【音楽が“見える”絵画の展覧会】35歳で早逝した異才チュルリョーニス、その創作の全貌とは|国立西洋美術館

  • 文&写真:はろるど
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『レックス(王)』 1909年 チュルリョーニスが生涯に手がけた最大の絵画である『レックス(王)』。画面中央の玉座に座す透明な王が巨大な塔のようにそびえ立ち、星や天使、樹木といったモチーフが水平に反復しながら交差している。繊細な描写ながら、多層的で壮大な空間構成が魅力だ。

リトアニアを代表する芸術家、ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875〜1911年)。祖国での生誕150周年の祝賀の気運を受け、日本では約34年ぶりとなる回顧展が、東京・上野の国立西洋美術館で開かれている。絵画と音楽という二つの領域を横断し、独自の宇宙観を描き出したチュルリョーニスの生涯をたどる。

音楽から絵画へ、二つの才能が交差する出発点

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『森の囁き』 1904年 1903年から1909年までのおよそ6年間の間に、300点以上もの作品を描いたチュルリョーニス。本展ではリトアニアの国立 M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス) が所蔵する絵画、版画、素描など約80点が公開されている。

1875年、リトアニア南部の町に生まれたチュルリョーニス。オルガン奏者の父を持ち、幼少期から音楽の才を現した彼は、18歳でワルシャワ音楽院に進むと、1901年まで当地で研鑽を積み、交響詩「森の中で」などの音楽作品を手がけた。一方でアマチュアとして絵筆を取りながら、音楽と並行して視覚表現への関心を深めていく。ライプツィヒ音楽院での学びを経て、1902年頃には、画家としての道を本格的に志すようになった。

28歳のチュルリョーニスは、1904年、新設されたワルシャワ美術学校に入学する。初期の作品には象徴主義の影響が色濃く表れているが、多くが散逸したため、現存する作例は極めて貴重だ。そのうち『森の囁き』では、暗い森の奥にぼんやりと「手」の気配が浮かび、木々のフォルムが竪琴の弦を思わせる。ざわめく森と音色とが溶け合うような表現からは、彼の絵画に通底する音楽的感覚がおぼろげに感じられる。

自然へのまなざし

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『冬V [8点の連作より]』 1907年 冬の自然の諸相を表した全8点の絵画のうちの一つ。ここでは樹木が燭台のメタファーとなり、上から注がれる光線が神の啓示を示唆している。

チュルリョーニスにとって、祖国の自然は尽きることのない着想の源だった。しかし画面からは、地形や景観を忠実に写し取る姿勢がほとんど見られない。むしろ自然は、生命の気配そのものとして抽象化され、詩情を湛えた象徴的なイメージへと変容する。とりわけ彼を魅了したのは、季節の巡りに象徴される生成と変化のリズムであり、それが『春』や『冬』といった連作に結実した。

全8点の連作『冬』において、チュルリョーニスは、静まり返る雪原から荒れ狂う吹雪、凍てつく大気の緊張感まで、季節の多様な相貌を描き分けている。全編を貫くのは樹木のモチーフだ。それは生命の象徴として姿を変えながら反復され、時には二本の木を対置させることで、生と死のコントラストが暗示される。こうしたモチーフは終盤に向かうにつれ、星や矩形へと簡潔化され、やがて神秘的な光の表現へと昇華し、観る者を瞑想へと導く。

音楽と絵画の融合を追求。「ソナタ」という到達点

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左から『第5ソナタ(海のソナタ):アレグロ、アンダンテ、フィナーレ』 いずれも1908年 1908年の夏、婚約者のソフィヤとともに、バルト海に面した保養地パランガで滞在した際に描かれた作品。当初は四楽章として構想されたが、最終的に「スケルツォ」を破棄して、三楽章の作品となった。なお「フィナーレ」は、北斎の『神奈川沖浪裏』の構図やモチーフを参照したと言われている。

音楽と絵画に共通する構造を見出し、融合を追求したチュルリョーニスは、近代美術において独自な表現を切り拓いた。その一つの到達点が、全7作からなる「ソナタ」の連作だ。『第5ソナタ(海のソナタ)』では、波が軽やかに岸辺へと展開し(アレグロ)、静かな海底へ沈み(アンダンテ)、最後は高くせり上がる大波によって劇的な終結を迎える(フィナーレ)。アンダンテには、海底の王国をめぐるリトアニア神話のイメージが潜んでいる。

18世紀末以降、ロシア帝国の支配を受けてきたリトアニアでは、1905年のロシア革命などを契機に民族意識が大きく高揚していく。そうした潮流のなかで、チュルリョーニスは、民話や民謡、工芸といった民衆文化の再評価こそリトアニア芸術の構築に不可欠と考え、自身の創作へと積極的に取り入れていく。同時に、当時ヨーロッパで広がりを見せていた神智学などの精神主義的思潮にも触れ、表現をより深淵なものへと進化させる。

リトアニアの記憶と祈りの風景を描く

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『リトアニアの墓地』 1909年 緑がかった青を基調とする神秘的な空間に、十字架の抽象的なシルエットがリズミカルに配され、夜空には北斗七星が輝いている。テンペラによる透明感のある色彩が息をのむほど美しい。

リトアニア北西部ジェマイティヤ地方の十字架を題材とした、『リトアニアの墓地』に注目したい。自然崇拝や祖霊信仰とキリスト教が融合して生まれたこれらの十字架は、リトアニアの文化を体現する存在。ロシアの同化政策のもとで制作が禁じられたが、人々のあいだでは独立への願いを託す「静かな抵抗」のしるしとして受け継がれていた。ここでは具体的な風景描写を離れ、リトアニアの大地に根差す記憶と祈りを凝縮した、精神的な風景として立ち現れている。

1908年以降、チュルリョーニスは画家としてのさらなる飛躍を求め、サンクトペテルブルクへと活動の場を広げる。この地で代表作『レックス(王)』を完成させ評価を得るが、手応えを味わう間もなく、過労などにより心と身体は次第に衰弱していった。1910年末に病床に伏し、翌年にはワルシャワ近郊の療養施設に入院。一時は回復の兆しを見せながらも、肺炎を患い世を去る。わずか35年、あまりにも短い生涯だった。

※作品はすべてミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス作、国立 M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

『チュルリョーニス展 内なる星図』

開催期間:開催中~2026年6月14日(日)
開催場所:国立西洋美術館
東京都台東区上野公園7-7
開館時間:9時30分〜17時30分 ※毎週金・土曜日は20時まで ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月、5/7(木)。ただし5/4(月・祝)は開館
観覧料:一般¥2,200 
https://2026ciurlionis.nmwa.go.jp/

はろるど

アートライター / ブロガー

千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。

はろるど

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千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。