【『ブーダン展』30年ぶり開催】印象派の先駆者、その知られざる革新性とは|SOMPO美術館

  • 文&写真:はろるど
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『干潮』 1884年 サン=ロー美術館 小さく描かれた人物や船が、その雄大な光景を際立たせつつも、どこかのどかな気配が漂う一枚。潮の引いた海岸が陽光を映して鏡のように輝いている。1884年のサロンに出品され、初の国家買い上げとなった。

19世紀のフランスの画家、ウジェーヌ・ブーダン(1824〜1898年)の国内では30年ぶりの展覧会が、東京・西新宿のSOMPO美術館にて開かれている。「印象派の先駆者」とも呼ばれ、海の情景を多く描いたことで知られるブーダン。そうした海景画のイメージだけでなく、思いがけないほど多面的な魅力に迫る展示の見どころとは?

ノルマンディーの海と空に親しみ、ルーヴルで17世紀オランダ絵画を学ぶ 

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『ドゥアルヌネ湾(フィニステール)のサンタンヌ=ラ=パリュのパルドン祭』 1858年 アンドレ・マルロー近代美術館、ル・アーヴル Le Havre, Musée d’art moderne André Malraux ©MuMa Le Havre / Florian Kleinefenn ブーダンが35歳の時、初めて挑戦したサロンに出品された。画家自身は本作を「初心者の絵」と厳しく評価していたとされる。

ノルマンディー地方の港町オンフルールに、船乗りの家に生まれたウジェーヌ・ブーダン。10歳で漁船の見習い水夫となり、刻々と表情を変える海と空に触れるなかで、自然への鋭敏な感受性を育んでいく。1835年、対岸のル・アーヴルへ移り住むと、家業と決別したのち、1844年には共同で画材店を開業した。ここに顧客であったバルビゾン派の画家らが集い、その交流の中で画家を本格的に志すようになる。

ル・アーヴルから奨学金を得るほどの腕前を示したブーダンはパリへと赴く。しかし特定のアトリエには属さず、ルーヴル美術館での模写を通じて17世紀オランダの風景画や動物画を学んでいった。当初その評価が芳しくなかったものの、サロンに風俗画を出品したことを契機に名が知られるようになり、1860年以降は海辺を主題とする海景画家として注目を集める。そしてノルマンディーからブルターニュにとどまらず、ボルドーやオランダなどへと活動範囲を広げていった。

人物と建築、ブーダンのまなざしの広がり 

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『カイユーの風車』 1890年頃 個人蔵 風車はオランダ絵画の黄金時代に、画家たちが好んで描いたモチーフの一つ。この地方の風景に「何の特徴もない」と記しながら、ブーダンはたびたびカイユーを訪ねたという。

ミレーが肖像画で生計を立てた先例にならい、まず肖像画に取り組んだ若き日のブーダン。現存する肖像画の多くは身近な人々を描いたもので、妻をモデルとした『マリー=アンヌ・ブーダンの肖像マリー』などを見ることができる。また「私は人物を描きたい」と語った彼は、風景においても人物群像に関心を寄せていた。サロンに初めて出品し、多数の巡礼者を描いた『ドゥアルヌネ湾(フィニステール)のサンタンヌ=ラ=パリュのパルドン祭』も初期の重要作として位置付けられる。


建築もブーダンが生涯を通して見つめ続けた主題の一つだ。このうち『カイユーの風車』とは、ソンム川河口の南に位置する海辺の町、カイユーに建つ風車を描いたもの。近代化の進展により、次第に姿を消しつつあった風車を、旅の道中にて描きとめている。また晩年、憧れの地であったヴェネツィアを訪ねると、サン・マルコ広場の鐘楼やドゥカーレ宮殿といった、「水の都」を特徴付ける建築物を光と大気に満ちた風景の中に捉えた。---fadeinPager---

一枚の牛の絵から見て取れる、表現の革新性

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『海辺の牛』 1880〜88年 アンドレ・マルロー近代美術館、ル・アーヴル 友人に「(動物画に)習作のような外観を残す」よう努めていると語ったブーダン。こうした奔放な描写を不手際と捉える愛好家たちの反応を、むしろ楽しんでいたと言われている。


17世紀オランダ絵画に学んだブーダンは、画面の大半を空が占める構図を積極的に取り入れる。ル・アーブルに近いサン=タドレスの浜辺を描いた『干潮』は、中でも異例の大きさを誇る一枚。沈みゆく夕日によって、広い空がオレンジから黄色、グレーのグラデーションに染め上げられている。またこうした空をはじめ、樹々や海を描いた素描も見どころだ。コローから「空の王者」と称えられたブーダンの描く空は、油彩、素描のいずれにおいても魅力に満ちあふれている。

一方で牛を主題とした『海辺の牛』に目を向けたい。19世紀フランスでは家畜を描いた風景画が人気を集め、特に1880年代にはトロワイヨンの手がけた牛の絵が一世を風靡する。ブーダンもまた画商の求めに応じて牛を描くものの、ここではトロワイヨンの表現とは異なり、粗放な筆致と簡潔な色面が見てとれる。当時としては未完成とも受け止められかねないが、むしろ抽象性を帯びた描写こそ、「印象派の先駆者」たらしめるゆえんといえる。

自然の瞬間を切り取る。ブーダンの「海景画」の新しさとは?

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『ベルク、出航』 1890年 ランス美術館 ベルクは中世以来、漁業と交易で栄えた北仏の港町。19世紀になると保養地として注目を浴び、パリから鉄道で3時間という近さもあって、多くの人々を引き寄せた。


ブーダンの海景画は何が新しいのだろうか。その核心をなすのが「瞬間性」である。当時まだ流行していた、嵐や難破といった劇的な効果を強調するロマン主義的な海景に対し、ブーダンは目の前の海をありのままに見つめ、移ろう空や光の一瞬を鋭く切り取って描く。終の住処としたドーヴィルの海岸を舞台とする『ドーヴィル』や、白い飛沫をあげる波間を船団が颯爽と進む『ベルク、出航』には、自然の瞬間をとらえようとする彼の美意識が見事に結実している。

作品を時系列に紹介するのではなく、海景、空、建築、動物など8つの切り口から画業を読み解く本展。油彩、素描、パステルなどを含む全114点は、いずれもフランスを中心とするヨーロッパの美術館、および個人コレクションにて占められている。これまで印象派関連の展覧会で取り上げられることがあっても、主役になる機会が少なかったブーダン。しかし印象派が注目を集めるいまこそ、近代風景画に新たな風を吹き込んだ革新性をあらためて見つめ直したい。

※画像写真の無断転載を禁じます。

『ウジェーヌ・ブーダン展―瞬間の美学、光の探求』

開催期間:開催中~2026年6月21日(日)
開催場所:SOMPO美術館
東京都新宿区西新宿1-26-1
開館時間:10時〜18時 ※金曜は20時まで
 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月(ただし5/4は開館)、5/7
観覧料:一般¥2,000(当日券) 他
https://www.sompo-museum.org

はろるど

アートライター / ブロガー

千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。

はろるど

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千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。