【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『「手に負えない」を編みなおす』
友田とん 著 柏書房 ¥1,980
なにごともなく定刻通りに電車が来ることも、コンビニの棚に昨日と同じおにぎりが並んでいることも、それは考えてみれば「あたりまえ」の光景ではない。よく見ればそこには、「放っておけば手に負えなくなるもの」を手当てし、この世界を維持しようと努める、誰かの密かな働きがあるのだ。
著者の友田とんはそのことを、地下鉄の漏水対策を見て気がついた。「地下鉄の漏水対策」とは、駅構内から漏れ出す水が通路を行き交う人を濡らさぬよう、ビニールシートやチューブを使って受け流す、あの工作物のこと。そう聞いても大抵の人は、「そう言えばそんなものもあったよね」くらいの反応だろう。しかし友田は、そうした一見なんでもなさそうなものに興味を持ち、そこから、いま・ここにある世界を護ろうと努める、人間の善性を感知してしまうのだ。
本書の前半では、友田が実際にさまざまな駅まで赴き、そこで行われている漏水対策を観察して、その痕跡から共通した法則性を導き出している。できる限りのサンプルを集め、壁に貼られた作業員のメモを読み解き、地域ごとの違いにも着目するなど、よく書けた探偵小説の趣があって、読んでいてドキドキした。まさに現代の考現学。こうした思考の過程が、本書の読みどころのひとつだ。
そして本書の後半で友田は、記憶や書籍なども手掛かりに、この世界に存在する、気にも留められていないインフラに対して思考を深めていく。それを書ききる筆力もたいしたもので、その場ではなにも起こっていないのに、思考の跡をたどるだけで、著者と一緒に冒険した気にさえさせられてしまう。
普段なにげなく目にしているものが、いつもとは違って見えてくる。そうした眼差しにあふれた本である。