しい。コンテンポラリーダンスの公演やアーティストの講演会、ダンスの歴史を辿る映画の上映や、誰もが参加できるワークショップなど、アマチュアからプロまであらゆるオーディエンスを対象とした、ユニークなプログラムを提供している。

2022年のロンドンでのフェスティバルでは、ダンス公演以外にも「The Art of Movement (動きの芸術)」展をデザインミュージアムにて開催。バレエのアントルシャのポーズをモチーフにしたジュエリークリップなど、メゾンの「パトリモニー コレクション」の中から数々の作品が披露された。これらのコレクションからも窺えるとおり、メゾンが振付芸術の世界と育んできた歴史は長く、1920年代から脈々と続いている。

創業者のひとりであるルイ・アーペルは熱心なバレエ愛好家で、甥のクロードを引き連れオペラ・ガルニエに足繁く通っていた。1940年代にはメゾンを象徴する作品のひとつ、「バレリーナ クリップ」が誕生。そしてクロード・アーペルが、ニューヨーク・シティ・バレエ団の共同創設者であり振付家として知られるジョージ・バランシンと出会ったことがきっかけとなり、宝石をインスピレーションとした世界初の全幕物の抽象バレエ『ジュエルズ』が生み出されたのは、1967年のことだ。

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メゾンとの絆が深いジョージ・バランシンの名作を英国ロイヤル・バレエ団が甦らせる。『BALANCHINE:THREE SIGNATURE WORKS』ジョージ・バランシン With ロイヤル・バレエ団。 photo: ROH/Tristram Kenton, 2014

2012年には、パリ・オペラ座の芸術監督に史上最年少で就任した経歴を持つバンジャマン・ミルピエとの新たなコラボレーションが始まり、2020年代以降はロンドンのロイヤルオペラハウス、モスクワのボリショイ劇場、オーストラリア・バレエ団など世界最高峰のカンパニーと提携するなど、振付芸術への貢献は計り知れない。

今回が2度目の開催となるロンドンでの「ダンス リフレクションズ」フェスティバルは、振付芸術に特化した世界有数の施設サドラーズ・ウェルズや、英国ロイヤル・バレエ&オペラ、近現代美術を扱う美術館テート・モダン、英国最大のマルチアートセンターのサウスバンク・センターを舞台に約1カ月にわたり行われる。フェスティバルでは作品の上演やワークショップ、講演会など幅広いプログラムを設けているが、すべてに通じるのが「振付芸術の遺産と現代における創作との結びつき」に焦点を当てていることだ。

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1950年代頃からダンサーとして実験的な作品を数多く発表したトリシャ・ブラウン。コンテンポラリーダンスの一時代を築いた巨匠の想いを受け継ぐカンパニーに、新たな作品を提供したのは、フランスの若手振付家ノエ・スーリエだ。時を超えたコラボレーションに期待したい。『WORKING TITLE | IN THE FALL』トリシャ・ブラウン、ノエ・スーリエ Withトリシャ・ブラウン・ダンスカンパニー。 photo: Maria Baranova

たとえばジャドソン・ダンス・シアターとポストモダンダンス運動の創始者のひとりであるトリシャ・ブラウンの1985年の作品『Working Title』は、2020年よりアンジェ国立現代舞踊センターのディレクターを務める新進気鋭のノエ・スーリエが、トリシャ・ブラウンダンスカンパニーのために振付した2023年の作品『In the Fall』と同時上演される。

このほかにもアメリカ・モダンダンスの第二世代と謳われた振付家・マース・カニングハムの代表作『Beach Birds』と『BIPED』は、リヨン・オペラ座バレエ団によって再解釈されたバージョンを上演。フランソワ・グレモー作の『Giselle…』はロマンティック・バレエの傑作『ジゼル』をモチーフに演劇、ミュージカル、振付の要素を融合させながらも、英国ロイヤル・バレエ&オペラとのコラボレーションを実現した意欲作だ。

そして現代の振付家がさまざまなものからインスピレーションを得て、新たなダンス表現を模索していることも窺える。アクション映画、ミュージカル、ビデオゲームから影響を受けたマルセイユ国立バレエ団の(ラ)オルドによる『Age of Content』や、トルコの伝統舞踊に着想を得たクリスチャン・リゾーの『Sakinan göze çöp batar』などがそれにあたる。テート・モダンでは、シュー・リー・チェンとトントン・ホウウェンが、台湾の原住民族であるタロコ族の文化に伝わる伝説とSFを融合させた、ビジュアル&パフォーマンス作品『Hagay Dreaming』を上演。身体表現の可能性の広がりを感じ取れるだろう。

また、イギリス人振付家ジュール・カニングハムの『CROW』と『Pigeons』、アメリカ人振付家パム・タノヴィッツの『Neither drums nor trumpets』といった新作が披露される場もあり、「ダンス リフレクションズ」のサポートが結実する瞬間を共有できるだろう。そしてイベントを締めくくるプログラムには、メゾンと縁の深いジョージ・バランシンの代表作、『セレナーデ』『放蕩息子』『シンフォニー・イン・C』が選ばれた。モダンとコンテンポラリーを織り交ぜたこのフェスティバルの歴史的な視点は、今日の振付芸術への理解を深め、未来の振付芸術を育むきっかけになるに違いない。

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ロンドンのサウス・バンク地区にある現代美術館テート・モダンで上演されるのは、ビジュアル&パフォーマンス作品『Hagay Dreaming』。シュー・リー・チェン、トントン・ホウウェンによる身体表現にレーザー光線などの視覚効果が加わることで、より幻想的な芸術に昇華させている。 photo: Hsuan Lang Lin (林軒朗)

ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル

開催期間:開催中〜2025年4月8日(火)まで
開催場所:サドラーズ・ウェルズ、英国ロイヤル・バレエ&オペラ、テート・モダン、サウスバンク・センター
※プログラムごとの開催場所や公演日時については下記公式サイトを参照
https://www.dancereflections-vancleefarpels.com/en/festival-london-2