【南極に浮かぶUFO建築】暖房ゼロでも人が暮らせる…氷原に現れた未来基地の正体

  • 文:青葉やまと
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René Robert - International Polar Foundation

南極大陸に佇むベルギーのプリンセス・エリザベス基地には、専用の暖房設備が一切ない。厚さ400mmの断熱材が体温と機器の排熱を閉じ込め、風力と太陽光のみで稼働する。極限まで貫かれた機能主義が、現在でも色あせない近未来的な容貌の「氷上の宇宙船」を生み出した。

小屋から始まった南極建築

 

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René Robert - International Polar Foundation

1899年、南極大陸で人類が初めて建てた構造物は、わずか5.5×6.5メートルの2棟の木造小屋だった。断熱はほぼ皆無。極地の冬を凌ぐには頼りない存在だ。

それから1世紀余りが経った現在。ヒュー・ブロートン・アーキテクツ創設者のヒュー・ブロートン氏は、建築・デザイン専門メディアの英建築デザイン誌のデジーンの取材に対し、「南極は、史上初めて建てられた建築物と、世界で最も先進的な建築物の両方を見ることができる唯一の大陸だ」と指摘する。いまや各国の研究基地は自国を代表する建築であり、「氷上の大使館」とも呼ばれる。

こうして選りすぐりの建築が揃う現在だが、そこに至る道のりは失敗の連続だった。英科学誌英科学技術週刊誌のニュー・サイエンティストによれば、イギリスの南極研究拠点ハレー基地は建て替えを重ねた初期の4世代(I〜IV)がいずれも積雪に飲み込まれている。1983年に放棄された第3世代のハレーIIIは、地下12メートル、ビル4階分ほどの深さに埋もれた。

教訓から生まれたのが、2009年に完成したベルギーのプリンセス・エリザベス基地である。同基地の公式サイトは、設計にあたって、「ペンも完成予想図も用いなかった」と謳う。決して美しさを狙ったのではない。過酷な条件と、そこで暮らす人間の実用的・心理的なニーズに応え続けた。こうして誕生したのが、氷原に降り立った宇宙船を思わせる、南極で最も未来的な建築だ。

暖房不要の南極基地

南極の風は人を凍えさせ、雪は建物を飲み込む。ベルギーのプリンセス・エリザベス基地の設計チームは、こうした自然の猛威に抵抗するのではなく、味方に引き込む設計を選んだ。

基地の設計のなかでも、特に際立つのが断熱だ。ニュー・サイエンティストが伝えるところでは、同基地に専用の暖房設備は一切ない。研究者たちは主に夏季に滞在するが、活動中に生じる体温や機器の排熱を、厚さ400mmにおよぶ断熱材が逃がさず室内に留める。地球上で最も寒い大陸にありながら、建築的な工夫だけで居住に適した温度を保っている。風力と太陽光のみで稼働する南極初のゼロエミッション基地でもある。

建物の配置にも、自然と共に生きる発想が宿る。ベルギーの南極研究基地のプリンセス・エリザベス南極研究基地公式サイトが説明する通り、メインビルディングは卓越風(当該地域でもっともよく吹く風向き)に沿って方角が決められた。こうすることで、強風が建物周囲の積雪を吹き払うようになり、建物全体が雪に埋もれるのを防ぐ。

200kmの氷原を越えて

基地の建設は困難を極めた。設計図が完成しても、南極に建材を届ける手段がなければ基地はただの図面の域を出ない。

プリンセス・エリザベス基地の建設は、まず欧州の地での「予行演習」から始まった。建築情報サイトの米建築デザイン情報サイトのアーキタイザーは、2007年8月、ブリュッセルで建物全体の仮組み立てと試験が実施されたと振り返る。

いざ現地で建設に入ると、部材を現地に届けること自体が大仕事だったという。全資材を船で南極沿岸まで運んだのち、海岸から約200km内陸のウツタイネンの建設地まで陸路で搬入する必要があった。チームは雪原に竹製ビーコン(棒状の目印)を立ててルートの安全を確保し、複数シーズンにわたり往復輸送を続けた。

岩山の頂では花崗岩の硬さにドリルヘッドが何本も折れ、建物を岩盤に固定するアンカリング工事も難航した。

翌2008年1〜2月になると、ベルギーの探検家アラン・ユベール氏の陣頭指揮のもと、いよいよ南極現地で最終組み立てが行われた。

こうして2009年2月15日、基地は正式に開所した。夏季のみ研究者が滞在する運用形態をとるが、衛星アンテナの設置によって、無人の冬季もベルギー本国からシステムを遠隔操作できる体制が整った。まさに地球の裏側から、年間を通じて運用できる状態だ。

鋼の外殻に宿る木の温もり

外から眺めれば、基地は氷原に降り立ったUFOのようだ。ステンレスの外装が風を切り、南極の淡い陽光を鈍く反射する。

主棟の外観は、ファサード全体を覆う太陽光パネルとも相まって、徹底して金属的だ。だが中に一歩踏み入れると、印象は一変する。デジーンによると、主棟の骨格をなすのはマスティンバー(大型木材)のフレームで、構造材がそのまま内部に露出している。スティルト(高床式の支柱)で大地から浮かぶ鋼の船体のその内側には、木の柔らかな表情が広がる。南極大陸にある多くの基地とは異なる温もりだという。

アーキタイザーによると外壁は多層構造をなし、室内に面する最内層にウール製フェルトが貼られ、その外側に厚さ400mmの発泡ポリスチレン断熱材が重なる。

鋼が氷点下の暴風を遮り、その内側で木と羊毛が人の体温を包む。こうして極地の宇宙船の中に、人類は安心して研究に勤しむことのできる居場所を作り上げた。