「考察をしたくなる余白を」水上恒司が語る、映画『九龍ジェネリックロマンス』の魅力

  • 写真:河内 彩
  • 文:小松香里
  • スタイリング:藤長祥平
  • ヘア&メイク:KOHEY(HAKU)
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水上恒司(みずかみ・こうし)●1999年、福岡県生まれ。話題作に立て続けに出演し、若手実力派として注目を集める。 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら』(2023)では、第47回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。俳優として、幅広い活躍が注目されている。

テレビアニメ化もされた眉月じゅんの人気漫画『九龍ジェネリックロマンス』が実写映画化された。舞台は魅惑的な街、九龍城砦。九龍の不動産屋で働く鯨井令子(吉岡里帆)は、先輩社員の工藤発(水上恒司)に恋をしており、ふたりの距離が近づけば近づくほど、この九龍という街への謎が深まっていく。令子と同じ姿形をした工藤の婚約者、令子の失われた記憶、3年前に解体されたはずの九龍城砦──。

過去と現在が交差するミステリー・ラブロマンスの主演を吉岡とともに担った水上は本作を通じてなにを思ったのか?海外でのロケ撮影のことや毎回苦労するという役作りについてなど、26歳の現在地に迫った。

“余白”を考察し続け、悩み抜いた先に見えてきた表現

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吉岡演じる鯨井と、水上が演じる工藤が初めてデートするシーン。セットも台湾の現地スタッフによって、テレビアニメの世界観さながらの再現がされている。

――『九龍ジェネリックロマンス』の原作漫画は読まれましたか?

はい。説明が少なく、文学的な作品だと思いました。役者の世界もそうですが、映画、小説、漫画、さまざまな世界において商業的になればなるほどわかりやすさを求められることが多いです。ですが、『九龍ジェネリックロマンス』の原作は考察をしたくなるような余白がたくさんある作品だなと感じました。眉月先生はもしかしたら、読者の考察の声を聞いていろいろなことを考えるような人格の持ち主なのかもしれないなと思いました。

――どんなところに魅力を感じましたか?

水上恒司という名前で活動をするようになってから、自分がやったことのないような役を演じていくべきだと思うようになって、自分自身で仕事を選ぶようになりました。今作の工藤発という役は自分より9歳上の年齢で、タバコをたくさん吸いますし、大事なものを失った闇を抱えているけれど、それを感じさせない……。これまで僕が演じたことのないような役なんですよね。そういう点で魅力的だと感じました。

――実際に演じてみていかがでしたか?

総じて苦しかったですね。僕はまだ工藤のように大切な“なにか”を失ったことがありませんから、これまで自分が感じてきた闇みたいな苦しみや痛みをグワッと引き上げる必要があったので決して楽な役ではなかったですね。でも工藤の人生の一部を擬似体験する中で自分の痛みの浅さを感じましたし、強い痛みに免疫を付けるべきなのかなと思ったりもしました。

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水上恒司演じる工藤発は、水上の実年齢よりおよそ9歳上(撮影時)というギャップのある役。心情や立ち振る舞いなど役作りに試行錯誤を繰り返したという。

――吉岡里帆さんとの共演はいかがでしたか?

以前からご一緒するのが楽しみだったのですが、実際に共演させていただいてとても刺激的でした。僕は吉岡さんと比べると経歴でも技術もまだまだなので、ある種の甘えではありますが、「ぶつかっていくしかないので受け止めてほしい」と思って臨みました。そしたら、その想いを受け止めてくださると同時に一緒にアプローチを考えていってくださるような方でした。

自分ひとりであれこれ考えたとしても、所詮自分ひとりの脳みその範疇でしかないので、共演者の方とコミュニケーションを取りながら、役のアプローチを変化させていけるのは楽しいですよね。「吉岡さんはそういう風に令子を演じるんだ」という刺激的な発見がありました。それは吉岡さんだけでなく、本作の他の共演者の皆さんからも得られた感覚です。

――吉岡さんが演じた令子はどういう人物だと感じましたか?

とても人間らしいと思いました。令子のセリフに「私を見てください」というセリフがありましたが、多くの人が感じているであろう心の声みたいなものが生々しく出ている人物ですよね。吉岡さんはそういった部分を大事に令子を演じられたのかなと思いました。ただ今回の僕は全然余裕がなかったので、別の作品でまたご一緒することができたら吉岡さんの違う部分が見えてくるんじゃないかと思っています。

といっても、僕は基本的にはどの作品でも余裕はないんですけど(笑)。「こう演じたら大丈夫だろう」と安心しないようにしているんですよね。そうやって自分を追い込むようなところがあるというか。余裕がない中でもできる限り周りに対して優しさや思いやりをもとうと努力をしているつもりではあります。

――工藤発という人物には余白が多くあり、観客にいろいろなことを想像させなければいけない役だと思うんですが、だからこそ悩んだことはありましたか?

答えになっているかわからないんですけど、諦念っていう面において撮影当時25歳だった僕と34歳の工藤では大きな差があると思っています。工藤は結構な部分を諦めているけれど、僕はまだまだ「それってなんだろう」とか「これっておもしろそう」とかキラキラしてる部分が多いというか(笑)。もちろん年齢で区切れることではなく、人によるとは思うんですが……僕と工藤を比べるとそう思うところがあって。その諦念の部分が工藤という人間の深みでもあり魅力でもあると思うのですけど、それを表現するのが大変でした。自分が演じるにはなにが必要なのか、なにができるのかということと向き合う作業でしたね。

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やるべきことのなかで、自分のやりたいことを見つけていく

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映画『九龍ジェネリックロマンス』の役にあわせて、大幅にイメージチェンジをした水上。撮影中もチャレンジングなポーズのリクエストにも応えたくれた。

 ――そういう場合はひたすらひとりで向き合うんですか?

基本的にはそうですね。友情でも恋愛でも、人間関係を構築していく上でどういうアプローチをするかということが重要だと思うんですよね。早いのか遅いのか、強さがどれくらいなのか、どういう触り方なのか。今回の池田(千尋)監督は、僕に対してもはっきりと「あなたのここが見たい」って言ってくれるのでとても面白い現場でした。「だったら僕もここまで見せますよ」みたいなやりとりができたというか。

――架空の都市、九龍の街並みや暮らしぶりも見どころのひとつです。かつて香港に実在していた九龍城砦を再現するために、現在も狭く雑多な路地裏の商店など、古い街並みを残す台湾でロケが敢行されたそうですが、どんな思い出がありますか?

たくさんありますが、いまパッと頭に浮かんだのは、僕が滞在していたホテルが結構大きな道路に面していたんですが、とある日の夜に配管工事をしたらしく、それによってゴキブリが住む場所を失われて外に出てきて……。朝ホテルの周りがゴキブリだらけでおもしろかったです(笑)。

日本のゴキブリは人間が近づくとすぐ逃げるけど、台湾のゴキブリは人に慣れていてじっと見てくるんです。逃げないところが面白かったですね。あと、現地のスタッフさん同士がとても和気あいあいとしていて、2カ月くらいの間でしたが、家族のようなムードのチームで撮影できたことはとても楽しかったですね。

――以前「ニュートラルな気持ちで台本に向き合うために絵を描く」とおっしゃっていましたが、いまも実践されていますか?

そんなこと言ってたんですね(笑)。ニュートラルになろうとすることは大事なのですが、いまは完全にはなれていないなと思っています。その時の自分自身の悩みや楽しみといった気持ちが乗っていくっていうことも含めて、その時の僕にしかできない役になっていく。

紙一重なんですが、「自分がやるべきことをやりたい」というのと「自分がやりたいことをやる」というのは違って……。やるべきことから逸脱してない範囲でやりたいことを見つけていくべきだと思っています。そうすることがおそらく、いまの自分にとってのニュートラルだと思うんですよね。

今作の映画『九龍ジェネリックロマンス』だったら現場に行って「工藤だったらこの本を見てなにを思うのかな?」と、実際のセットの中で考えてみたり。たとえば、美術さんに「こういうものはありませんか?」と提案してみたりする中でどんどん役をつかんでいきました。

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周りから求められるものに対して真摯に向き合いながらも、“自分がワクワクすること”をし続けたいと語っていた。

 ──先ほど、毎作品余裕がないとおっしゃっていましたが、新しい役に出合うとまずどんなお気持ちになるんでしょう?

まずワクワクしますね。撮影に入ってからの苦しみはあまり考えないので、後々「難しい!」と痛い目にあうんですけど(笑)。でも、ワクワクする気持ちから新たな仕事に入っていけているっていうことは素敵なのかもしれないですよね。新しい役に出合う中で、ずっとそういう気持ちで居続けたいです。

――いまのところは続いているということですよね。

続いてますね。おそらくいくつになっても緊張すると同時にワクワクしていると思います。安心したらきっとなにかが止まるんじゃないかなって思いますね。

――多くの先輩方と共演していますが、同じように緊張すると同時にワクワクしているような方が多いんでしょうか?

そうですね。僕にとって魅力的に見える方々にはそういう方が多いように思います。緊張はしなくとも、自分の役作りを疑ってかかっている方。逆にそうじゃない方を見ると反面教師として見てしまうこともあります。

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個人としての目標や夢に対してエネルギーを使えるようになりたい

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俳優活動のみならず、アーティストとしての表現活動など、幅広いジャンルで自分の目標を達成してきたいと語る水上。/シャツ ¥1,705,000、タンクトップ ¥57,200、パンツ ¥173,800、ベルト ¥69,300、シューズ ¥214,500/すべて ボッテガ•ヴェネタ(ボッテガ•ヴェネタ ジャパン ☎0120-60-1966)

――約5年前、なりたい26歳像について尋ねた時、「いろんな人に食事をおごれる人になっていたい。仕事をしっかりしているからこそですし、一緒に食事に行きたいと思える人になりたい」とおっしゃっていましたが、26歳になられて実際はいかがですか?

そんなこと言ってたんですか(笑)。よかった!実現できてますね。

――そうなると、いまから5年後、どんな31歳になっていたいですか?

21歳の時と比べると減ってはいるんですが、それでも仕事に対して考える時間や労力が割合として大半を占めているので、31歳の時はもっと個人としての目標や夢に対して費やしてるエネルギーが自然と増えているといいですね。そのためには仕事もしっかりやらせていただいている必要があると思っています。

――いま、オフにやりたいことというと?

いまは寝たいです(笑)。睡眠時間はちゃんと取っているんですが、ここ最近ずっとナイターシフトで作品を撮ってたので、いまは15時くらいですが、ここ最近の僕からするとちょうど起きるくらいの時間なんですよ。なので眠たくなってきています(笑)。

――(笑)明日もし休みだとしたら寝たいですか?

いや、とりあえず部屋の片付けをしたいですね。昨日ロケから帰ってきたばかりなので部屋の中がいまぐちゃぐちゃなんです!

『九龍ジェネリックロマンス』

監督/池田千尋
脚本/和田清人、池田千尋
出演/吉岡里帆、水上恒司、⻯星 涼、栁 俊太郎ほか
https://kowloongr.jp
8月29日(金)より全国公開

企画・配給/バンダイナムコフィルムワークス
©眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会