風呂がない家が多かった昭和の時代、銭湯は生活になくてはならない場所だった。それがいまや後継者不足や老朽化、燃料費の高騰などもあり、2024年の全国の銭湯の数は1600軒余、過去最少を更新している。しかし廃業が続く中でも、わざわざ遠方から訪れる人がいるほど人気の銭湯もある。サウナブームの後押しもあり「日常のリラックス空間」へと進化しているのだ。日々のちょっとした贅沢を叶えてくれる、都内の銭湯3軒を紹介しよう。
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小さな空間にリラックスが揃う、錦糸町「黄金湯」

2020年にリニューアルオープンした錦糸町の黄金湯は、スキーマ建築計画の長坂常が設計した話題の銭湯だ。下町らしい庶民的な空間だが、クリエイティブディレクターとして高橋理子も参加し、ロゴやサインなど細部にまでデザインが施されている。さらに壁には漫画「きょうの猫村さん」でお馴染みの、ほしよりこによる銭湯絵が描かれており、お湯に浸かるたびに和ませてくれる。
黄金湯が人気なのは、本格的なサウナがあるからだ。本場フィンランド式のロウリュができるサウナ、男湯には外気浴スペースもあり、もちろんキンキンの水風呂を完備。遠方からわざわざ訪れるサウナーや銭湯マニアも多く、小さな空間に納得のサウナ空間が広がっている。
オーナーの新保夫妻は、もともと黄金湯から徒歩5分の大黒湯のオーナーで、別のオーナーが営業していた黄金湯が廃業することになり引き継いでリニューアルをしたという。現在は大黒湯、黄金湯のほかに複数の銭湯を経営している。新保はこう語る。
「昔の銭湯は街のコミュニケーションの場で、宣伝をするんだったら、デパートか銭湯と言われていた時代もあったんです。いまでも洗い場のところに広告がある銭湯もありますよね。でもいまは95%くらいのお家に風呂がある時代。わざわざ足を運んでくれるのだから、ちょっとした豊かな時間になってほしいなと思っています」
豊かな時間になるために心がけていることはなにかと尋ねると、「快適、清潔、適温」の3つだと言う。清潔と適温は数字や目視でわかるものだが、「快適」は人によって指標がさまざまだ。どのようにスタッフと共有しているのだろうか。
「お客さんの目線に立って考える、それがいちばんですね。シャンプーの場所ひとつとっても、こっちのほうがいいだろうとか、接客も、お客さんに不快にならない態度を考えたりとか。サウナやお風呂好きのスタッフも多く、他の温浴施設に行くことで気づくこともありますね」
お湯とサウナを楽しんだあとは、オリジナルの生クラフトビールで一杯。さらに即効性があると話題の「電力整体」や、アカスリのサービスも。さらに上階にはドミトリーと食事のできるラウンジもあり、ここは銭湯というよりもはや複合施設なのだ。小さな場所に癒やしの空間がぎゅっと詰まっている。

男湯のサウナ室。ストーブはオートロウリュできるタイプで温度・湿度もバッチリ。photo : Yurika Kono

黄金湯
東京都墨田区太平4-14-6
TEL:03-3622-5009
営業時間:6時〜9時、11時〜24時30分(土のみ6時〜9時、15時〜24時30分)
定休日:第2第4月曜
https://koganeyu.com
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常連さんからサウナーにも人気、大井町の「すえひろ湯」

しっかりと温まった後はスッキリとした生茶で水分補給を。
大井町駅から徒歩5分にある「すえひろ湯」は、ボナサウナ併設の街の銭湯。大井町は都心でありながら大型の温浴施設があったり、駅前にサウナが続々とオープンするなど、ここ数年サウナ激戦区となっている場所だ。
すえひろ湯を経営する角屋文隆は、もともとエンジニアで、実家が経営していた大崎にある金春湯を継いだ。すえひろ湯は閉店することになっていた銭湯で、これを引き継いで2022年にリニューアルを施してオープンした。サウナ室や水風呂を拡張、さらに受付でクラフトビールを楽しめるようにするなど、現代のニーズに合わせた改修をした。
東京都の銭湯の価格は現在550円。燃料費が高騰する中で、夜遅くまで営業する銭湯を経営するには苦労も多い。すえひろ湯には、古くから通う常連さん、さらに遠方から足を運ぶサウナーまでさまざまな人が訪れる。角屋はこう語る。
「リニューアルの際に半年くらい休業していたのですが、その間も工事の様子を見に来るお客さんもいて、地域の方々に本当に愛されているんだなと思いましたね。常連さんにもそうでない方にも、親しみやすく気持ちのいい場所でありたいので、接客は特に意識しています。たとえば、あえて、いらっしゃいませじゃなくて『こんばんは』と言うようにしたりしています」
すえひろ湯と金春湯では、湯上がりにクラフトビールを楽しめるのも大きな魅力だ。なぜクラフトビールを導入することにしたのだろうか。
「銭湯とクラフトビールって、ちょっと似ていると思うんです。家に風呂があるけど数百円払って広い風呂に入るように、毎晩飲むビールもちょっと贅沢したい時にクラフトビールを選ぶじゃないですか。ちょっと豊かな気持ちになれるって、日々の暮らしで大切だと思うんです」
クラフトビールと銭湯、いつもの暮らしのちょっと贅沢が、間違いなく多くの人を幸せにしているのだ。


さまざまなクラフトビールは、毎日通ってコンプリートしたくなるほど種類豊富。

青い暖簾が目印のすえひろ湯。湯上がり後にベンチでひと休みするのもいい。
すえひろ湯
東京都品川区大井1-42-4
TEL:090-4326-0485
営業時間:15時〜25時(土、日、祝は10時〜25時)
定休日:火
https://suehiroyu.tokyo
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清潔感あふれる老舗、学芸大学「千代の湯」

壁を隔てて左が女湯、右が男湯。見事な富士山の銭湯絵は細部までじっくり眺めたい。画像提供:今井健太郎建築設計事務所
学芸大学駅から徒歩3分にある千代の湯は、サウナなしの昔ながらの街の銭湯。デザイナーズ銭湯を多数手掛けている建築家の今井健太郎の設計だ。創業は1940年。2010年にリニューアルをし現在の姿になった。銭湯絵師、中島盛夫と丸山清人による銭湯絵が見事で、男湯には赤富士、女湯には青い富士山が描かれている。カウンターには、旧千代の湯の切妻にあった透かし彫りの一枚板「懸魚(げぎょ)」があるなど、昔ながらの銭湯のよさを残し、現代的な空間へと昇華させている。
千代の湯は、営業開始の3時半から一番風呂を目当てに並ぶ常連さんもいるほど地域の人から愛されている。オーナーの堀口夫妻はこう語る。
「常連さんたちはここがコミュニケーションの場になっているんですよね。年配の方は『最近あの人来ないわね⋯⋯』なんて世間話をすることもあって。ここは、日常の中のちょっとした憩いの場なのかもしれませんね」
お年寄りにとって入浴は一苦労。特に一人暮らしの場合は、転倒のリスクもあるので、人の目がある銭湯のほうが安心できるだろう。そんな憩いの場の千代の湯を営業する上で、特に意識しているのが清潔感だという。
「家族連れの方も多いのですが、お子さんは特に清潔感に厳しいですよ。子どもが『汚いから行きたくない』と言うお風呂屋さんもあるとか。 なによりも清掃には気を使っています。お湯が温かいほうが汚れが落ちやすいので、毎日、営業後に浴槽の清掃だけはするようにしていますね」
千代の湯の風呂は軟水を使用しており乾燥肌やアトピー性の肌にも優しいのも特徴だ。水風呂、炭酸泉、電気風呂、ジェット風呂など、さまざまな種類の風呂が高温から低温まで揃う。高温のジェット風呂と水風呂の交互浴や、最後に温めの炭酸泉に入るなど、その日の体調や気温に合わせ、入る順番を考えるのも楽しい。
「冬場は、最初に温めの炭酸泉に入り、その後熱い風呂に入るほうが身体に負担もなくお薦めですよ。炭酸泉は特に人気で、気持ちがいいのですが、すごく血行がよくなるので長風呂には注意です」
千代の湯はタトゥーが入っていても入浴できることもあり、外国人のお客さんも増えたという。これからも街のリラックス空間として、愛され続けていくだろう。

男湯の浴室。手前の浴槽にはボディジェット、丸い開口の奥には炭酸泉がある。画像提供:今井健太郎建築設計事務所

千代の湯
東京都目黒区鷹番2-20-3 ベルメゾン鷹番
TEL:03-3712-1271
営業時間:15時30分~24時
定休日:月
https://chiyono-yu.com