浮世絵の風景画の中で、旅人や職人、酔っ払いまで、味わい深いおじさんたちが主役を張る。そうしたおじさんに着目した『浮世絵おじさんフェスティバル』が、東京・神宮前の太田記念美術館にて開催されている。一見、地味な彼らの姿に、ユーモアや人間味、そして江戸のリアルな日常がぎっしり詰まっているのだ。
「この人はいったい何者?」浮世絵に登場する不思議なおじさんたち
歌川広重や葛飾北斎、歌川国芳から溪斎英泉など、前後期あわせて150点を超える作品を通して、浮世絵に描かれたおじさんたちを紹介する本展。そのうち最もおじさんに熱を入れているのが、「東海道五拾三次之内」などのヒット作で知られる広重だろう。たとえば『東海道 丗四 五十三次 二川 猿か馬場』では、中央の大木をはさんで左の茶屋に餅をほおばる人、右には駕籠かきと客の姿が見られる。
東海道33番目の二川宿の日常をスナップのように切り取った一枚だが、視線を奪うのは街道の真ん中を歩く一人のおじさん。赤い扇子を広げ、アカペラで歌うような仕草で満面の笑みを浮かべている。しかし、刀を一本差しているもの、荷物はなく、旅人かどうかも定かてではない。何とも楽しげな様子に、「この人はいったい何者なのだろう?」と想像をかき立てられる。
なぜ広重はおじさんにこだわりをもって描いたのか?
「広重の描くおじさんは総じてゆるくてかわいいですけど、細かく見ていくと、個性豊かで類型的なおじさんはいません。職業や年齢、表情の描き分けが他の浮世絵師より抜き出ています」そう語るのは企画を担当した渡邉晃(太田記念美術館上席学芸員)だ。「風景画においておじさんはモブ、つまり背景の一部に過ぎませんが、広重は手抜きしません。普段、町で見た人をスケッチして、それを反映させているような力量が感じられます」
「広重は武者絵など人物画から画業をはじめました。しかし作品はあまり売れなかったと見られています。そして保永堂版『東海道五拾三次之内』で一躍脚光を浴びた後は、風景画を中心に制作していきます。そうした経緯から想像できるのは、広重は本当は人物を描くことが好きだったのではないかということ。だから風景画においても、他の人より明らかにこだわりを持っておじさんを描いていたのではないかと思います」---fadeinPager---
小さなおじさんにこそ、絵師本来の個性がにじみ出る
浮世絵には時代ごとに多様な流行があり、絵師たちは競うように新しい画風を取り入れてきた。一方で、画面の片隅に小さく描かれるおじさんたちは、あまり流行にとらわれなかったため、絵師本来の個性がにじむモチーフでもある。北斎の描くおじさんは、卓越したデッサン力とリアルな人体表現を特徴とするが、その中でも表情豊かで、ユーモラスなおじさんたちを見つけることができる。
北斎の『諸国瀧廻 東都葵ヶ岡の滝』は、現在の東京・港区虎ノ門付近にあった溜池から落ちる滝を描いた一図。前景には二人のおじさんがいて、天秤棒を立ててひと休みする行商人の横に、仲間と思しき男が座り込んでいる。片方が手拭いで汗をぬぐい、満足げな表情を浮かべる一方で、もう一人はうなだれたようにしょんぼりと座り込む。その対照が妙に愛らしく、北斎の観察眼の鋭さを感じさせる。
渡邉学芸員が語る『浮世絵おじさんフェスティバル』の楽しみ方
最後に渡邉の言葉から本展をより楽しむためのヒントを紹介したい。「まずおじさんの表情や仕草などから、背景にどのようなストーリーがあるのかを想像してみてください。そして浮世絵を見るというのは、絵師たちが細部まで心を込めて描いた世界を手のひらの距離で味わうことです。小さなおじさんたちを追っていくうちに、ふだん見過ごしていた画面のすみずみまで目が届くはずです」
「浮世絵は絵師が下絵を描き、彫師と摺師が仕上げて完成します。おじさんのような小さな人物はとくに繊細で、彫師が少しでも線を違えると表情がまったく変わってしまう。つまり職人の腕が問われる部分なのです。おじさんに注目することで、浮世絵とは絵師・彫師・摺師が共同して作り上げられた木版画であると、改めて感じてもらえると思います。そうした職人技にもぜひ注目してほしいです」
『浮世絵おじさんフェスティバル』
開催期間:開催中~2026年3月1日(日)
※前期:1月6日(火)〜2月1日(日)、後期:2月5日(木)〜3月1日(日)
※前後期で全点展示替え
開催場所:太田記念美術館
東京都渋谷区神宮前1-10-10
開館時間:10時30分〜17時30分 ※入館は17時まで
休館日:月 ※2/23は開館、2/3〜4 ※展示替えのため、2/24
観覧料:一般 ¥1,000
www.ukiyoe-ota-muse.jp









