“余白”をつくり文化を育む、高雄を再定義する建築家・劉培森の視点

  • 写真:劉泳男
  • 取材:張瑞庭
  • 編集&文:Alicia Chien
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かつて鉄鋼と石油で知られた台湾南部の街、高雄はいま、“未来の都市”に生まれ変わろうとしている。高雄のランドマークとなる施設を多数手掛けてきた建築家・劉培森にインタビューした記事を、Pen台湾版の最新号より再編集して掲載。彼が思い描く、高雄の未来に迫った。

Pen台湾版は2024年3月にスタートし、隔月で発行。日本の新たな潮流や価値観を台湾に届けると同時に、ローカルなエッセンスを融合させ、中国語圏の読者により豊かなライフスタイルを提案している。
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建築構造の力学的な緊張感から、「人間本位」の市民活動の場へ。建築家・劉培森は三次元的な設計哲学によって、高雄市立図書館を都市のオープンスペースの結節点として構築した。彼の思い描く高雄は、情熱的で素朴な人々が暮らす、親切で温かみのある南の都市だ。

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劉培森●建築家。アメリカ・マサチューセッツ工科大学で建築学修士号を取得し、フランス・パリ建築学院で博士号を修めた。台湾でも珍しい欧米両方の建築教育を受けた建築家。建築美学に通じ、空間構成にも優れた手腕を発揮し、自ら主宰する「劉培森建築師事務所」では、公共から民間まで多様なプロジェクトを手がけている。代表作には高雄展覧館、高雄市立図書館、台中市政府庁舎、苗栗客家文化センターなどがある。美に対する感性が深く、建築設計のみならず、美学の普及にも情熱を注ぐ。台湾建築美学文化経済協会の理事長として、美的体験を教育に根づかせる活動を推進。協会の力を通じて、多くの学生たちが美を学ぶきっかけを得ている。

建築は、ただ建物をつくることではない

「建築とは、空間と都市との対話です。単なる形ではなく、人との関係を紡ぐものでもある」

劉培森はそう語り、自身の高雄での実践を定義する。建築美学と空間戦略を巧みに操る彼は、ワールドゲームズのメイン会場、高雄展覧館、高雄長庚プロトンおよび放射線治療センター、高雄市立図書館本館など、高雄を代表する公共建築の数々に携わってきた。これらの建築は、彼の高雄に対する鋭い観察と返答の証だ。

高雄の気候と地形条件を前に、「日除け・通風・透明性」は必須であり、建築は決して形式だけで語られるべきでないと彼は語る。その思想を体現したのが、高雄市立図書館本館。建築はもはや内と外をわける境界線ではなく、街の風景がそのまま延長されたような存在だ。都市の気候、そして人々の日常と、深く呼応し合う空間なのである。

図書館は市民のための公共ステージ

劉培森は、高雄市立図書館本館の空間設計を「ひとつで三度おいしい」と表現する。1階は大きな吹き抜けの市民広場、2階には主要なエントランスとパブリックロビー、そして屋上には海岸線を見渡せる都市のスカイガーデンが広がる。

その設計には、熱帯の港町・高雄ならではの気候特性への応答が込められている。たとえば、真夏の正午。市民たちは日差しの強い通りから姿を消すが、日陰のある都市空間へと自然と引き寄せられる。「高雄の人々は、夏の昼に街路から姿を消す。でも彼らは、遮られた空間の中へと入ってくるんです」と語る。

だからこそ、この図書館の1階には壁を設けず、都市にひらかれた界面として設計された。これは、建築を公共のハブとして最大限に機能させる工夫であり、都市と人との関係を結び直す「入り口」としてのデザインでもある。図書館とは、単に読者のための器ではない。街の活動を育むハブであり、人々が集い、物語が生まれる場所なのだ。

構造に革命をもたらす:吊構造が生む張力のデザイン

高雄市立図書館におけるもうひとつの建築的革新は、「吊構造」(サスペンション構造)という発想にある。階層や柱による視界の妨げ、そして夜間の安全性をどう確保するか。その問いに対し、劉培森は吊橋のような張力構造を導入した。床板は、上部から伸びる6~12センチの鋼ケーブルによって吊り下げられており、従来の柱や梁に頼らず自立している。これにより視界は大きく開かれ、図書館内には遮るもののない読書空間が広がる。オープンで透明、かつ安全性と管理効率を両立した構造だ。「世界初の、全館吊構造を採用した大型図書館です」と、劉培森は語る。この構造こそが、図書館を夜の街における光のランドマークへと押し上げている。

単なる工学的挑戦にとどまらず、空間の価値そのものを引き上げる設計。視野の広がり、安全性、快適性のすべてを同時に実現し、都市空間において「目に映る安心、心に届く景色」を体現している。 

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高雄市立図書館総本館 図書館の中庭、屋上の屋外ガーデン、吹き抜けの1階の広場は、すべて市民が自由に利用できる「ゆとりのある空間」を提供している。これらの場所では、展覧会、音楽、トークイベント、マルシェなどのイベントが開催され、建築はもはや単なる機能的な物体にとどまらず、積極的に参加する場所へと変わる。高雄市立図書館総本館の第2期エリアには、現在ではスタークラスのホテルが入り、個性豊かな書店もオープンしている Ricky Liu & Associates Architects + Planners(以下同)
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図書館の1階は壁で閉ざされているのではなく、街にひらかれた全面オープンなデザインに。建築を公共のハブとして捉え直した最適解であり、人と都市の関係を再構築するための入口でもある。
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高雄展覧館 標準サイズのブース1,500台を収容できる高雄展覽館は、2,000人収容の大会議室を1室、800人規模の会議室を2室、さらに20〜40人向けの中小会議室を10室備え、展示場に隣接する桟橋や屋外大型スクリーンも完備。台湾で初めてスマートビル認證を取得したコンベンションセンターとしても高い注目を集めている。設計を手掛けたのは建築家・劉培森。彼の「人間本位の設計理念」が随所に反映され、純白のフォルムは高雄・柴山の緩やかな稜線と共鳴。自然と調和するグリーン建築として、港町・高雄の風景に溶け込む。波をイメージした屋根ラインが象徴的な外観は、港湾都市ならではの地理性を建築に落とし込んだもの。鋼構造の上に約1万枚のアルミパネルをまとう外装は、自然光と風の流れをコントロールし、省エネ性でも高く評価され、数々のグリーンアワードを受賞した。

気候への応答:光、熱、そして環境にやさしい日除け

日差しが豊かな高雄では、心地よい陽光の一方で、午後の強烈な日射が建築に課題をもたらす。劉培森は、その対策として「バルコニーによる緩衝」と「植栽による日陰」を組み合わせた独自の遮陽デザインを展開。図書館の南側と西側には、奥行き5メートルの緑化バルコニーを設置。読書の合間にひと息つける半屋外スペースであると同時に、直射日光を和らげ、建物の冷房負荷を大きく軽減した。

「壁で光を遮るのではなく、緑をフィルターにする」。そんな発想から生まれたデザインの考え方は、彼の他のプロジェクトにも通底し、南台湾の都市建築におけるサステナブルなモデルとなっている。

さらに注目すべきは、植物、水の蒸気、そして日除け構造によって、建築を「都市の微気候を整える装置」と捉えている点。自然の力を遮断するのではなく、迎え入れ、導く。この姿勢こそが、図書館のすみずみを、冷房に頼らず快適に過ごせる、自然と共生する空間へと導いている。

余白の価値:市民の即興を受けとめる場

「建築には、使い手の自由に委ねられた余白が必要だ」と語る劉培森。機能性を追求する一方で、あらかじめ用途を定めない「ゆとりのある空間」こそが、建築にとって本質的だと考えている。

高雄市立図書館では、5階の吹き抜け中庭、屋上のガーデンテラス、そして1階の広場など、いずれも明確な用途を設けず、市民の自由な発想に委ねられた場となっている。展示会や音楽ライブ、トークイベント、マルシェなど、多彩な活動が自然と生まれ、建築は「機能の箱」から「人が集い、関わる都市の舞台」へと変化していく。

こうした余白は、単なる視覚的なスペースではなく、新たな文化や交流が芽吹くための土壌でもある。「建築は完成された作品である以上に、常に再解釈され続ける場であるべきだ」と語る。それは、一冊の本の展示、あるいは即興のパフォーマンス、市民の日常の対話など、多様な公共活動が生まれる可能性が込められている。

「図書館は、市民のリビングルームであってほしい」

この言葉こそ、彼の設計理念の中核を成すもの。年配者から子ども、買い物帰りの主婦まで、あらゆる世代が自然と足を運び、思い思いの時間を過ごせる場。「あらゆる世代が自然と足を運びたくなる図書館こそが、都市の公共生活を支える容れ物なのです」と彼は言う。

都市に文化への道を拓く

図書館にとどまらず、高雄展覧館や内惟芸術センターにも、劉培森は同様のまなざしを注いでいる。「展覧館は単なるイベント空間ではなく、海へとつながる都市の回廊。内惟芸術センターも、展示の殿堂ではなく、人々が芸術の中を自由に漂うための開かれた場なのです」

建築とは「ふだん建築に関心のない人でも、思わず足を踏み入れたくなるような存在であるべきだ」と語る。それこそが建築における最大の社会性であり、都市が本当の意味で文化的転換を遂げる、そのしるしでもある。

内惟芸術センターの設計には、「非対称型の公共空間」という戦略が貫かれている。台形の建築ボリュームと鋭角を溶かした構成は、用途の柔軟さと人々の動線をやわらかく受け止める象徴である。それは見学ルートであると同時に、訪れる人に新たなキュレーションの視点をもたらす空間でもある。

建築家が響かせる台湾南部の共鳴

劉培森は高雄出身ではない。それでも彼はこの都市に、文化の密度を湛えた建築をいくつも築いてきた。高雄市立図書館の設計では、吊構造の床や日除けバルコニー、透明なファサード、開かれた広場を用いることで、高雄を「親しみやすく、歩き回れ、共鳴できる都市」へと再定義した。この建築の中では、空間を読み解くだけでなく、「建築は都市生活の器である」という本質が、あらためて浮かび上がってくる。南部の強い陽射しは、もはや肌を刺す灼熱ではない。ガラスのカーテンウォールを透過し、やわらかな光へと変わる。それこそが、高雄という都市の現代的な精神を象徴する建築の表情であり、この街の空と人の流れの中で、建築は静かに語る—都市がいかにして、自らを見つめはじめたかという物語を。

建築家が「都市の余白」を市民のために設計しようとするとき、その建築はもはやランドマークではなく、都市そのものの一部となる。目立たずとも、そこにありつづけ、都市とともに息づく存在となる。劉培森は、高雄の素材と職人技に根ざしながら、建築をこの土地の山と海の息吹と呼応させている。建築の角を曲がるたび、そよ風が緑の回廊を揺らし、吹き抜けのアトリウムに落ちる光と影が、まるで時の断片のように都市の過去と未来を映し出す。彼の手がける公共空間には、常に繊細なスケール感がある。人と人とのあたたかな距離を保ちながらも、個と集の交差点を生み出している。午後の散歩の途中にも、夕暮れのベンチの上でも、人々はごく自然にその空間とともに呼吸し、舞い、建築がいかに文化の記憶とコミュニティの想像力を包み込むかを、体験するのだ。

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内惟芸術センター 高雄市立美術館・高雄市立歴史博物館・高雄市電影館の三館が連携して構成されており、分野を超えた展覧会、収蔵・修復の体験、多目的シアター、歴史や人文に関する展示、軽食を楽しめるカフェ、文創グッズのショップなど、多様な要素が融合するアートセンターである。建築家・劉培森の「人間本位」の設計理念に基づき、純白の建築全体は高雄・柴山の起伏する地形に呼応し、自然景観に溶け込むグリーン・アーキテクチャーとして構想されている。
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高雄国家体育場(2009ワールドゲームズのメイン会場)

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