ワインづくりに適した風光明媚な土地
長野県東部・小諸市を流れる千曲川流域は「千曲川ワインバレー」と呼ばれ、ワイン愛好家から熱い注目を浴びている。降水量が少なく、昼夜の寒暖差が大きい小諸は世界の銘醸地との共通点も多く、ブドウづくりに適したエリア。千曲川の右岸と左岸では土壌が異なり、ワイナリーごとに個性的な味が楽しめることから、このエリアを巡るワインツーリズムも近年人気だ。

ジオヒルズワイナリーは御牧ケ原の小高い丘の上に佇む醸造所。小諸駅近くに126年の歴史を持つ温泉旅館・中棚荘の5代目当主がブドウ畑に着手したのが2002年。現在は息子の富岡隼人が醸造責任者を務める。「御牧ケ原は近くに川がなく、粘土質のため昔から悪地と呼ばれるほど、農業するには困難な土地でした」と隼人は言う。先人による土地改良によって農業用水の溜池が整備されたことで、いまでは米や野菜と並んでブドウ栽培ができるようになった。

土地の歴史が積み重なった御牧ケ原のワイナリーの隣に6月20日、オーベルジュ「song(ソング)」が誕生した。代表を務めるのは富岡家の長男であり、中棚荘6代目当主となる富岡直希だ。
「ここでは醸造家の家に泊まったような深い物語を感じることができます。朝早くから畑に出かける醸造家の姿や、畑の作業を間近で見ることで、ワインができる過程や醸造家の思いを感じてもらえると嬉しいです」。宿泊は1日1組、レストランは最大12名まで予約可能で、同じテーブルを囲む。
ディナーの始まる少し前に到着すると、土地の魅力を知り尽くしたスタッフが周囲を案内してくれる。説明を聞きながら近隣の畑を散策したり植物の香りを嗅いでいると、この場所で生まれるブドウがどんな味わいなのか期待が高まる。

浅間山のパノラマを望むダイニングで提供されるのは、御牧ケ原を中心に信州各地の旬の食材を使った薪火料理だ。腕を振るうのは長野県茅野市生まれのシェフ、田村周平。都内のレストランで修業後、長野県のキャンプリゾートで料理長を務めた経験から、その土地の新鮮な食材を薪や炭で調理する料理に魅了されたという。その後、スペイン・サンセバスチャンやオーストラリア・メルボルンのレストランで研鑽を積み、帰国後songの料理長となった。
「ここではただ料理を提供するだけでなく、農家や地域の人たちと共につくり、地域の食材や信州郷土料理の可能性を広げることが大きなビジョンのひとつです」



散策から戻りテーブルに着くと、シェフとスタッフが野山で採取した食材を使った一期一会の薪火料理と、料理に合わせたワインが次々にテーブルに並ぶ。4時間かけてディナーをゆっくり堪能している間、窓の景色は刻々と移り変わり、やがて満天の星空が眼前に広がる。客室はダイングのすぐ上。食後は2階のベランダに出て、星空を眺めながらグラスを傾けるのも一興だ。帰途を気にせず眠りにつけるのもオーベルジュならではの特権である。


ワインは時間がつくる産物だ。家族や仲間が一丸となってワイン文化を継承している富岡ファミリーの物語は、この先何代にもわたって続いていくことだろう。土地を耕し、ブドウを育て、醸造し、それを多くの人と分かち合う。ジオヒルズの地に吹き渡る風に吹かれながら過ごす時間は、私たちに命の営みを教えてくれる。
song(ソング)
長野県小諸市山浦富士見平5656
TEL:080-7572-0224
https://song-mimakigahara.com