樋口真嗣監督が語る Netflix映画『新幹線大爆破』【短期連載】日本コンテンツの新時代!世界を舞台にどう動く?Vol.1

  • 文:幕田けいた
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樋口真嗣(ひぐちしんじ) ●1965年、東京都生まれ。映画監督。特撮監督を務めた『ガメラ 大怪獣空中決戦』(95)では、日本アカデミー賞特別賞特殊技術賞を受賞。『ローレライ』(2005)、『日本沈没』(06)、『隠し砦の三悪人THE LAST PRINCESS』(08)では監督を担当。庵野秀明と親交が深く、彼の代表作『新世紀エヴァンゲリオン』(95~96)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』(07~09)では、絵コンテ等を担当。実写では『シン・ゴジラ』(16)、『シン・ウルトラマン』(22)でタッグを組んだ。

2025年現在、日本映画は、アニメ作品、特撮映画、時代劇、文芸など、あらゆるジャンルの作品が輸出され、海外に数多くのファンを生み出している。また日本のコンテンツが海外のフィルムメーカーによってリメイクされるケースも多く、世界に向けて羽ばたく、大きなターニングポイントを迎えているといってよいだろう。果たして、日本映画と海外映画の違いとは何だろうか。そして日本のエンターテインメント映画はどうなっていくのか。

本連載では、岐路に立つ日本映画の製作の現場では何が起きているのか? インタビューを通して探っていきたい。

第一回は、Netflixで配信を開始した『新幹線大爆破』の樋口真嗣監督にインタビュー。自分の作品が世界中に同時配信される中、どう映画を作っていくべきなのかを聞いてみた。

世界発信される、伝説的サスペンス映画

『シン・ゴジラ』(2016)『シン・ウルトラマン』(22)で世界的に評価を得た樋口真嗣監督。主人公・高市を演じるのは『日本沈没』(06)でタッグを組んだ草彅剛だ。この『新幹線大爆破』、1975年公開の同名の犯罪アクション映画のリブート作品である。

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『新幹線大爆破』のティーザーアート。Netflixにて世界独占配信中。

原作の『新幹線大爆破』(1975)は、公開当時、全世界でヒットを記録し、伝説的なカルト映画として知られるアクション映画の草分けである。ハリウッド製作のアクション映画『スピード』のストーリーにも大きな影響を与えたとも言われている。それをあえてリブートするわけだから、衆目を集めるのは当然といってよいだろう。

『新幹線大爆破』リブートの企画が実現した時、樋口監督はどんな感想を持ったのか。

「いまはコンプライアンスだとか、映画として表現する上で面倒なことがたくさんあります。ですからつくりたい作品はいろいろあるのですが、なかなかできるモノは多くありません。その中で一番、現実味がないものが実現してしまった!という感じです(笑)。自分が関わった映画では、犯罪がテーマというのが初めてなんです。ぼくはつくり手として犯罪者を裁かねばならない立場になる。まず考えたのは、中川和博と大庭功睦という今作の脚本家二人がつくったプロットで方向性を確認しながら、犯人を誰にするか、どういう裁き方があるんだろうか、ということでした」

小学生の頃に原作を観て以来、その魅力にほれ込んだという樋口監督だが、現代の最新デジタル技術で、同じ内容でつくろうとは思わなかった。

「爆弾のシステムのアイデアはいくつでもあるけれど、原作のような『高度経済成長に乗り遅れた者たちによる社会への反抗』という犯人像は、あの時代を背負い込んだ設定です。原作の主役である高倉健さんは、台本を読んでそのキャラクター像に惚れ込んだわけですよね。ですが、50年を経たいまでは、かつての設定のままで映像化は難しい。ですから脚本家チームとは、犯人が何を目的としているのか、なぜいまの世の中で爆弾を仕掛けなければならないのか?そこを考えるところから始まりました」

原作をつくり直すのではなく、登場するキャラクターの人物像も現代に即した設定にしなければならない。リブート版の軸として、新幹線の運行を担当する人たちが、その責任を全うする展開にするべきだと考えたという。車掌である主人公の高市を演じる俳優として白羽の矢が立ったのは、樋口監督とタッグを組み、『日本沈没』で興行収入53.4億円という大ヒットを記録した草彅剛だ。草彅の魅力を以前から感じていた樋口監督は、再び仕事を一緒にすることを熱望していたのだという。

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今回、主演の高市を演じる草彅剛。原作とは違い、爆弾を仕掛けられた側視点を中心に映画は進んでいく。そのため、犯人が誰なのかというミステリー要素も含む。Netflixにて世界独占配信中。

「脚本が固まってきた時、早い段階で僕の方から『草彅さんはどうかな』と提案しました。佐藤善宏プロデューサーも『あなたへ』という作品で仕事をしていたのでスムーズにキャスティングができましたね。Netflix作品の魅力の一つは、あまり周囲の意見に惑わされず、作品にとってベストなキャスティングができるというところだと思います」

Netflixでの映画製作は、監督が考えていた以上に自由度が高かった。設定を東北新幹線に変更したリブート版では、JR東日本の特別協力のもと、E5系の新幹線を上野・新青森間で計7往復運転して撮影。また、クライマックスの特撮シーンでは、1/6の大型ミニチュアを制作し、福島県須賀川市に約150mもの大規模な走行用のセットが組まれ、撮影が行われた。撮影期間は、延べで10カ月に及んだという。

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左:原作の舞台となった0系。劇中名は「ひかり109号」。photo:Sui-setz  右:リブート版の舞台となった「はやぶさ60号」。photo:shutterstock/Malcolm Fairman。

「普通なら、予算が絞られるのが当たり前になっているいま、本当に自由にやらせてもらったと思います。しかも、分かりやすいお金のかけ方ではないんです。たとえば海外ロケに行くと、見ただけで分かりやすいですよね。でも『新幹線大爆破』の舞台は、あくまでも新幹線の中だから、そこを本物らしく見せることにお金をかけても『撮れ高』が分からない。でも、そういうところにお金を使う時、Netflixは現場の説得を聞いてくれるんです。何段階もチェック体制があるので、予算をどう使うかを理解してもらわないといけないんですが、打てば響く、頑張れば跳ね返ってくるという手応えはありました」

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「僕の居場所はない」と打ちのめされた過去

本作には、もう一つの厳しい目が向けられている。海外の映画ファンの注目である。

原作『新幹線大爆破』は、当時の国内での配給収入では苦戦を強いられたが、海外セールスでは全世界で15万ドル以上の輸出契約が結ばれたという。ヨーロッパやアフリカ、アジア、ソ連ではヒットを記録し、海外版のノベライゼーションまで独自に発行される人気ぶり。特にフランスでは8週間のロングラン公開となった。1970年代前半から中盤にかけ、アメリカではオールスター共演によるパニック映画が隆盛を極めていたが、その世界的人気に便乗し、見事、成功したのが原作だったのだ。

そんな背景から、Netflixで全世界に配信されるリブート版も、海外から期待を集めている。樋口監督は、そうした海外の観客も意識しているのだろうか。

「実は、海外に関しては、あまり考えたことはないんです。海外でどんな映像や演出が好まれるかなんて、自分は外国人ではないので頑張っても想像でしかないですから。自分は日本が一番のマーケットだと考えているので、まず日本のお客さんにどれだけ観てもらえるかが大事なんじゃないかと思いますよね。もちろんグローバルな視点は大事だとは思っていますが」

そう語ってくれた樋口監督は、映画監督のほか、特撮監督、アニメ監督など幅広い肩書を持っている。現在に至るまで、実写映画、アニメ製作など、さまざまな現場を経験している。しかし樋口監督が海外市場を意識していない理由も、この豊富な経験から来ているようだ。

「僕は、20代の時に海外の映画撮影現場で仕事をして、一度、諦めているんです。香港やLAでそれぞれ、1年弱くらい仕事をしたんですが、それまで凄いとばかり思っていた海外映画の現場では、作品に対する考え方がまったく違っていて、『ここに僕の居場所はない』と打ちのめされている。そこで、半ば馬鹿にして飛び出した日本の映画界が、実は凄いんじゃないかと気がついたんです。だったら日本にいても、いろいろなことができるはず。そこから、ためらわず作品をつくれるようになっていったんですね」

製作国内でウケない作品が海外でヒットするはずがない

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メイキングの一場面。

作品の世界発信を行うNetflixには、海外ありきではなく、製作国内でウケない作品が海外でヒットするはずがない、というロジックがある。海外でも名の知られている樋口監督は、海外進出を意識したことはないのだろうか。

「自分らの仕事は、何を撮るべきなのかを探すのが第一の仕事なんです。無理に海外に行ってしまうと探しようがなくなる。ヴェネツィアに行って撮影したとしても、イタリア人監督の方が撮るべきものを知っているから、映像の切り取り方、見せ方は上手なわけですよ。だとしたら自分は、日本の景色を撮ったほうが有利なはず。ただ海外の監督が日本で映画を撮ると、日本人が撮れないような画面を撮ったりすることもありますからね。自分も海外に行って、向こうの人たちを唸らすような映画を撮らないといけないんですけど(笑)」

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最後に樋口監督は、リブート版『新幹線大爆破』の見どころをこう語ってくれた。

「俳優さんの演技や演出的な見どころは、一口や二口では語れませんが、今回は”はやぶさ60号”ということになります。映画の舞台が東北新幹線という路線上なんですが、撮影の準備段階で、どういう景色があるのかいろいろ調べたんです。撮り鉄のみなさんが撮影したYouTubeを含めて検証すると、新幹線が走っている映像が意外とない。高い防音壁があるので、走っている映像がカッコよく撮れる場所が少ないからなんですね。しかし無いからと言って、つまらない場所の映像をはめ込むのは許しがたかったんで、かなり探し回りました。そしてちょっとした映画の撮影1本分くらいのスケジュールを使って、新幹線が走っている風景を撮りましたね。東北地方は雪が降るので、春になって雪が解けてから梅雨入りするまでの2カ月ほどの期間を追い立てられながら、新幹線が走る景色を撮りました。とにかくカッコよい。この主人公・新幹線の景色が見どころです!」

樋口監督が撮りたかった映画、撮るべき映画を探して、たどり着いたリブート版『新幹線大爆破』。海外の好みに迎合した映画ではなく、日本人クリエイターが日本の観客のために撮った娯楽作品だからこそ、世界に発信する価値があるのだ。

『新幹線大爆破』は日本映画の、そして樋口作品の映像表現の高さを世界に伝える、試金石になるのかもしれない。

日本産コンテンツの変革期である2025年

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日本のコンテンツ海外展開の内訳。内閣府 知的財産戦略推進事務局よりクールジャパン戦略関連基礎資料ver1.0(2023年12月22日)

日本のコンテンツ市場の海外展開は、2021年時点で4兆3千億円を超えている。ただしその内訳は、ゲームが2兆8千億円。アニメ、出版(主にマンガ)が1兆5千億円で、実写映画市場は1千億と全体の2%のみで、やはり実写映画産業は後塵を拝している状況だ。

しかし、お伝えしたように、近年の日本の実写映画界は大きな変化を見せている。今回の『新幹線大爆破』だけでなく、かつての日本の名作映画が海外資本や外国人映画製作者たちによって、リブートする動きが盛んとなっている。一方、日本の映画製作会社からも、海外進出に向けた動きが活発だという。いまの日本映画にも、グローバルな世界での評価が期待される時代が確実に近づきつつあるのだ。

我々は日本コンテンツの変革期であるいま、これからも現場の姿や声を追っていくこととする。次回のレポートを乞うご期待!

『新幹線大爆破』

監督/樋口真嗣
出演/草彅剛、細田佳央太、のん 、 斎藤工ほか 2025年 日本映画(Netflix)
2時間16分 Netflixにて世界独占配信中。
https://www.netflix.com/title/81629968