1990年代の英国で、アートは社会への反撃だったーー。ダミアン・ハーストらYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)が既存の美術界を破壊し、カルチャーと結びついた時代。その熱量を体感できる展覧会『テート美術館 - YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート』が、5月11日まで国立新美術館で開催中だ。昨年のオアシス再結成で再燃した90sブリットカルチャーをいま振り返る意味は大きい。アートとサブカルチャーが新しい形で結びつき、若者たちのむき出しのエネルギーを反映したこの展覧会は、芸術が社会を映す鏡であることをまざまざと見せつけてくれる。
90年代英国で何が起きていたのか? サッチャー後の社会とアートの爆発
伝統的な製造業が衰退し、サービス業や金融業に取って替わられた90年代の英国。国内初の女性首相であったマーガレット・サッチャー(在位1979〜90年)の保守党政権下では経済格差が拡大し、貧困層が増大した。そこでは移民、IRA(アイルランド共和軍)、炭鉱労働組合、同性愛者が法秩序を脅かす敵とみなされていた。そのような状況において個人的経験から社会の偏見に異議を唱えたのが本展でも登場するフランシス・ベーコン、ギルバート&ジョージ、デイヴィッド・ロビリヤード、デレク・ジャーマンらだった。
ダミアン・ハーストとYBAの衝撃。「フリーズ」展が壊したヒエラルキー
ベーコンに影響を受けた若きダミアン・ハーストは88年、ロンドンの東にある再開発予定地域・ドッグランズで使われなくなった倉庫を会場に、グループ展「フリーズ」を組織。美術界のエリート主義的なヒエラルキーを吹き飛ばしたアーティストたちはのちにYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と呼ばれ、これが英国の現代美術にとって重要な転換点となる。本展で展示されたハーストのインスタレーション『後天的な回避不能』は、ガラスケースに閉じ込められたオフィスチェアやタバコ、ライターが、逃れることのできない日常のサイクルを暗示しているかのようだ。
90年代の英国は、多文化主義に関する意識の高まりに直面していた。ザンジバル(現タンザニア)生まれで英国に移住したルベイナ・ヒミドは移民が直面するアイデンティティと帰属意識にまつわる苦闘を、クリス・オフィリの『ユニオン・ブラック』は英国のナショナリズムと汎アフリカ主義運動をシンボリックに表現した。
パンクからアシッド・ハウスへ。音楽と結びついた英国カルチャーのうねり
80年代にこの国のサブカルチャーを推進したのはパンクだったがその後、ポストパンクが台頭。さらにニュー・ウェイヴが登場し、テクノやアシッド・ハウスなど大きなうねりとなって変容していく。ギャラリーの壁に手書きされたジェレミー・デラーの『世界の歴史』は一見無関係に見えるブラスバンドとアシッド・ハウスという二つの音楽ジャンルをフロー図として示し、工業国からポスト工業国へと変化した英国の歴史を、音楽を通して提示した。

ジェレミー・デラー《世界の歴史》1997-2004年、テート美術館蔵 Photo: Tate
© Jeremy Deller
この時代は『i-D』『ザ・フェイス』『デイズド』など革新的なビジュアルでストリートカルチャーを表現した雑誌が次々と生まれ、日本でも紹介された。多くの誌面を飾ったフォトグラファーのヴォルフガング・ティルマンスはストリートとクラブカルチャー、テクノ・ミュージックの密接な関係を築き、平和運動を支援し、同性愛者の権利やエイズの問題に関わり続けた時代の目撃者であり、本展でも数多くの作品が展示されている。
なぜいま、90年代なのか。オアシス再結成が照らす“あの時代”
展覧会を見ながら思うのは日本の90年代についてであった。89年、昭和が終わり平成に年号が変わった日本では95年にふたつの衝撃的な出来事が起こった。阪神・淡路大震災と東京地下鉄サリン事件である。バブル崩壊間もない時代に起きた未曾有の震災と最大規模のテロ事件は、日本経済に大きなダメージを与えたと同時に、戦後右肩上がりの経済成長が抱えてきた人々の心の闇を私たちに突きつけたかのようだった。奇しくも昨年、再結成した英国のロックバンド、オアシスが日本でも熱狂的に迎えられたが、90年代という時代を今改めて振り返る意義は大きいだろう。
『テート美術館 – YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート』
開催場所:国立新美術館 企画展示室2E
東京都港区六本木7-22-2
開館時間:10時〜18時 ※金、土は20時まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日:火曜 ※5/5は開館
巡回情報:2026年6月3日(水)~9月6日(日) 京都市京セラ美術館
問い合わせ先:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://www.ybabeyond.jp/