ケンタッキー州最大の都市であるルイビルから、車を走らせること約1時間。数々の名馬を育てたブルーグラスが一面に広がる牧草地を抜け、木々に囲まれた谷を下ると、緑の中に重厚な建物群が見えてくる。アメリカに現存する最古のウイスキー蒸溜所のひとつ――。ウッドフォードリザーブを訪れてまず圧倒されるのは、まるで絵画のようなその風景の美しさだ。
いまやアメリカをはじめとする世界中のバーシーンで、カクテルのベースとして欠かせない存在ともなっているウッドフォードリザーブ。本記事では、アメリカンウイスキーの伝統と革新を与えたこの蒸留所についてレポートする。
蒸溜所の歴史は、この地に移り住んだエライジャ・ペッパーが、農場脇の小さな蒸溜所で酒づくりを始めた1812年まで遡る。その後は息子のオスカーが跡を継ぎ、1838年にはオスカー・ペッパー蒸溜所を創業。この時代に蒸溜所でウイスキーづくりの指揮を取ったのが、スコットランド生まれの医師であり優れた蒸溜職人であったジェームズ・クロウだった。クロウ博士はサワーマッシュ方式の確立など、バーボンウイスキーの近代化に大きく貢献したレジェンドとして知られる。
そして1878年にはペッパー家からラブロー&グラハム社に蒸溜所が売却され、禁酒法を経た1941年にブラウンフォーマン社が買収。禁酒法時代を含む幾度もの閉鎖期間を乗り越え、94年には蒸溜所の再興が決まり、その2年後の96年9月に新たなブランドとなる「ウッドフォードリザーブ」の蒸溜が開始された。
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歴史ある蒸溜所が目指した、世界最高のバーボンウイスキー
蒸溜所名が正式に、かつてのラブロー&グラハムからウッドフォードリザーブへと改称されたのは2003年のこと。再出発を果たした蒸溜所が目指したのが、「従来のバーボンを超える世界最高のバーボンウイスキー」。その実現のために導入されたのが、スコットランドのフォーサイス社製の3基の銅製ポットスチルだった。
バーボンウイスキーでは一般的に、巨大なコラムスチル(連続式蒸溜機)を使って蒸溜を行う。対してウッドフォードリザーブでは、スコットランドの一部の蒸溜所やアイリッシュウイスキーの蒸溜所などと同様に、ポットスチルでの3回蒸溜が行われる。
「私たちはウッドフォードリザーブのウイスキーを、シングルモルトやコニャックなど、世界で最高峰とされるスピリッツと競合できるものにしたいと考えたのです」
そう話すのは、名誉マスターディスティラーのクリス・モリスだ。クリスは2003年から20年間にわたりマスターディスティラーを務め、独自の樽熟成プロセスの確立や様々な樽でのフィニッシュなど、革新的な挑戦でウッドフォードリザーブの礎を築いてきた。
さらにはバーボン業界で初めて、香りや味わいを体系的に言語・視覚化したフレーバーホイールを導入。ウッドフォードリザーブの200以上の香りや味わいの要素を科学的な分析によって詳らかにするなど、世界の銘酒に劣らぬ複雑なフレーバーを持つプレミアムバーボンを世に知らしめた人物でもある。
現在はそんなクリスに才能を見出されたエリザベス・マッコールが、2023年からマスターディスティラーとしてウイスキーづくりの先頭に立つ。大学で心理学を専攻したというエリザベスは、10年近くクリスの片腕としてブランドの進化と発展を支えてきた。幼い子を持つ母でもある彼女は、依然として男性中心のバーボン業界における、近年の変化の象徴としても注目を集める存在だ。
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伝統と革新の融合から生まれる、200以上の風味プロファイル
1812年築のエライジャ・ペッパーの旧邸や1840年頃から残る製造棟、1890年に建てられた石造りのウェアハウスや禁酒法以降の建造物など、それぞれの時代のウイスキーづくりを偲ばせる建物が残り、アメリカの国定歴史建造物としての保護も受ける。まさにバーボンウイスキーの豊かな歴史が薫る蒸溜所で、つくられるウイスキーは現代的かつ革新的だ。
使用される仕込み水は、この地でのウイスキーづくりの歴史を紡ぐライムストーンウォーター。石灰岩の層に磨かれた水に含まれる種々のミネラルは、フローラルな香味の源となる。マッシュビルはコーン72%、ライ麦18%、大麦麦芽10%と、ライ麦の比率が高め。発酵槽はサイプレス(糸杉)製とステンレス製が4基ずつの計8基あり、どちらも容量は7500ガロン(約28000リットル)。バーボンウイスキーやスコッチウイスキーの大手蒸溜所と比べると、その仕込み規模は驚くほど小さく、まさに“クラフト”と呼ぶべきサイズ感だ。
発酵にはブラウンフォーマン社が禁酒法前から受け継いできたオリジナル酵母のみを使用し、平均より長い5日から7日をかけた低温長時間発酵でアルコール度数約13%のもろみ(ビア)を得る。
「ライ麦の比率が高い独自のマッシュビルがもたらすのは、ウッディな香りやスパイスを思わせるフレーバー。独自に培養を続けてきたオリジナル酵母での長時間の発酵では、より複雑で好ましい香りを生むエステルが多く生成され、同時に一部のネガティブな要素が減少していきます」
バナナや柑橘を思わせるフルーティな香りに満ちた発酵室では、エリザベスのそんな説明を聞きながらサイプレス製発酵槽で発酵中のもろみを味見させてもらった。強い酸味の中に感じられたのは、果実やスパイスなどさまざまな香りや味わいのもとがギュッと詰まったような凝縮感。
「いま味わってもらったようなフルーティな香りや味わいを、より洗練されたものにするのがポットスチルによる3回の蒸溜です」と、エリザベスは説明する。
蒸溜棟に並ぶのは、ビアスチル、ハイワインスチル、スピリッツスチルを3基1組とする計6基のポットスチル。蒸溜所の再稼働時に導入された3基に加え、2022年には新たに3基が追加された。もろみはまずビアスチルに送られ、最初の蒸溜ではミドルカット(好ましくない香味成分等を含む留液をカットする作業)をせず、すべての留液を回収。次のハイワインスチルでの蒸溜やその後のスピリッツスチルでの蒸溜では、時間と官能に基づく細かな設定でミドルカットを行い、最終的にアルコール度数78%程度のハイワインを回収する。
バーボンウイスキーを規定する連邦アルコール法では、アルコール度数125プルーフ(62.5%)以下での樽詰めが義務付けられるが、ウッドフォードリザーブでは55%まで加水をして樽詰めを行う。さらにほぼすべての製品の熟成には、10分間のトーストと25秒のチャーリングという独自のプロセスを経たアメリカンオーク樽を使用。これらも同蒸溜所の特別なこだわりだ。
「チャーリングの前に樽をトーストする狙いは、濃厚なバニラやトースティなオーク、そしてより深みのあるスイートな香りなどを風味のプロファイルを加えるため。トーストとチャーリング工程の熱分解によって生成される木材糖は水溶性なので、樽詰め時のアルコール度数を低くすることで、より甘く香り豊かな特徴を樽から引き出すことができます」
そう説明してくれたクリスによると、最終的に製品としてボトリングする際の加水を最小限に抑えられることも低い樽詰め度数のメリット。結果的に、樽熟成によって得られた原酒の力強くも繊細な個性が、希釈されることなくダイレクトに味わえるウイスキーとなるのだ。
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バーボン業界の常識を覆した、先進的なウッドマネジメント
1890年代に建てられたという石づくりのウエアハウスは、木製のラックに樽を固定して積みあげるオープンリック式。石灰石を積み上げた壁は厚く、「扉を開放しておく夏場は涼しいが、冬場は熱を逃さないように扉を閉め切ってもとても寒くなります」と、エリザベスが話す。
ラックに配置した樽のローテーション(移動)はしないため高層階と下層階では大きく熟成環境が異なるが、そうした違いも一つの個性として計算しながら、最低でも5〜7年の熟成を行う。最大の特徴は、19世紀にはすでに取り入れられていたというヒートサイクリングプロセスだ。ウエアハウス内や原酒自体の温度が下がる冬場などは、パイプを通るスチームなどの蒸気で熟成が促進される華氏75度(摂氏23〜24度)程度まで温度を上げ、年間を通して熟成のコントロールを行っている。
ウエアハウスには、定番の「ウッドフォードリザーブ」に使われる原酒の他、マスターズコレクションや蒸溜所限定のディスティラーリーセレクトなど、実験的な限定品に使用される樽も並ぶ。厳格に設計された独自の樽での熟成をベースとしながら、XOコニャック樽やシェリー樽、シャンパーニュ樽やワイン樽など、さまざまな樽でのフィニッシュ(追加熟成)にもチャレンジ。バーボンウイスキーの世界では革新的だったそうしたフィニッシュについても、ウッドフォードリザーブは1990年代後半からいち早く取り組んできた。
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5つの領域の香りや味わいが、完璧に調和したウイスキー
バーボンウイスキーの枠を超えて愛されるウイスキーを目指した、ウッドフォードリザーブの数々の取り組み。「その目的は、さまざまな上質な酒を楽しむ消費者にアピールするための、複雑で豊かな風味のプロファイルを生み出すことにある」とクリスは話す。
「ウッドフォードリザーブが持つ200以上の香りやフレーバーは、“甘い香り”や“スパイス”、“フルーツ&フローラル”、“ウッド”、そして“グレイン(穀物)”といった5つの領域(5 AREAS OF BOURBON FLAVER)に分けることができ、それらが全体として完璧に調和するように風味のプロファイルを設計しています」
たとえば、フラッグシップの「ウッドフォードリザーブ」には、バラの花びらを思わせるフローラルな香りや、チェリーやバナナなどのフルーツ、ベーキングスパイスや優しいウッディネス、そしてタバコのようなニュアンスも感じられる。飲めば甘くコク深いピーカンナッツやトフィー、柑橘やチョコレート、心地よいスパイスなどのフレーバーが、まさに繊細なバランスで調和する。
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7年ぶりに再上陸、人気商品「ダブルオークド」の再販が決定
フラグシップであるそんな「ウッドフォードリザーブ」に、新たな表情を持たせたのが日本では今年11月から再販売された「ウッドフォードリザーブ ダブルオークド」だ。
こちらは「ウッドフォードリザーブ」としての熟成を終えた原酒を、異なるもう一つの樽に詰め替え最長12カ月の追加熟成を行なったもの。2回目の熟成で使用される樽には、通常の樽よりも長い30分間のトーストが施され、この追加熟成によってより深くスイートなアロマとフレーバーが生み出されている。香りや味わいに感じるのは、ダークフルーツやバタースコッチ、バニラやハチミツ、ヘーゼルナッツ…。スイートで豊かな余韻も印象的な、食後にはデザートのようにも楽しめるウイスキーだ。
もちろんウイスキーファンならどちらもまずはストレートやロックで楽しみたいところ。一方でクリスは、「ウッドフォードリザーブの複雑かつバランスの取れた風味プロファイルは、創造性に富むバーテンダーの手にかかると多目的で楽しいツールになります」とも話す。その言葉通り「ウッドフォードリザーブ」は、いまやアメリカをはじめとする世界中のバーシーンで、カクテルのベースとして欠かせない存在ともなっている。
世界の酒好きやトップバーテンダーたちを虜にするウッドフォードリザーブ。アメリカンウイスキーの伝統と革新を体現するその味わいをぜひ楽しんで欲しい。