近藤亜樹の絵画はいつも光の方を向き、その光を跳ね返してくる。渾身の力を込めて輝かせた色彩と躍動する筆づかいはあらゆる生命を慈しみ祝福するかのようだ。現在、2022年以降の作品と約60点の新作を一挙に展示する過去最大規模の個展が開催中だ。本展で最初に度肝を抜かれたのが幅9m超の新作『ザ・オーケストラ』。白髪を翼のように広げた、赤く燃えあがる眼光鋭い不死鳥の指揮のもと、多様な生き物と無数の音の光の粒が一体となり音楽を奏でる。画面を横切る円環の向こうには果てしない宇宙が広がる。
「なにを描くのかわからないまま、降りてきたものを描いていくうちに世界が動き出します。本作では音楽の世界にどっぷり浸かり、画面から音が鳴るまで、音という表現を必死に探しました」
そう語る近藤は、東日本大震災の余波が残る12年に画家としてデビューした。大学院在学中に描いた、山形の修験者の伝承にもとづく大作『山の神様』がサンフランシスコのアジア美術館のグループ展に展示され注目される。伸びやかな創作はキャンバスの枠を越え、出会った人々や事物、場所にまつわる記憶や感情を原動力に、壁画や映画の制作、ライブイベントなど表現の領域を生き生きと広げていった。

18年、結婚して間もない頃、夫が渡航先の地で突然亡くなった。彼女は既に新しい生命を宿していた。「この先どのように生きていけばいいのか、とても不安でした。夫の死を受け入れることもできず、絶望して死に向かおうとする自分と、力強く生まれてこようとする子どもがひとつの身体の中にあり、引き裂かれそうでした。ただその時思ったのは、死に向かう力よりも生きようとする力のほうがずっとずっと逞しいこと。生まれてきた赤ん坊が元気に泣いているのを見て描き始めると、絵と一緒にネガティブな気持ちも排出されていったようでした。力尽きるまで自分ができることをやろうと思えた」と近藤は語る。
それから瞬く間に、彼女の絵は体温を取り戻し、躍動感と鮮やかさを蘇らせていく。ある時は前触れなく世を去った人たちへの鎮魂の絵画を。ある時は世界中の子どもたちに愛情と祈念を届けようと輝く母子像を。近藤の創作は疾走し、あまねく世界に息づく生命の肯定を謳ってきた。
本展では、多肉植物であるサボテンとの交感を描いた新作を発表している。小さなサボテンの鉢を買い集めるうちに、その健気な姿と不屈の生命力に自身の苦しみや喜びを重ねた経験がもとになったという。長い回廊ではユニークなかたちを持つさまざまなサボテンの絵が林立して鑑賞者を迎える。展覧会タイトルになった、本シリーズを象徴する大作『我が身をさいて、みた世界は』では擬人化されたサボテンが身をよじり顔を歪める。サボテンのように我が身をさいて生きようとする姿は近藤そのものだった。「今回の個展のために描いていた大作がなかなか完成しない時、このサボテンみたいに生き続ければ新しい表現に出会えるかもしれない、と思って踏ん張れました」と近藤は話す。
夫を亡くした後、彼女はほとんど山形から出ることなく、長い間子育てと制作に向き合う日々を過ごしてきた。「硬い膜で自分を覆って閉じていました。心配してくれる人たちにヒリヒリした感じを与えてしまいそうで、どうしても会うことができなかった。そんなところも自分とサボテンを重ねていたのかもしれません」と多くの人と何年も会えずにいた頃の胸の内を明かしてくれた。
近藤亜樹にとって「描くこと」と「生きること」は隙間なく結び付いている。そして、創作姿勢のひたむきさと自他に傾けてきた慈愛の表現には、切実な境遇に置かれた人々を勇気付ける明快な力強さがある。生命は脆く弱いものだが、どんな生命にも微かな希望が宿ることを示唆する豊潤さを持った絵画だからだ。


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PICK UP

『近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は』 新作64点を含む、88点を展示。上の作品は展覧会名になった大作だ。水戸芸術館現代美術ギャラリー(茨城県)にて5月6日まで開催中。
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PERSONAL QUESTIONS
好きな場所は?
大自然や田舎。大自然には立ち上がる生命力があります。また自然のそばでの暮らしには、発見する楽しみがあり心惹かれます。私はそういう場所にいるのが好きです。
好きな言葉は?
「大丈夫」という言葉。安心できるから。
好きな建築家は?
今回の展覧会の展示構成も手掛けていただいた青木淳さん。「青木マジック」とも言える空間をつくってくれました。青木さんの提案から、お人柄まですべてをリスペクトしています。
最後の晩餐で食べたいものは?
「飯寿司(いずし)」という、北海道の郷土料理。魚と野菜を米麹に漬けて、乳酸発酵させたもので、魚の旨味、米の甘み、ほどよい酢の酸味のバランスが最高。いまハマっています。

いま注⽬したい各界のクリエイターたちを紹介。新たな時代を切り拓くクリエイションと、その背景を紐解く。