
1969年、島根県生まれ。現在は東京と香港を拠点に活動。おもな個展としてRed Brick Art Museum(中国・北京、2018年)、原美術館/ハラ ミュージアムアーク(東京/群馬2館同時開催、2019年)、SCAD Museum of Art(米国・サバンナ、2021年)、ワタリウム美術館(東京、2022年)など。2025年は島根県立石見美術館で個展を開催、国際芸術祭『あいち2025』に参加予定。
「人型(ひとがた)」を手がかりとする絵画に始まり、多様な技法を駆使して独自の表現世界を展開する現代アーティストの加藤泉。2025年に創業470周年を迎えた京都の老舗、千總(ちそう)と協働し、京友禅による着物を作成した。『加藤泉×千總:絵と着物』のタイトルで9月2日まで千總ギャラリーで展示されているコラボレーション作品について、作家に話を訊いた。

伝統とは、守ることではなく創ること
1555年に京都室町三条にて創業した京友禅の老舗である千總では近年、着物と日本の美意識をとらえ直し、現代アートの視点を取り入れることで豊かな伝統と革新を融合した世界観を創出している。その背景にあるのは、「伝統とは、守ることではなく創ること」という代々の教えだ。
そして、5年ほど前にスタートした加藤泉とのコラボレーション。ただ加藤の絵画作品を着物にプリントを施し、コラボレーションモデルを販売するのではなく、描き友禅や絞り染め、刺繍など20から30もの工程を経て完成する京友禅の職人チームに現代アーティストを迎え入れ、2種類のデザインの着物を生み出した。

「まず型紙のような着物のひな形を受け取り、ざっくりこんな感じの着物にしたいというイメージを描きました。この原画を元に、千總の職人さんたちがどの部分を染めにするか、刺繍にするか、というのをジャッジしてくださって、人型の部分は僕が直接着物に描きました。いくつもの工程があるので、僕が描けるタイミングになったら連絡が来て、京都の工房に向かっていました」
デザイン原画を描き、「描き友禅」のプロセスを加藤が担ったのだが、その前段階として、職人たちが仕事をする工房を訪れることからスタートした。絞り染めや刺繍がどのように行われるのか。染料を防ぐ部分に糊を乗せて模様を描く「糊置き」の工程など、緻密に技術を使い分けて作業が進められている様子を見ることにより、着物のデザインの発想が引き出された。

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制作プロセスから感じ取れる、匠の技
「職人さんからは、染料が乾いたあとに色がどう変化するかという説明をしていただいたり、道具を使って作業工程を見せていただいたりもしたんですが、友禅に使う伝統的な道具が、まずかっこいいんですよ。刷毛を使ってどう描くのかとか、普段の僕の絵とは違う描き方がいろいろ面白くて。実際につくり始めたら、絞りとかが入った時点でワクワクして、描き友禅は一発勝負なので失敗が許されないわけだけど、すごく楽しかったです。さらに刺繍も入って、多くの人が関わって作り上げる作業は普段の個人での制作とは違いますし、全部が刺激的でした」



千總の職人たちからは、加藤の技法への高い理解力と、色や図柄を決める決断の早さ、筆を入れる際の作業スピードに驚きの声が上がったという。
「キャリア的にもずっと絵を描いてきたので、飽きることもあるわけです。そうすると新しいことを試すわけですが、そういう意味でもいいタイミングで千總さんから声をかけていただけたと思っています。迷いなくすぐに描けたのも、10年前だったらできなかったと思います。リトグラフで制作するようにもなったので、版画の職人と一緒に仕事をした経験が今回も活きていますし、それこそ筆で線を描くのはリトグラフでしかやらないですから」
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着物を用いた、空間のコラージュのような展示構成


広げた状態やトルソーがまとった状態で着物を鑑賞できるのみではなく、下絵や色の染まり具合をテストした生地、色見本に道具まで、着物を完成させるまでの作業工程を想像させる要素が展示全体にちりばめられている。そして、難物(なんもの)と呼ばれる着物としては製品化できなかった生地を用いたアート作品も展示され、着物にまつわる要素を用いて空間にコラージュを描いたような展示全体から、「伝統とは、守ることではなく創ること」という千總に伝わる言葉が身に染みて伝わってくる。


『加藤泉×千總:絵と着物』
千總本店(京都市中京区三条通烏丸西入御倉町80)にて、2025年9月2日まで開催中
入場無料
水曜休館
www.chiso.co.jp/lp/izumikato/index.html