夏休みの宿題は、最終日に終わることになっている――。ゴールドマン・サックスで17年を過ごした投資家・田中渓は、この原理を毎日の生活にそのまま適用している。毎朝3時45分に手首の振動で目覚め、25kmを走り、仕事は午前中に片づける。8本の高級時計は箱にしまっておき、365日手放さないのはガーミンの「エンデューロ」。腕時計の遍歴を追った前回に続き、この男の「時間の使い方」に踏み込む。
連載「My watch, My life」Vol.5
腕時計は人生を映す鏡である。そして腕時計ほど持ち主の想いが、魂が宿るものはない。この連載では、各業界で活躍するクリエイターやビジネスパーソンに愛用腕時計を紹介してもらい、“腕時計選び”から見えてくる仕事への哲学や価値観などを深掘りする。「夏休みの宿題」で、人生を回す
ゴールドマン・サックスの投資部門で、田中渓は文字通り時間を「切り売り」していた。
「本当に寝る間もなく夜中まで働いて、気絶するように寝て。で、翌朝からまた同じことが繰り返されて。飲みに行ったらどこで終わっていいかわからなくてひたすら飲んで」
身体と時間を全部犠牲にして、カネに変えていく。その生活に限界を感じたのは、ゴールドマン在籍中、30代後半のことだ。「このままだとどこかでバタって倒れて死んでもおかしくない」。本気でそう思った。
そこで全部を見直した。まず身体を動かすことから始めた。すると、日中3時間かかっていた仕事が1時間で終わるようになった。
「ちゃんと身体を動かすと自己管理ができるようになって、生産性も上がるし。あ、時間って大事なんだなって」
金融のプロが、自分の身体を使って学び直した発見だった。
ここから「タイムボクシング」が始まる。起床時間を固定し、カレンダーに「運動」を入れ、「学習」を入れ、「食事や人との時間」をすべて先にブロックする。残った時間だけで仕事をするという考え方だ。
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砂漠でも充電される腕時計
「普通の人は、仕事が終わったらこうしようって考えるんですけど、そうじゃなくて、やりたいことは全部、先に時間を決めてやってしまう。仕事はあくまでそのための手段なので、決められた時間の中でなんとかすると決める」
「夏休みの宿題と同じです」と田中は笑う。最終日にはなぜか終わる。枠を設ければ、人間はその中でなんとかするものだ。
「あちこちで話していることですが、走ってる間に仕事のことは大体考え終わってる」。実際、オフィスに着くのは8時半で、「2、3時間あれば1日の仕事はおおむね終わる」という。
朝のルーティンは明快だ。
3時45分に手首の「エンデューロ」の振動で起き、25kmを走るか、70kmを自転車で漕ぐか、9000mを泳ぐ。
運動が終わるのが6時半。風呂に入りながらニュースや本を読み、そのままオフィスへ向かう。やりたいことを全部先にやって、残りで仕事をする。この順番にしたことで、田中の1日は根本から変わった。
ガーミン「エンデューロ」でできることを聞くと、その守備範囲に驚く。
「時間がわかる、スマホの通知が受け取れる、財布にもなる、音楽も飛ばせる。それからヘルスケアのデータ全般ですね。心拍数から自分の歩いた距離、運動量の計測、あと結構大事なのが睡眠データです」
加えて、田中が重視するのは「VO2max」(最大酸素摂取量)だ。「これ結構、本当に寿命を決める大事な数字だったりするんですよ」。
これらのデータを統合した「ボディバッテリー」は、自分の体がいま何パーセント充電されているかを教えてくれる。疲れていれば「今日はこういう運動にした方がいいですよ」と提案もしてくる。
手放せない理由がもうひとつある。振動アラームだ。
「音って起きないんですよ、たまに。どこまで鳴っても気づかない。でも振動は絶対起きるんです」
朝3時45分に音を鳴らせば、周りにとっては大迷惑だ。振動なら自分だけが起きられる。「周りに迷惑をかけないのも、この時計のいいところ」。合理的で、気配りもある。田中らしい選び方だと思った。
話がいちばん熱を帯びたのは、ガーミンと命の話だ。田中はアフリカの砂漠やヨーロッパのアルプスでウルトラマラソンを走る。腕時計の中に地図データが入っていて、コースを逸れればアラームが鳴る。GPSは元々軍事用の技術で、精度はガーミンが群を抜いているという。
「砂漠の真ん中でバッテリーが切れたら、死んでしまうじゃないですか。でも、直射日光で充電ができるんです」
最新モデルには太陽光充電が搭載されている。砂漠の灼熱が、そのまま時計を生き返らせるのだ。
フィットビットやApple Watchも試したが、結局ガーミンに戻ってきた。「トップアスリートはみんなガーミン。もうブランドとして確固たるものを築いています」。しかもデータが全部つながっている。ヘルスケアアプリ、アスリートSNS「ストラバ」、大会の地図データ。すべてがガーミン仕様で動いている。
「音楽のサブスクと同じですよね。自分のすべてが置いてあるから引っ越せない」。8代にわたって買い替えてきた投資家は、自分がガーミンの「経済圏」にしっかり囲い込まれていることを、笑いながら認めた。
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インプットの時間は1日2回
田中には、インプットの時間が1日に2回ある。1回目は朝6時半、運動後の入浴中だ。
「前日にAIでディープリサーチさせておいたものとか、経済ニュース、読みたい本とかを、お風呂に入りながら1時間から1時間半ぐらいかけてインプットします」
そして、2回目は午前中に仕事を終えたあとの約2時間。
「ひとりで小部屋にこもって、もっとカルチャーみ(味)のあるものとか、雑誌を読むとか、YouTubeとかポッドキャストとかからの情報を雑多に入れていきます」
興味深いのは、こちらはビジネスとは直接関係のないものが中心、という点だ。
「ビジネスの情報だけをずっと入れている人って、やっぱり視野が狭くなるんですよ。僕は雑食。カルチャーも好きな人間なんで」
走りながらオーディオブック、目が空けば本、耳だけ空いていればポッドキャスト。身体のどの感覚器官が空いているかで、インプットの手段を切り替えている。
ラジオブースで喋る投資家
2026年4月から、田中渓はJ-WAVEでラジオのパーソナリティを務める。番組名は「バルチャーレディオ(VALTURE RADIO)」。
金融業界で「バルチャー」といえば、経営破綻した企業の資産を安値で買い叩くファンドを指す。いわゆる「ハゲタカ」だ。ゴールドマンで17年を過ごした田中にとって、なじみ深い言葉だろう。しかしこのラジオ番組でいうところの「バルチャー」は意味が違う。
「正しいスペルだとハゲタカって意味なんですよ。でもわざと造語にしていて、バリュー(Value)とカルチャー(Culture)を組み合わせたバルチャー(Valture)。本質とかコアバリューってものを、ビジネスでもカルチャーでも問いを立ててみようっていう番組です」
ビジネスだけではない、生活に根ざしたカルチャーにも興味を持つ田中にとって、J-WAVEはもともと一番たどり着きたい場所だった。さまざまな番組で経験を積みながら、ずっとこのステーションを目指していたという。
ゴールドマン時代、ルクルトの時計が上の世代との会話の扉を開いた話を前回の記事では紹介した。ビジネスの場では届かない相手にも、カルチャーの話題なら届く。田中にとってラジオは、その延長線にある。
金融用語の「バルチャー」が、文化を届ける言葉に変わる。田中はこの番組を「田中2.0」と呼んでいる。毎朝3時45分、ガーミンの振動で始まる田中の1日に、新しい枠がひとつ加わった。
2026年4月からは、早朝の田中のルーティーンがひとつ増える。J-WAVEで田中がパーソナリティを務める「バルチャーレディオ」がスタートする。毎週金曜日、朝の5:00〜6:00。ジャケット¥79,200、ニットポロ¥36,300、パンツ¥49,500/エイトン(エイトン青山TEL:03-6427-6335) 靴¥17,600/ナイキ(NIKE カスタマーサービスTEL:0120-6453-77)
連載「My watch, My life」
- 第1回:あえて“選ばれない時計”を選ぶ。YOKE寺田典夫が愛するロレックス
- 第2回:『左ききのエレン』作者のかっぴーが、ロレックスマラソンするほどハマった"時計沼" 【My watch, My life】
- 第3回:【さや香・新山の愛用腕時計】IWC、カルティエ、ロレックス…。M-1戦士がこだわり抜かれた漫才衣装にも取り入れる、魅惑のラインアップ
- 第4回:【田中渓の愛用腕時計5本を初公開!】ジャガー・ルクルト、IWCからガーミンへ。元ゴールドマンサックス投資家の王道を外す審美眼
- 【チュートリアル徳井義実の愛用時計5本】祖父の形見から、普段づかいのパイロットウォッチまで
- 【フットボールアワー岩尾の愛用時計】洋服好きならではの審美眼で選んだ、3本のヴィンテージ
