革命の日は近い? 中国の“空飛ぶクルマ”がもたらす「ロウ・アルティチュード・フライト」の未来に注目

  • 文:小川フミオ
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クルマ界で“革命”が起きるかもしれない。「ロウ・アルティチュード・フライト(LAF/Low Altitude Flight)」に熱心に取り組むメーカーが出てきているのだ。日本語にすると「低高度飛行」。クルマと言っても“空飛ぶクルマ”の話だ。

デザインも多様。そこも面白い。「こんなの飛ぶのかいな」と疑問を持たざるを得ないものから、製作予算がたっぷりのSF映画に登場しそうなリッパなものまで、さまざまな形態が登場して(というか考案されて)いる。

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シャオペンとエアロHTが提案する空飛ぶクルマを使ったインフラのイメージ。写真:AeroHT

電気とか水素といったカーボンニュートラル燃料の技術革新も私たちの未来にとって重要だけれど、クルマのありかたを変えようというLAFも、グローバルで生き残りをかける自動車メーカーにとって、乗り遅れたくない技術のひとつのようだ。

日本では、2025年に開幕した大阪・関西万博で日本メーカーの空飛ぶクルマが目玉のひとつになるはずだった。しかし国が定める安全基準を通過できず、当初の商用飛行からデモ飛行へと切り替えたものの、4月には運航中止となったニュースは記憶に新しい。

一方で中国メーカーは、国の積極的な後押しを受けて開発を進めている。

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ホンチが展示した「天眼1号」はクルマに巨大なアームを付け、電動ローターで飛ぶイメージ。写真:筆者

いま中国では、深圳を中心に、蘇州、杭州、合肥、成都、重慶といった都市をLAFの特区に選定。専門部署もつくり、高度1000m以下(小型旅客機は3000〜5000m)のLAFのインフラづくりを推し進めていると報道されている。

空飛ぶクルマ開発に携わっているメーカーは、ホンチ(紅旗)、チェリー(奇瑞汽車)、チャンガン(重慶長安汽車)、シャオペン(小鵬)など中国の中でも大手ばかり。

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ホンチ「天眼1号」には巨大なスタビライザーがそなわり、これが本気度をかんじさせる。写真:筆者

ホンチ(Hongqi)は、1950年代にクルマづくりをはじめた、中国でもっとも歴史ある自動車ブランド。中国共産党の幹部が乗る大型セダンも手がけていて、筆者は欧州の自動車博物館で何度か実物を見たことがある。ぶ厚い鋼板の重厚な車両だった。チェリーとチャンガンも、中国自動車メーカーのビッグ5に数えられる。

筆者が空飛ぶクルマの実物を見たのは、2025年4月に開催された上海モーターショーの会場だった。各社とも独自の設計で、ホンチの「天眼1号」やチェリー(Chery)の「ランド・アンド・エア・ビークル」は、クルマと、飛行機というかドローンの合体型。

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チェリーの「ランド・アンド・エア・ビークル」もクルマの要素が強く見えるが、アームのスパンがありすぎて公道で使うのはぜったい無理だと思う。写真:筆者

人が乗る部分は4輪を持った乗用車のかたちをしていて、ルーフに電動ローターを6基ほど備えたアームがつく。アームも長くて、よほどのワイドレンズを使わないとカメラの画像に収まらないほど。メーカーでは「飛行実験を始めている」とはいうものの、道路を走るのは難しいだろう。

2014年に広州で創業したシャオペン(Xpeng)は、技術力を武器に高収益をあげてきたメーカー。24年、フォルクスワーゲンは7億ドルを投資し、小型BEV(バッテリー駆動EV)を共同開発するプロジェクトを発表している。

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シャオペンが展示した「ランド・アンド・エアクラフトキャリア」は2人乗り。後ろはeVTOLの積載スペースで、重量を支えるため左右2輪ずつ備わる。写真:筆者

シャオペンは「エアロHT Xpeng AeroHT」なる子会社で、「ランド・アンド・エアクラフトキャリア」を開発中だ。エアロHTのコンセプトはふたつ。ルーフにeVTOLのアームを格納したクーペライクな車両と、車体後部に有人eVTOLを納める6輪のバンだ。

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シャオペン「ランド・アンド・エアクラフトキャリア」の後部に積載される2座のeVTOL。写真:筆者

バンのほうは、車体後部から電動でeVTOLがおろされ、ローターをもったアームが展開。人が乗り込むとそこからさっと飛び立つコンセプトだ。25年1月に米ラスベガスでの「CES」でお披露目され、一説には30万ドルという価格だが、26年の販売を前に30台以上の予約が入ったそうだ。

チャンガン(Changan)はさらに、いさぎよい。クルマの要素を取り去っている。無人eVTOL(電気モーターを使った垂直離着陸機)の大手メーカー、イーハン(EHang)社と共同開発のeVTOLは、2人乗りで自動操縦が可能。コクピットを見たら計器類がほとんどないのに驚かされた。

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無人のeVTOLも多く手がけるイーハンが自動車メーカーのチャンガンと共同開発している2座のeVTOL。写真:筆者

なぜ、多くのメーカーが空飛ぶクルマに力を入れているのか。彼らの説明の中では、ロウ・アルティチュード・フライトというより、「ロウ・アルティチュード・エコノミー」とか「ロウ・アルティチュード・エコシステム」という言葉が使われている。

空に舞い上がることで交通渋滞回避、というのはまあ夢の話だけれど、実際に移動の効率が上がる場面も少なくないようだ。森林地帯は無理だけれど、砂漠のような場所では迅速な移動、あるいは物流が実現する可能性が高くなる。 

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イーハンが実証実験を行っている有人eVTOL。写真:EHang

さきのイーハンによると、直線距離の移動ができれば時間は最大60パーセント短縮でき、物流ではコストが50パーセント節約できるとしている。 

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AeroHTのHPでは、シャオペンと開発しているクルマと合体型のeVTOLのイメージ映像が見られる。写真:AeroHT

そう考えると、想定される大きなマーケットは中東だろうか。砂漠の上を最短距離で移動できる空飛ぶクルマ。滑走路も必要ないので、目的地の近くまで到達できる。いまはまだ飛行時間が限られているようだが、バッテリーをはじめ、電動パーツの効率が上がれば、だんだん遠くへと行けるようになっていくのではないだろうか。

はっきりした目的をもって開発されている(ように思える)、中国の空飛ぶクルマ。目的によって、性能も形態も定義される。新しい時代の交通手段として、今後どのようなかたちになっていくのか。注目したい。