【さや香・新山の愛用腕時計】IWC、カルティエ、ロレックス…。こだわり抜かれた漫才衣装にも取り入れる、魅惑のラインアップ【My watch, My life Vol.3】

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:青山 鼓
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さや香・新山●1991年、大阪府生まれ。お笑いコンビ「さや香」のネタづくり担当。M-1グランプリ決勝に過去3度進出し、2022は準優勝。

お笑いコンビ・さや香の新山。1991年生まれ。M-1グランプリの決勝舞台に立ち、その実力は広く知られている。だが、さや香の漫才を語るうえで欠かせないのが「ギャップ」という設計思想だ。一見、普通のスーツを着た常識人に見える。ところが話し始めると、徐々にその常識の壁が崩れていく。そのズレこそが、彼の笑いの核心にある。そんな男が腕に巻く時計もまた、彼の「キャラクター設計」の一部だった。

連載「My watch, My life」Vol.3

腕時計は人生を映す鏡である。そして腕時計ほど持ち主の想いが、魂が宿るものはない。この連載では、各業界で活躍するクリエイターやビジネスパーソンに愛用腕時計を紹介してもらい、“腕時計選び”から見えてくる仕事への哲学や価値観などを深掘りする。

知識ゼロで出会った、運命の一本

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左:IWC「ダ・ヴィンチ」 中:カルティエ「マスト タンク」 右:カシオ「チープカシオ」。「M-1は甲子園みたいなもの」と語る新山。夢を追いかける若手時代の「チープカシオ」、M-1決勝を機に手に入れたIWC 「ダ・ヴィンチ」、ジャルジャル・後藤の薦めで出会ったカルティエ「マスト タンク」。8本ほどの時計が、芸人としての歩みを刻んでいる。

2018年1月。M-1グランプリ決勝への初進出を果たした直後のことだ。新山は、芸人らしいことをひとつやってみたいと思った。

「それまで自分で2桁万円の買い物ってしたことなかったんです。M-1に出たことだし、ちょっと昭和の芸人への憧れというか。頑張って働いて、ええ時計を買うっていうのを、やってみようと」

時計の知識はゼロ。ロレックスの名前くらいは知っていたが、それ以上の情報は持ち合わせていない。正月明けの1月5日か6日、新山は足を使ってあちこちの店を回った。

IWCの「ダ・ヴィンチ・オートマティック」に出会ったのは、そのなかの一軒だった。白い文字盤に映えるゴールドのインデックス、わずかに青みを帯びた秒針。当時は黒のレザーベルト(のちにシルバーブレスレットへ変更)で、ひと目見て「めちゃくちゃかっこええ」と感じたのだという。

「IWCっていうブランド名も、その時初めて聞きました。でも、この文字盤の品のある感じと、数字のフォント、秒針の青。もう直感ですよね」

ブランドの歴史も、ムーブメントの仕組みも知らない。それでも「ダ・ヴィンチ」を選び取った新山の直感は、かなり鋭い。IWCは技術志向の時計メーカーとして知られ、華美な装飾よりも精密な機構と端正なデザインで勝負する。新山自身もそのことを、買ったあとに知った。

「僕の中では、世界で言うとIWC、日本で言うとグランドセイコーみたいなイメージなんですよね。技術を削ぎ落として美しくしている、理系的で職人気質な感じ」

言葉にできない領域でこの時計の本質を嗅ぎ取った新山。知識がなかったからこそ、ブランドの看板に惑わされず、モノそのものと向き合うことができた。時計好きが聞いたら少し悔しくなるような、幸福な出会いである。

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漫才師の「衣装」としての腕時計

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この日の舞台衣装はネイビーストライプのセットアップ。ブランドはクルニ。

新山にとって、時計は手首に巻くアクセサリーを超えた存在だ。メガネ、スーツ、そして腕時計。漫才衣装は、すべてが「キャラクター」を構成する装置として、冷静に計算されている。

「僕はギャップタイプなんで。ぱっと見は普通のスーツ、常識人。でもそこから徐々におかしくなっていくっていうのが持ち味なんです。だから最初のスタートは、なるべく普通に見えた方がいい」

この「普通のスタート」を演出するうえで、腕時計の選択はもちろん重要だ。ロレックスでは「成功者感」が前面に出すぎる。カルティエでは上品すぎて、おとなしい印象に傾く。

IWCは、そのどちらにも振れない。知的で品があり、どこか理系的なこだわりを感じさせるが、主張が強すぎない。まさに「常識人に見えて、実はかなりこだわっている人間」という新山のキャラクターそのものだ。

「賞レースでスーツ着て漫才するってなった時の、ベストがこの時計かもしれないですね。時計が主張しすぎず、でも品格がある。僕のキャラとちょうど合うんです」

つまりIWC「ダ・ヴィンチ」は、新山にとって漫才の「伏線」のようなものだ。一見するとなんの変哲もない常識人。でもよく見ると、手首にはちょっとただ者じゃない時計が光っている。その小さな違和感が、これから始まる4分間の狂気を予感させる。

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ロレックス「GMTマスターII」が2本。「これ、舞台でつけててお客さんに怒られたことあるんです」と新山。「キラキラ眩しい、って」。

ロレックスの「GMTマスターII」も2本持っている。“昭和の芸人”への憧れから、競馬で当てた金で買ったのが最初の一本だ。ただ、ニュース番組で物価高のコーナーに出演した際、うっかりロレックスを巻いたまま映ってしまうという「やらかし」も経験した。

「スーパーで食材が高くて困る、なんて話題のときにギラッギラのロレックスやばいと思って、ずっと袖で隠しながら『いやぁ、きついっすよね』って言ってました」

芸人が豪放磊落だった時代への憧れで手に入れたロレックスは、現代の漫才師としての自分のキャラクターとは少しズレている。そのズレを自覚しながらも、大切にしている。

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もう一つの顔、カルティエ「マスト タンク」

先輩芸人のジャルジャル・後藤淳平に教えてもらったという渋谷のヴィンテージウォッチ専門店で手に入れたのが、カルティエの「マスト タンク」だ。20万円台、ヴィンテージの小ぶりなサイズ感。こちらは完全にアクセサリー感覚だと新山は言う。

「グレーのニットとかに合わせて、ちょっとしたアクセントにする感じですかね。小ぶりな感じがまた可愛くて。奥さんも一緒に使えるかなって思って買ったんですけど」

スーツにIWC、私服にカルティエ、そして特別な日のロレックス。三本の時計が、新山というひとりの人間の多面性を映し出している。

キャラクターを刻む装置

新山にとって時計選びとは、自分のキャラクターを精密に設計する作業の延長にある。漫才の4分間をどう構成するか。衣装のスーツをどう着るか。メガネをどう選ぶか。そのすべてが、「普通に見える人間が、少しずつ狂っていく」という笑いの設計図とつながっている。

IWCの「ダ・ヴィンチ」は、その設計図における最良の伏線だ。主張しすぎない品格と、よく見ればただ者じゃないこだわり。新山が知識ゼロの状態でこの時計を選んだという事実が、彼の本能的なセンスを証明している。

取材中、新山は時計を買った頃の話をしながらふと思い出したようにエピソードを語った。

「舞台の上で、時間を確認しようとパッて時計を見たけれど、時間が頭に入ってこなくて。かっこええなって見とれてしまって。あ、ちゃうわ、時間やった、って」

4分間の漫才を秒単位で削ぎ落として設計する、そんな緻密な計算で勝負する男が、思わず自分の時計に見とれて時間を忘れる。その矛盾こそが、新山という漫才師のチャーミングなところだ。

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連載「My watch, My life」