以前の記事(2025年1月公開)でも紹介したように、生産者を支援するPBブランドや、消費者と生産者が共につくるブランドが食品分野で増えています。アパレル産業においても同様に、フランスやヨーロッパでの生産、ストーリーのあるものづくりなど、生産過程が見えるブランドや認証制度が増え、多くのフランス人が「モノを持つこと」そのものを改めて考え始めています。その背景には、フランス人の価値観があります。関心のある活動に参加し、自分の意思を示し、社会に変化をもたらす。そうした姿勢を自然に持つ人が多いのです。ファッションにおいても、この考え方は少しずつ定着しつつあります。
例えば25年11月、パリ市庁舎前にある老舗デパートBHVにオープンした中国のファストファッションブランド「SHEIN」。この出店に対する抗議は、政府をも巻き込んだ社会現象となりました。過剰生産や労働問題を背景とするファストファッションに、多くのフランス人が疑問を投げかけているのです。
そんなパリで、平日の仕事帰りの夜に女性達の行列ができるアパレルブランドがあります。13年、オンラインショップのみでスタートした「Sézane(セザンヌ)」。その人気は、今や世界へと広がっています。毎月発表されるコレクションは、飽きられることなく人々を惹きつけ続けています。なぜこれほどまでに人を惹きつけるのでしょうか。そこには、日本人が思い描くパリのイメージと、リアルとの微妙な差異があるように思います。
そんなことを考えながら、セザンヌのPRである内田さんのご案内でパリ本社を訪れ、創業者モルガン・セザロリーにインタビューを行いました。
ーーセザンヌというブランドを理解するためには、まず出発点に立ち返る必要があると思います。ブランド設立の経緯には、今日のブランドの思想を読み解く手掛かりがありそうです。なぜセザンヌを立ち上げようと思ったのか、その経緯を教えてください。
17歳のとき、高校を辞め、自由と創造への強い欲求に突き動かされるように独学で学業を続ける道を選びました。ちょうど同じ頃、姉がロンドンに移住し、ヴィンテージの服がぎっしり詰まった大きなスーツケースを3つ残していったのです。私は昔から、ボタンや縫製、ラインに宿るディテールに強く惹かれていました。そこで、それらの服に手を加え、シルエットを整え、丁寧に写真を撮ってeBay(世界最大のマーケットプレイス)で販売し始めました。
すると間もなく、私の活動を支持してくれる小さなコミュニティが生まれ、自分自身のデザインに自信を得るようになりました。こうして、リメイクしたヴィンテージと並んで、オリジナルのアイテムも加わるようになります。これが、少量生産・限定販売の「ドロップ」という形で展開した、セザンヌの最初の一歩でした。ブランドへの期待が高まるにつれ、チームをつくり、少しずつ規模を広げていきましたが、常に大切にしてきたのは、顧客との近さ、ディテールへの愛情、そしてすべての服に宿る喜びと自由の感覚です。この冒険から、セザンヌは生まれました。
ーーブランドを形づくるもう一つの重要な要素は、顧客との関係だと思います。セザンヌは、顧客のどのような欲求を満たしたいと考えていますか?
私たちが目指しているのは、適正な価格で提供される、時代を超えて愛される服です。長く着られ、ストーリーを持ち、自然とそれぞれのワードローブに溶け込むような一着。そしてなにより、世界中の女性が「着ることを楽しめる」服をつくりたいと考えています。日常のベーシックから、シーズン性のある特別なアイテムまで含めてです。
ーーセザンヌの世界観を語るうえで欠かせないキーワードが「パリ」だと思います。ですが、そのパリとは単なる都市名以上の意味を持っているようにも感じます。セザンヌにとって、パリとはどのような存在でしょうか?
パリという街は、私たちの拠点であり、尽きることのないインスピレーションの源です。美術館、アーティスト、隠れた庭園、小さな書店など……たとえばロマン派美術館やラ・カルトゥーシュ書店のような場所には、私が大切にしている小さな魅力が息づいています。セザンヌを通して共有したいのは、まさにこのようなパリの姿です。
私にとってコレクションは、街との終わりのない対話のようなもの。時には、パリの歴史を体現するフランスのクリエイターたちとのコラボレーションへとつながります。18世紀のドミノ紙に着想を得た、アントワネット・ポワソンとの最近のコラボレーションでは、現在の2025年に小さなパリの歴史を吹き込むことができました。
服やビジュアル、コンテンツを通して、私たちはこうしたインスピレーションを共有し、誰もがパリの物語の一部になれるよう導いています。長年パリに住んでいますが、この街とパリジェンヌたちは今でも私を夢中にさせます。世界に心を開きながら、常に新しい視点でパリを再発見し続けたいのです。
ーーまた、しばしば語られる「パリジェンヌ」という女性像とはどのようなイメージですか?
唯一無二の「パリジェンヌ」が存在するとは思っていません。女性の数だけ、パリジェンヌの姿があります。ただ、多くの女性が「丁寧につくられた美しい服」を愛しているのは確かです。フレンチスタイルとは、上質でカッティングの美しい服を選び、シーズンを超えて自分らしく着続けること。これはフランスの女性たち、すなわち会社のチームの仲間たちや友人、街ですれ違う人々を見ていて常に感じることです。すでに持っているものを大切にしながら、新しい組み合わせを楽しむ創造性があります。
セザンヌでは、この「美しさと良質さへの感性」を、より身近なものにしたいと考えています。タイムレスな定番と個性的なディテールの間を行き来するデザイン。懐かしさをまといながらも現代的で、自由に着こなし、再解釈できる服です。
ーーブランドの持続力を考えるとき、組織の内部文化、いわゆるインナーブランディングの役割も見逃せません。セザンヌで働く人々の特徴を教えてください。
情熱的で、好奇心があり、責任感を持って仕事に向き合う人たちです。起業家精神と協調性を併せ持ち、子どものような純粋さと好奇心を失わずに、理想のファッションブランドを夢見ることが大切だと思います。
ーーブランド理解を深めるために、社内でどのような取り組みをしていますか? グローバルでも社員が増えていく中で、セザンヌらしさをどのようにつくっていますか?
ブランドは、人とともに成長するものです。セザンヌは顧客だけでなく、チーム全員の物語でもあります。12年以上一緒に働いている仲間もおり、互いの人生において大切な存在です。部署を超えて同じビジョンと情熱を共有し、孤立せずに進むことを重視しています。意見を交わし、アイデアに挑戦する勇気も不可欠です。パリであれ世界のどこであれ、一人ひとりが輝ける場をつくりたいと考えています。
ーー社内のコミュニケーションが円滑に機能している理由も気になるところです。チームとして働く上で、どのような工夫や考え方が重視されていますか?
社内コミュニケーションは極めて重要です。あらゆるツールを活用しながらも、対面での対話を大切にしています。複雑な状況では、雑音を排し、思いやりをもって率直に話すように促します。これはコミュニケーションにも当てはまります。
みんなの誕生日を記載したボード、定期的なチームビルディング、全社イベントなど、小さな心配りは私たちにとって非常に重要です。これらの習慣が、帰属意識とつながりを生み出しています。それは、セザンヌのブランドの歴史に対する帰属意識だけでなく、理想的には仕事以外の生活や人間関係においても、ひとりの個人として帰属意識を持てることです。
ーー最後に、社員同士だけでなく、顧客も含めたコミュニティをより豊かなものにしていくために、ブランドとして大切にしているものはなんでしょうか?
私の夢は、素晴らしいチームとともに成長し、新しい仲間を迎えながら、より想像力豊かなコレクションをつくり続けることです。服、アクセサリー、ホーム、コラボレーションや体験を通して、一つひとつが物語を語り、本物らしさとパリのエッセンスを宿し、世界中の顧客に、セザンヌの精神と私たちとのつながりを感じていただけることを願っています。
また、社会貢献プログラム「DEMAIN」を通じて、世界各地のプロジェクトを支援し続けたいと考えています。セザンヌは単なるファッションではありません。自由と誠実さを大切にしながら、私たちが本当に大切にしている価値を、これからも表現し続けていきたいのです。
(※インタビューは2025年11月に実施。内容はその時点のものです)
ラグジュアリーブランドのイメージが強いパリですが、フランス人は日常的にラグジュアリーブランドだけを身に着けているわけではありません。特別な日や日常のアクセントとして取り入れる、いわばスパイスのような存在です。そんなフランス人の装い方にフィットしたのが、セザンヌでした。
フランスでは、祖父母や両親の服を大切に身につけている人も多く見られます。よいものを長く使い、大切な人へ受け継ぐ文化があるからです。セザンヌは、そうしたフランス人の服との付き合い方に着目しました。日常に溶け込み、自然とワードローブに加えたくなる服をつくっているのです。
セザンヌが提案しているのは、単に服ではなく、暮らしの中のパリです。すべての店舗は「アパルトマン」と呼ばれ、本や花が飾られ、誰かの家に招かれたかのような空間になっています。フランスでは花を飾り、贈り、本を貸し借りすることが日常的に行われています。そうした生活の風景が、そのまま店舗に反映されているのです。
また、セザンヌの服には大きなロゴはありません。流行を先取りするのではなく、どこか懐かしさを感じさせるデザインです。「トレンド」という言葉は、このブランドにはあまり当てはまりません。過度に主張しないデザイン、自然素材、修理サービス「コンシェルジュリー」、限定生産、社会貢献活動。こうした取り組みは、「よいものを丁寧に長く使う」というフランスの価値観につながっています。
興味深いのは、このブランドがオンラインショップから始まったD2Cブランドであることです。多くのD2Cブランドが価格や効率といった合理性を打ち出す中で、セザンヌが磨いてきたのは情緒的価値でした。
毎月のコレクションを待つ時間、発売日に集まる人々、ニュースレターやSNSを通して触れるストーリーや世界観。こうした体験の小さな積み重ねが、ブランドと顧客のあいだに、単なる売り手と買い手を超えた情緒的な関係を生み出していきます。その結果、顧客にとってセザンヌの服を買うことは、単に商品を手に入れることではなく、その世界観を体験し、価値観を共有することへと変わっていきます。そこから「セザンヌ・ラバーズ」と呼ばれるコミュニティも生まれました。
本来、ECは売上を最大化するための効率のよい販売チャネルとして語られがちです。しかしセザンヌの事例は異なります。ECが単なる販売の場ではなく、ブランドの思想や世界観を伝えるメディアとして機能し得ることを示しています。効率的に売上を向上させることよりも、ブランドを深く理解し、共感してもらうこと。徹底的に届けたい情緒的価値を、デジタル上でも表現し伝え切ること。その積み重ねが、強い顧客コミュニティを生み、結果として、底堅い売上につながるブランド支持へと結びついていくのです。それは、販売促進を目的とした割引クーポンの乱発を抑えることにもつながります。セザンヌでは一切、セールを行っていません。
ECが日常化した現在、オンラインは単なる販売促進のためのチャネルではありません。ブランドの文化や価値観を顧客と共有する場へと変わっています。

ブランディング・ディレクター
NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。
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NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。
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