印象派を代表する画家として活躍したクロード・モネ。2026年は没後100年を迎え、2月7日よりアーティゾン美術館で、モネ没後100年『クロード・モネ−風景への問いかけ』展が開催。アーティゾン美術館の賀川学芸員と、その足跡をたどる。
モネがたどった旅の足跡
「19世紀半ば以降、フランスでは鉄道網が拡張され、それに伴い観光地が増加します。モネもパリから列車で移動し、さまざまな場所を描きました」と話すのは、賀川恭子学芸員。この時期、携帯可能なチューブ入り絵の具も開発され、印象派の画家たちは屋外での作品制作にいそしむようになる。
パリ生まれのモネは、4〜5歳の頃、ノルマンディーの港町ル・アーヴルで一時期を過ごした。フランス北岸のこの地域は切り立った断崖と海岸線が特徴で、19世紀初頭、ロマン派の画家たちによって発見された場所だが、モネも後年たびたびここを訪れている。
「ブルターニュ滞在中は40点もの風景画を描きました。雨の日も晴れの日も刻々と変わる海の表情に惹かれていたことがわかります」
1870年代には妻と息子とともに、アルジャントゥイユやヴェトゥイユといった、セーヌ河畔の郊外に居を構えた。
「アルジャントゥイユにはマネやルノワールも訪れて、一緒に絵を描いたこともあります」
旅はフランスにとどまらず、イギリスやオランダ、イタリア、ノルウェーにまでおよんだ。土地の空気や風までを画布に封じ込めたモネは、終の住処のジヴェルニーで集大成となる作品を制作するが、その庭には旅で出合った風景の数々が、終わらない夢のように再現されている。
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旅の始まりは、サン゠ラザール駅から
© The History Collection/Alamy/amanaimages
1837年に開業し、パリのターミナル駅として最も古い歴史を持つサン゠ラザール駅。モネは近くに部屋を借り、駅舎の内外を描いた。一連の作品は77年の第3回印象派展に一部が出品され、注目を集めることになる。
「鉄とガラスでできたサン゠ラザール駅は19世紀の象徴です。ガラスから光が差し込み、最新の動力だった蒸気機関車の煙がたなびいている。動きのある情景を描こうとしたモネの好奇心が伝わってきます。駅に集う人にフォーカスするのではなく、空間を描いているのが特徴です」
この時代、パリ市内には複数の駅が建設されて鉄道網が郊外まで延び、人々は田舎でレジャーを楽しむようになった。旅に出かける時のワクワクするような高揚感は現代にも通じる。
1:『サン゠ラザール駅』
1877年 油彩、カンヴァス 75×105cm︎ オルセー美術館蔵
1851年、ロンドン万博の会場となったクリスタル・パレスはガラスと鉄骨でつくられた建造物として話題となるが、フランスでも新建材を使った建築物が駅舎などに採用された。モネはこの駅を題材に11〜12点の作品を制作し、うち8点を第3回印象派展に出品した。
© GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Benoît Touchard / distributed by AMF
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セーヌのほとりに暮らしながら描く
1860年代後半までパリで暮らしていたモネは、70年代になるとセーヌ川沿いに生活しながら水辺の風景を多く描いた。
「アルジャントゥイユはパリから気軽に行ける観光スポットで、川遊びが流行しました。モネはカヌーやボートに興じる人々の様子を描いています。ヴェトゥイユは近代化から免れた自然の多く残る場所。ここでは雪景色や凍った水辺の情景など、厳しい冬の様子も描きました」
近代化が進む活気あふれるパリの街と、のどかな田舎の風景のコントラストも興味深い。
「パリを題材にした作品では窓から見下ろした構図など、描き手を主体とした視点が特徴です。ゆれている旗も臨場感を高めています」
2:『ヴェトゥイユの教会』
1879年 油彩、カンヴァス 65.5×50.5cm オルセー美術館蔵
1878年から81年までモネが暮らしたヴェトゥイユ。モネは庭の外れのセーヌ川の土手にカンヴァスを据え、季節によって姿を変える自然を観察した。いまも当時の面影を残すヴェトゥイユは、平凡な村であるが故に気象現象が重要な要素として浮き上がってくる。
© GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Jean-Marc Anglès / distributed by AMF
3:『パリ、モントルグイユ街、1878年6月30日の祝日』
1878年 油彩、カンヴァス 81×50cm︎ オルセー美術館蔵
パリのアパルトマンの窓から見下ろしたモントルグイユ街。1878年6月30日はフランス初の国民の祝日であり、70年の普仏戦争での敗北、パリ・コミューンの痛手からの復興を世界に示した。モネは人々の賑わいを上から描くことで、描き手の視点に重点を置いている。
© Musée d’Orsay, Dist. GrandPalaisRmn / Patrice Schmidt / distributed by AMF
4:『アルジャントゥイユのレガッタ』
1872年頃 油彩、カンヴァス 48×75.3cm︎ オルセー美術館蔵
当時、セーヌ河畔のアルジャントゥイユでは夏になると毎週ヨットレースが開催された。爽やかな青空と家並み、ヨットの帆を映した水辺、遠くには人影も見える。この頃水泳はまだ一般的でなく、川や海などの水辺で風を浴びることがレジャーとして親しまれた。
© Musée d’Orsay, Dist. GrandPalaisRmn / Patrice Schmidt / distributed by AMF
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故郷ノルマンディーから、ブルターニュへ
© Historic Collection/Alamy/amanaimages
1870年、最初の妻となるカミーユと結婚したモネは息子ジャンを伴い、一家でノルマンディーのトルーヴィルに滞在した。
「英仏海峡に面したトルーヴィルは、当時のガイドブックにも紹介された人気の観光地でした。青い空とたなびく旗が、明るく開放的な様子を伝えています」
モネは自然の風景のみならず、人気のリゾート地や、流行のドレスを身に纏った観光客の姿も描いている。このような社会風俗の描写は、詩人シャルル・ボードレールが『現代生活の画家』で提唱した“同時代の美”を表現したものとして、多くの印象派の画家の題材となっていく。リゾートへの憧れは現代においても健在だ。
5:『トルーヴィル、ロシュ・ノワールのホテル』
1870年 油彩、カンヴァス 81×58cm︎ オルセー美術館蔵
青空に映える白亜の高級ホテルの前には、流行のドレスを着た婦人がパラソルを手に憩う。リゾートの高揚感を素早い筆致で描いた作品だ。モネに屋外で絵を描くことを教えたウジェーヌ・ブーダンも、1869年にトルーヴィルの浜辺で寛ぐ婦人の姿を描いている。
© GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Gabriel de Carvalho / distributed by AMF
© Yann Audic
フランス北西部のノルマンディーは、モネの画家としての出発点でもある。幼少期の一時期を過ごし、そこで出会ったウジェーヌ・ブーダンに屋外で絵を描くことを学んだ場所だ。
「海の近くで過ごした経験は、のちにライフワークとなる『睡蓮』の連作など、水辺を描くことにもつながっていくのではないでしょうか。ノルマンディーのなにげない断崖を光の変化に応じて描き分けたり、奇岩の多いブルターニュでは滞在を延ばして多くの作品を残しています。『雨のベリール』は浮世絵の影響を指摘されていますが、浮世絵のように線で雨を描いてはいません。荒々しい自然の動きを捉えようとする姿勢に、間接的な影響が見られます」
6:『ディエップ近くの断崖』
1897年 油彩、カンヴァス 65×92cm︎ オルセー美術館蔵
1896年2月から4月にかけて、プールヴィルとディエップに滞在。ディエップはパリに最も近い港町で、ここでもモネはいくつもの断崖の表情を描いている。さまざまな地形や季節、時間帯によって異なる光のもと、自らの芸術を追求していたことが感じられる。
© Musée d’Orsay, Dist. GrandPalaisRmn / Sophie Crépy / distributed by AMF
7:『雨のベリール』
1886年 油彩、カンヴァス 60.5×73.7cm 石橋財団アーティゾン美術館蔵
「美しい島」を意味するベリール(ベル゠イル)は、ブルターニュ半島の南に位置する島。1886年9月から11月までこの地に滞在したモネは、荒れ狂う海と波に翻弄される岩を、見下ろすような構図で描いた。雨にけぶる空と白波の立った海面が嵐の予感を醸し出す。
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外国へも精力的に旅し、画布にとどめた
© piemags/rmn/Alamy/amanaimages
1886年、モネは3度目のオランダ滞在を果たした。ハーグに駐在していたフランス大使館書記官のコンスタン男爵の招きによるものだ。
「整然と区画された色とりどりのチューリップ畑を、その場でさっと描きました。短い滞在だったので、フランスに帰国後、アトリエで仕上げたといわれています」
70年、普仏戦争での徴兵を免れるために訪れたロンドンも、その後幾度となく訪れている。
「ロンドンの霧に魅了されたモネは、テムズ川の風景を何枚も描きました。どれも霧を描きながら、国会議事堂やチャリング・クロス橋、ウォータルー橋などロンドンだと一目でわかる。その場所ならではの臨場感が伝わってきます」
8:『オランダのチューリップ畑』
1886年 油彩、カンヴァス 65.5×81.5cm︎ オルセー美術館蔵
1886年4月末から5月初めにかけて、チューリップの咲き乱れる季節のオランダを訪れ、描いた作品。地平線まで広がる色とりどりのチューリップの絨毯に、ポツンと佇む風車と建物がアクセントになっている。モネはこの4年後にジヴェルニーの土地を購入し、作庭に着手している。
© GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Franck Raux / distributed by AMF
9:『ロンドン国会議事堂、霧の中に差す陽光』
霧のロンドンを描いたモネの連作は100点近くにのぼる。そのうちの37点は「ロンドンのテムズ河風景」と名付けられ、1904年、パリのデュラン゠リュエル画廊で発表された。光との相乗効果によって生まれた幻想的な風景は、画家の心をつかんで離さなかったであろう。
© GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
モネ没後100年『クロード・モネ−風景への問いかけ』
モネ没後100年を迎える2026年、オルセー美術館から最高峰のコレクションが一挙来日。モネ作品41点を含むオルセー美術館所蔵の約90点に、国内の美術館や個人所蔵作品を加えた合計約140点から、風景画家としてのモネの魅力に迫る。同時代の絵画や写真、工芸作品との関わり、現代の映像作家による作品も展示。
開催期間:2026年2月7日〜5月24日
開催場所:アーティゾン美術館 6・5階展示室
東京都中央区京橋1丁目7−2
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時〜18時(3/20を除く金曜日、5/2、9、16、23は20時まで)
休館日:2/16、3/16、4/13、5/11
料金:一般¥2,500
www.artizon.museum/exhibition_sp/monet2026
