世界の現代アートシーンを牽引する、カルティエ現代美術財団からいま、目が離せない――。
フランスのアート界を支え、パリの中心地に扉を開いた財団の新拠点や多角的なプログラムを特集で解説。さらに、財団が企画し、まもなく東京にやってくる注目の『ロン・ミュエク』展の見どころを一挙紹介する。
フランスのアート界を支える、カルティエ現代美術財団のいま
昨年10月25日、カルティエ現代美術財団の新拠点がパリの中心地パレロワイヤル広場2番地に扉を開いた。
ルーヴル美術館とはリヴォリ通りを挟んで向かい合う立地。19世紀に建設されたオスマン様式の建物は、アーチを持つ歴史的な外壁をそのままに、内部にはジャン・ヌーヴェルの革新的な建築物を内包。
パリの中心地に、古典芸術と現代の最先端をゆくアートが向き合うかたちとなった。
「アーティストに必要なのは創作のための資金と展示の場である」というセザールの言葉をもとに、パリ郊外のジュイ゠アン゠ジョザスにアーティスト用レジデンスと作品展示の場を設け、財団は84年にその扉を開けた。アーティストと創作活動が中心であること、あらゆる形態の創作に捧げられた空間であること、カルティエというメゾンのビジネスと分離することを原則に、同財団は美術館ともプライベートコレクションとも違う、アートとの新しい関係性を提示した。ペランが作成した報告書をもとに考案されたレオタール法によって、87年、フランスにようやく企業によるメセナ活動のガイドラインが制定されたことは、同財団の先見性を物語っている。
財団の転機は、より広い空間を求めてラスパイユ大通りに移転した94年。
ジャン・ヌーヴェルによる周囲と境目のないガラス張りの建物はアート展示に新しい概念をもたらし、ホワイトキューブとは一線を画す展示空間がアーティストを刺激した。
ブラジルやアフリカ、アジアのアートをいち早く紹介し、映画人のアーティストとしての側面を発掘し、いくつもの革新的な展覧会を生んできたカルティエ現代美術財団。
新空間の柿落とし『エクスポジション ジェネラル』展は、現代アートの牽引者となった同財団の、歴史と未来をつないでいる。
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改革を進めるキーマンが見つめる、現代アートと財団の未来
「大事なのは、継続する存在であること。このプロジェクトは移転ではありません。かたちを変え、別の場所で継続していくのです」
2023年から、カルティエ現代美術財団のマネジングディレクターを務めるクリス・デルコンはこう語る。30年以上も親しまれてきたラスパイユ大通りを後に、パリ中心地のオスマン様式の建物へ。再びジャン・ヌーヴェルの手に改装をゆだねた大空間のオープンは、同財団にとって第3の時代の幕開けを告げるものだ。
クリス・デルコン(Chris Dercon)⚫︎1958年ベルギー生まれ。美術史家。ニューヨークのMoMA PS1、ミュンヘンのハウス・デア・クンスト、ロンドンのテート・モダンの責任者を歴任し、2023年よりカルティエ現代美術財団のマネジングディレクターに就任。
アーチが並ぶ19世紀の外壁を残して、ヌーヴェルは内部に6500㎡の展示空間をつくり上げた。11通りの高さに調節できる5つの可動式プラットフォームを備えた大スペースは展示ごとに姿を変え、ガラス張りの壁面は、街とアートを共鳴させる。古典芸術の殿堂ルーヴル、王家の歴史を偲ばせるパレロワイヤルと文化省に囲まれた立地を反映した、伝統と現代を融合する文化施設だ。
「この建築の果たす第一の役割は、街を美術館の中へと誘い込む基盤です。かつてヌーヴェルが、建物を取り巻く庭園とラスパイユ大通り周辺のエリアを取り込んだように、彼の透明な建築の中に作品を置くことは、街にアートを再び返すことにもなります。もうひとつの役割は、展示手段の拡張です。展示は非常に大切な要素。展覧会ごとに、キュレーターとアーティストのチョイスで展示空間が自在に姿を変えていきます」
旧財団の約6倍の展示面積を誇る新スペースだが、今後も空間を分割して使うつもりはない。
「従来の美術館は常設展、企画展、部門別など、セクションを分けた展示をしてきました。いま求められているのは別のタイプの美術館です。カルティエ現代美術財団の特殊性は分野を区別しないこと。現代のクリエイションのすべてを提供し、アーティスト同士の意志から生まれるコラボレーションを支援することです。画家や彫刻家だけでなく、音楽家、映画人、デザイナーや建築家を支援する我々はときに“学際的”と形容されますが、私はむしろ“異分野間”という言葉を使いたい」
企業メセナの先駆者として、その独自性で現代アート界を牽引してきたカルティエ現代美術財団。新しい展示空間を得たいま、どんな方向に進んでゆくのだろうか。
「立地の特殊性に鑑みて、デザイン、建築、アーバニズムの歴史と未来について、さらに探究していくべきだと考えています。またこの空間はライブアートを行うにも理想的。この建物自体がくれるインスピレーションに、スタッフとともに身を任せるつもりです。ここには既存の建築物や美術館では得られない可能性がある。新しいジャンルを創る斬新なアイデアを与えてくれるかもしれません」
オープンから半年を経たいまも、日々新発見は続いている、とデルコンは言う。建物と近隣の街並みが生み出すシナジーも、新しい展示手法へとつながっていく。
「すぐ近くにあるメトロの通路、ギャルリ・ヴァロワでも展示を行いました。パレロワイヤル広場に彫刻コレクションを置く計画もある。リヴォリ通りのアーケードも利用することができるでしょう。財団は建物からはみ出して、パリの都市空間へ、公共の場へと向かっていきます」
石膏オブジェを並べたヴァンサン・ボーランの作品の奥に、サラ・ジーのインスタレーションやアボリジニーのアーティスト、サリー・ガボリの絵画が並び、所蔵作品の多様性がうかがわせる。
「エクスポジション ジェネラル」展 「Exposition Générale」展覧会タイトルの由来は、19世紀にこの建物で行われていた服飾、オブジェ、アートを集めたフェアの名称。ホテルとショッピングモールだった歴史に目配りし、多分野のアートが集まる場であることを示唆している。生態系とその保全を考察する「自然であること」、アート、工芸、デザインの新たな繋がりを語る「ものをつくる」、技術や科学が描く「現実の世界」、そして一時的な建築をテーマにした「建築という装置」の4部構成。展示デザインはフォルマファンタズマ。8月23日まで。
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「外と中をつなぐこの建物自体が、展示のインスピレーションを生む」
財団の所蔵コレクションを構成するのは、過去の展覧会の展示作やプロデュースした作品の数々。これまでヨーロッパのアート界では語られてこなかったジャンルのアーティストや作品にフォーカスを当てる取り組みも多い。
財団が独自に発信する、多角的なプログラム
財団の活動は、建物の枠や展示というかたちを超えて多彩に広がっている。パフォーマンスアートやシンポジウムに加え、新アドレスでは「マニュファクチュール」という300㎡のスペースを構えた。ここではオブジェの素材性を知り、手作業を体験し、その背後にあるコンセプトを学ぶ、クラフトに注目したワークショップを提案する。また海外での展覧会企画はもちろんのこと、市内でもパリ市交通局RATPとのコラボレーションでメトロ構内での展示を開始。壁の外にどんどん飛び出し、街とともに生きる現代アートを体現する。出版活動も展覧会カタログにとどまらない。新アドレスでは大幅に拡張された書店にも注目だ。
Fondation Cartier pour l’Art Contemporain
カルティエ現代美術財団
住所:2, place du Palais-Royal 75001 Paris
TEL:+33(0)1-70-65-47-00 開館時間:11時〜22時(火) 11時〜20時(水〜日)
休館日:月 料金:一般15ユーロ
www.fondationcartier.com
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世界各地で行列を呼んだ、『ロン・ミュエク』展が日本上陸
カルティエ現代美術財団が企画しパリ、ミラノ、ソウルと渡ってきた『ロン・ミュエク』展が東京、六本木の森美術館に巡回する。
その見どころを共同キュレーターのキアラ・アグラディに聞いた。
これまで数多くのアーティストに寄り添ってきたカルティエ現代美術財団。4月29日から六本木の森美術館で個展が始まるロン・ミュエクも、長く関わりを持つアーティストのひとりである。
2005年、フランスのアート機関で初めてミュエクの個展を開催したのが、カルティエ財団だった。続いて13年と23年に開催した個展も、ミュエクのアーティストとしてのキャリア形成に大きく寄与。その際に制作されたレゾネは、彼に関する最も包括的な出版物のひとつとなっている。なお、今回森美術館で開催される個展は、23年の個展の巡回展。ミラノとソウルに巡回した際には、行列ができるほどの反響を呼んでいる。
キアラ・アグラディ(Chiara Agradi)カルティエ現代美術財団 キュレーター ⚫︎2021年より現職。24年からポラロイド財団のキュレトリアル委員会のメンバーも務める。携わったおもな展覧会に『Siamo Foresta』(22年)、『Ilno stro tempo. Ciné Fondation Cartier』(25年)などがある。
ロン・ミュエク(Ron Mueck)⚫︎1958年、オーストラリア生まれ、86年より英国に在住。97年、『死んだ父』が『センセーション』展に出展されて注目を集める。2001年にはベネツィア・ビエンナーレにも参加。以来、世界各地の美術館で作品を発表。
『ロン・ミュエクのスタジオ、ベントナー、2019-2023』作:ゴーティエ・ドゥブロンド 2019-2023年 右側の台座に置かれているのは『騒乱』の模型。さまざまなプロセスを踏み、制作に長い時間を要するミュエクの作品。総作品数が50点ほどしかないのはそのためだ。
ここで、ロン・ミュエクの経歴について触れておこう。もともと彼は、特殊効果やパペットなどを手掛ける作家で、「セサミストリート」やデヴィッド・ボウイ主演の映画『ラビリンス 魔王の迷宮』のキャラクター造形にも関わった。美術家としての転機となったのは、ダミアン・ハーストなど1990年代に脚光を浴びた英国の若い美術家たち、いわゆるヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)をサポートしたコレクター、チャールズ・サーチに見出されたことだ。97年、サーチの蒐集品から新しい美術の動向を紹介する『センセーション』展に出展されたのを機に、一躍注目を集めることになる。なお、そこで展示されたのは、亡き父の遺体を克明に再現した『死んだ父』だ。
肌の血色、シワ、髪の毛や歯、縦線が入った爪など、精緻に再現されるミュエクの作品。それらは「精緻な技法」と称されることもあるが、「私はミュエク作品の魅力は、スケールに対する彼の態度にあると思います」と、カルティエ財団のキュレーター、キアラ・アグラディは話す。
過去にミュエク自身も「等身大でつくることには興味がない。退屈だから」と語っているが、その彫刻は、あるものはモニュメントのように大きく、あるものは極端に小さい。こうしたスケールの逸脱こそ、モチーフが放つ異様なムードを増幅し、見るものの心に大きく作用するのだという。
「彼の作品とじっくりと向き合うほど、現実というより、どこか夢の中にいるような感覚を覚えます。また、彼の卓越した技術は確かに特筆すべきですが、単に姿かたちをそのまま再現することがミュエクの目的ではないように私は思います。ミュエクにとって彫刻とは、観る者をより深い感情や内省へと導くための手段なのでしょう。そのアプローチはまさに唯一無二であり、ミュエク作品の本質だと考えます」
森美術館の個展では、初期の代表作である『エンジェル』をはじめ、財団所蔵の『イン・ベッド』などの彫刻作品11点が展示され、ミュエクの創作の軌跡をたどることができる。
なかでも注目は、日本初公開の『マス』だろう。
100点もの巨大な頭蓋骨の彫刻からなるこの作品は、展示空間に応じて毎回構成が変化し、森美術館では鑑賞者がその間を歩いて鑑賞できるように配置される。
「私が強調したいのは、この東京展はパリ、ミラノ、ソウルでの展覧会を基盤としているものの、それぞれの開催都市の空間的・文化的背景を反映させるために、独自に再解釈され、再構築されているということです」
このプロジェクトは単なる巡回展ではなく、それぞれの場所で独自の経験が得られるようにさまざまな工夫が凝らされているとアグラディは語る。
「だからこそパリ、ミラノ、ソウルと、それぞれの都市で大きな反響を獲得できたのだと思いますし、また同様に東京でも、多くの人の心に響くものになっていると確信しています」
知られざる創作現場に迫る、もうひとつの見どころ
森美術館の個展ではミュエクのスタジオでの制作風景を捉えた映像と写真作品も並ぶ。
最初期に撮影された映像作品『スティル・ライフ:制作中のロン・ミュエク』は、カルティエ現代美術財団が2013年、彼の個展のために企画制作したもの。カメラを向けたのは、これまで数々の芸術家のスタジオを記録してきたフランスの映像監督・写真家のゴーティエ・ドゥブロンド。この試みをキアラはこう語る。
「これは、ミュエクのスタジオでの制作の様子および展覧会の展示風景を、18カ月以上の長期間にわたって撮影してまとめたものです。以降も継続して撮られている写真シリーズとあわせて、彼の綿密で孤独な創作を伝える貴重な記録になっていると言えます」
なによりミュエクは、自身の作品について多 くを語らない作家だ。創作現場から作家の思考 をすくい取り、世に伝えるその試みからは、ミ ュエク芸術の本質に迫ることができるだろう。 本展で余すところなく鑑賞したい。
『ロン・ミュエク』展
会期:2026年4月29日~9月23日
森美術館
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
TEL:050-5541-8600 (ハローダイヤル) 開館時間:10時~22時 (火曜は17時まで)
休館日:会期中無休 料金:一般(平日)¥2,300 (土、日、祝)¥2,500
※オンライン割引あり
www.mori.art.museum/jp/exhibitions/ronmueck
