SNS時代を先取りしていた? 画家・藤田嗣治の絵画と写真による展覧会が開催

  • 文:久保寺潤子
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ドラ・カルムス『藤田』1927年 東京藝術大学所蔵

エコール・ド・パリの画家として知られる藤田嗣治(1886-1968)。乳白色の下地で透き通るような女性の肌を描き、1920年代のパリの画壇で名声を確立した。東京ステーションギャラリーで8月31日(日)まで開催中の『藤田嗣治 絵画と写真』は、膨大に残された画家の写真からその芸術を紐解く展覧会だ。

写真と絵画が相互に刺激し合う

本展覧会は、藤田の終の住処であったフランス・エソンヌ県のメゾン=アトリエ・フジタと東京藝術大学とに寄贈された4000点以上の写真資料から、3つのテーマに沿って約200点を展示。20年代のパリで活躍した藤田のポートレートをはじめ、絵画制作の補助手段として自ら撮影した風景写真、30年代に長期にわたって旅した南米でのスナップ、戦時下に巡ったアジアや日本各地のモノクロ写真、戦後再びフランスに戻ってからカラー写真で撮影したヨーロッパ各地での作品を一挙公開。一人の画家の足跡を辿るとともに、モノクロからカラーへと移り変わる写真の歴史を垣間見ることができる貴重な展覧会だ。

おかっぱ頭に丸メガネがトレードマークの藤田。時代の寵児として多くのメディアを賑わせたが、そのアイコニックな風貌を世に知らしめたのは、たくさんの自画像や複製可能な肖像写真だった。それは極東からパリへやってきた無名の画家が世界の第一線に躍り出るためのメディア戦略でもあった。自らを描写した絵画と写真を通じて「見られたい自分」をつくり出し、セルフブランディングしていったプロセスは、SNS時代を先取りしていたかのようだ。

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ポートレートやファッション写真で名を馳せた女性写真家の草分けの一人、ドラ・カルムスによる一枚。 ドラ・カルムス『藤田』1925-29年頃 東京藝術大学所蔵

前半では1910年代後半から20年代にかけて、藤田の作品に影響を与えたパリの写真家たちが紹介されている。パリのあらゆる場所を木製のビューカメラで撮影し続けたウジェーヌ・アジェ、実験的な写真で知られるマン・レイやアンドレ・ケルテスらシュールレアリストとの出会いは、藤田の絵画や写真に多大な影響を与えた。

藤田は生涯にわたって複数のカメラを所有した。31年に中南米へ旅立った際はライカを手に、アマチュア写真家として好奇心の赴くままにシャッターを切った。スケッチの代わりに写真を使い、世界のあらゆる風景や人々の姿を記録。それらは必要に応じて切り出され、絵画作品へと転用された。展示を追うごとに、対象物を切り取る画家の眼差しが、写真と絵画を通じてダイナミックに交差する。

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1931年から2年におよぶ中南米の旅をともにしたトランク。各地で個展も開催した。 3階展示風景 ©Hayato Wakabayashi

会場後半で展示されるカラー写真は、資料写真の域を超えて作品としても十分見応えのあるものになっている。16年に単身渡仏して以来、中南米やアジアの旅を経て日本に滞在し、再びパリの地を踏んだのが50年。当時主流となりつつあったカラー写真で撮影された作品の一部は、パリの藤田邸を訪れた写真家・木村伊兵衛を通じて日本に紹介された。掲載されたのは写真雑誌『アサヒカメラ』である。画家ならではの優れた色彩感覚と構成力は、モノクロからカラー写真に移り変わりつつあった時代に、新しい表現の可能性として日本の写真界で“発見”されたのだ。

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1952年からカラー写真に着手した藤田。パリや旅先の風景を数多く撮影した。 藤田嗣治『市街 バスの前の人々』1955年 東京藝術大学所蔵

 

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藤田嗣治『子供2人』1955年 東京藝術大学所蔵

展示の終盤は家族写真や晩年の穏やかな表情の藤田の写真が並ぶ。しかしおかっぱ頭が白髪になっても、すべてを見通すかのような鋭い眼差しは健在だ。異国の地で野心や好奇心に満ちあふれていた若き日から、世界大戦という激動の時代を生き抜いた画家の眼差しは、いつも子どものように無垢な光を放ち続けていた。映像の時代を先取りした藤田の膨大な写真に向き合う時、私たちは「見ること」と「見られること」、そして「描く」ことの関係性について、いま一度向き合うことになるだろう。

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戦後、藤田と親交の深かったフランク・シャーマンのコレクションから、藤田が愛用したメガネも展示されている。 2階展示風景 ©Hayato Wakabayashi

『藤田嗣治 絵画と写真』

開催期間:開催中〜2025年8月31日(日)
開催場所:東京ステーションギャラリー(JR東京駅 丸の内北口改札前)
開館時間:10時〜18時(火〜木、土、日) 10時〜20時(金) 
休館日:月、7/22、8/12 ※7/21、8/11、8/25は開館
入場料:一般¥1,500

https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202507_foujita.html