冬の山陰を旅するなら、列車に乗るのがいちばんいい。車窓には日本海の荒々しい青が広がり、駅に降り立てば、湯の気配と、食の匂いがある。
旅の起点は、兵庫県最北西端の港町・浜坂。そこから山陰本線に揺られ、城崎温泉で湯に身を委ね、さらに丹後鉄道で京都・天橋立へ。美食、温泉、絶景。いずれも主役だが、この旅の本当の魅力は「移動そのもの」にある。列車に揺られながら、時間がゆっくりほどけていく。
浜坂では、カニは“料理”ではなく“体験”になる
兵庫県北部、日本海に面した小さな港町・浜坂。冬になると、町全体がカニの季節に向かって静かに熱を帯びていく。この町がユニークなのは、「かにソムリエ」という存在が根づいていることだ。
浜坂は日本で唯一、かにソムリエを養成している町。その資格取得には約3年間、30回以上の研修と試験が必要だという。その代表格が、わずか6室の客室に5人ものソムリエを擁する宿「澄風荘」だ。
ここでの食事は、単に「料理を出される」というより「カニと向き合う時間」と言った方が正しい 。食事の時間に合わせて水槽から揚げられたカニが、目の前でさばかれ、焼き、茹で、刺身と、最適な火入れで供される 。11月から3月にかけての松葉ガニの最盛期、本気のカニを味わいたい人がこの町にたどり着く理由が、そこにはある。
湯けむりに誘われて、生活に溶け込む温泉を歩く
浜坂の魅力は食だけではない。町を歩けば、そこかしこから湯の気配が立ち上る 。「澄風荘」がある浜坂温泉郷は、国民保養温泉地にも選ばれているが、特筆すべきはその“距離感”だ。温泉は観光資源である以上に、完全に生活の一部として溶け込んでいる。
「ユートピア浜坂」の敷地内には、誰でも使える温泉たまごの茹で場がある。ネットに入れた玉子を源泉に沈め、待つこと35分 。その間に、江戸時代の風情が残る「あじわら小径」を散策してみてほしい 。川沿いに整備された散歩道を歩き、戻ってくる頃には温泉たまごがちょうどゆで上がる。湯に浸かり、町を歩き、また湯に戻る。この“ほどけ方”こそが、浜坂の真骨頂だ。
空の駅と、日本海が織りなす鉄道遺産の風景
山陰本線のハイライトは、なんといってもその車窓にある。トンネルを抜けるたびに現れる日本海の青。その繰り返しが、この路線を特別なものにしている。
浜坂駅からわずか14分、JR餘部駅には高さ41.5mの「余部鉄橋 空の駅」が鎮座する。旧鉄橋の橋脚を活かした展望施設からは、遮るもののない絶景が広がる。全面ガラス張りの「余部クリスタルタワー」で地上へ降りれば、そこには空の駅の駅長を務めるリクガメの「そらちゃん」がのんびりと散歩する、穏やかな時間が流れている。
城崎温泉、外湯めぐりとクラフトビールの誘惑

温泉卵のビスマルク1890円、地ビール4種飲み比べ1280円。
餘部駅から約40分。列車が城崎温泉駅に近づくと、空気はふっとやわらかくなる。開湯1300年の歴史をもつこの町は、温泉街全体をひとつの宿と捉えている。「駅は玄関」「道は廊下」「外湯は大浴場」という思想のもと、浴衣姿でそぞろ歩く風景は、現実と物語の境界を曖昧にする。
7つの外湯の中でも、洞窟風呂が印象的な「一の湯」や、全面露天の「御所の湯」は外せない。そして、湯上がりの身体を心地よく冷やしてくれるのが「地ビールレストランGUBIGABU」のクラフトビールだ。醸造所直送の「カニビール」を、風情ある町並みを眺めながら味わうひとときは、至福というほかない。
旅の終着点へ、デザインが変える「移動の時間」
旅の後半戦は、京都丹後鉄道の「丹後あおまつ号」とともに始まる 。水戸岡鋭治氏がデザインした車内は、木の温もりが活かされた居心地のいい空間。特別な料金は不要だが、ソファ席やカウンター席を備えた車内は、単なる移動手段を超えた高揚感を与えてくれる。
列車はやがて、終着点の天橋立へ。数千年の歳月が作り出した白砂青松の帯を眺めるとき、この旅がいかに豊かであったかを確信するだろう。
冬の山陰から丹後へ。美食も温泉も絶景も、すべてはこの「移動の時間」を彩るためのピースだったのだと、時間がゆっくりほどけていく感覚とともに気づかされるはずだ。
「アゲていこう、冬兵庫」キャンペーン
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