時計業界に限らず、多くのブランドのコングロマリット化が進む昨今。そんななかで、独立独歩の姿勢を崩さないのがオリスだ。1904年に創業して以降、実直に腕時計を製作してきたこの実力派が、今年ブランドを刷新するという。その真意をロルフ・スチューダーCEOに聞いた。

「人々に笑顔を届ける」ブランドへ

「オリスがブランドを刷新する」と聞いて、熱心な時計愛好家はがっかりしたかもしれない。オリスといえば、「パイロットウォッチ」や「ポインターデイト」といった自社のヘリテージを継承するスタイルをもち、機械式ムーブメントにこだわり、しかもミドルレンジの価格帯に収めるという骨太な理想をもったブランド。世界最大の時計見本市「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2025」でも大きなブースを構える実力派で、良質なスイス時計を求めるなら、間違いない選択肢であった。
だが安心してほしい、オリスの骨子は変わらない。変わるのは精神的な部分であり、内に秘めていた気持ちを、より明確化するということなのだ。
「私たちは121年間、機械式時計をつくり続けてきました。独立した企業として、オリスらしい価値観を重視しています。私たちは、常に人々のために腕時計をつくってきました。新しいスローガンである『Make People Smile(人々を笑顔に)』は新しく生まれたメッセージではなく、私たちがなにをしているのか、なにを支持しているのか。そして、ほかのブランドとなにが違うのかをより現代的な方法で伝えるだけなのです」
ロルフ・スチューダーCEOはそう語ると、新しいカタログを取り出した。

「私たちの価値観を伝える手段として、わかりやすいのが新しいブランドカラーです。ピーチローズはヘルシュタインにある本社の色であり、グリーンは腕時計をつくり続けてきた、ここヘルシュタインの森を表現。これこそがオリスなのです。そして人々を笑顔にするという理念は、時計コミュニティを大切にしていることの表れでもあります。高級時計ブランドは羨望の的となる一方で、一般的なユーザーを排除しがちです。しかしオリスは時計愛好家から支持されてきたブランドであり、ニーズにも応えてきました。我々は腕時計を介してユーザーと喜びを共有している。それこそが私たちが目指すものです」
事実、オリスほどユーザーとの距離が近いブランドはないだろう。本社の1階にはメンテナンスなどの受付も兼ねたショップがあるのだが、ここは腕時計を販売するだけでなく、オリスベアをモチーフにしたグッズや地元の名産物も販売する。しかも奥にはコーヒースペースがあるのだが、ここは社員も使用しており、ガラス壁の向こうにはメンテナンスしている時計師の姿も見える。
「1階のショップは私たちが腕時計にどうアプローチしたいか、ブランドとしてどうありたいかを象徴しています。ここでコーヒーを飲んでいる人は、デザイナーかもしれないし、時計職人かもしれない。隠していることはありません。私たちはできる限り最高の方法で腕時計をつくっているだけなのです」
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美しく刷新された、伝統を受け継ぐモデル


機械式時計は、必ず人の手から生まれる。その職人たちの多くは会社の周辺で生まれ育った人たちだ。だからオリスはこの場所、ヘルシュタインに愛情を持っている。その表現は腕時計のダイヤルにも表れる。たとえば、CEOが語ったように、グリーンダイヤルは本社周辺の森の木々からインスピレーションを得ているものだ。そしてこのような色の多様性も、「Make People Smile(人々を笑顔に)」というスローガンにつながる。
カラフルなダイヤルをもつ「ビッグクラウン ポインターデイト」は、1938年にデビューしたオリスの代表モデル。パイロットがグローブをした状態でも操作できるように考案された大きなリューズと針表示式カレンダーの組み合わせは、実用的でレトロな魅力がある。この腕時計に、思わず笑顔になるような美しいカラーを取り入れた。
好感が持てるのは、ムーブメントのバリエーションにも気を配っている点だ。初期モデルと同じように6時位置にスモールセコンドを配するモデルは、自社製の「キャリバー403」を搭載。カラーはシックでダイヤルの質感もややマットに仕上げることで、高級感を引きだした。その一方でセリタ製の汎用ムーブメントを用いたセンターセコンドモデルは、色の表現もかなりビビットで、質感もシャイニー。こなれた価格帯なので、カラフルウォッチへの第一歩として選ぶのにも適している。

「もっとカラフルな腕時計をつけてほしいと思っています。なぜならそれが笑顔につながり、人生に彩りを添えるからです。結局のところ、色は感情や感覚に寄り添うものなので理屈では語れません。なんらかの感情を表現したいからこそ、色を選ぶのです。たとえば鮮やかなイエローは、デザイナーの強いこだわりから生まれました。とても好評ですが、それは人々が腕時計でなにかを主張したいから。それはごく自然なことだと思います」
これまでのオリスは、真面目さや実直さが腕時計に現れていた。120年以上の歴史のなかで機械式腕時計をつくり続けてきたブランドなのだから、それは当然だろう。しかし、その一辺倒からは脱却しようとしている。それは腕時計は実用品であるだけでなく、人々の生活に喜びを与えるものでもあるからだ。
オリスは自社のヘリテージをベースに、「色」という新しい個性をまとう。こんな腕時計と過ごす時間は、きっとハッピーであるに違いない。



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