【京都の街がまるごと写真展会場に】KYOTOGRAPHIE 2026、注目展示を巡る

  • 写真・文:中島良平
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イギリスのパンクバンド、Buzzcocksのシングル「Orgasm Addict」のジャケットに使用され、センセーションを巻き起こしたリンダー・スターリングを象徴する作品のひとつ。

今年で14回目を迎え、5月17日まで開催されている『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026』。京都市内の神社仏閣や町家、廃墟までが会場となり、国内外の写真家たちによる魅力的な写真展の数々が行われている。注目の展示をレポートしたい。

今年のテーマは「EDGE」。そのテーマが意味する「際(きわ)」とは、不確実性に満ちた場所であり、同時に可能性の生まれる場所でもある。記録と芸術、真実と虚構のあいだを揺れ動いてきた写真というメディウムで表現される「EDGE」とは? まず、京都文化博物館 別館で開催されているリンダー・スターリングの展示から紹介したい。

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「手術用のメスやハサミを用いて、治療を施すような気持ちでフォトコラージュを制作した」と話すリンダー・スターリング。

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フォトコラージュに込めた女性の叫び。

展覧会タイトルは『LINDER: GODDESS OF THE MIND』Presented by CHANEL Nexus Hall。1970年代後半、リバプール出身のリンダーはパンクシーンの拡大とともに注目が高まった。その作品のひとつが、男性向け雑誌に掲載された女性のヌード写真と、女性誌に掲載された調理や掃除用の家電製品の写真を組み合わせたフォトコラージュのシリーズ「Pretty Girls」だ。男性が女性に向けた欲望の眼差し、女性は家庭に縛り付けられるべき存在という従属関係などへの抵抗を作品に表現した。そのヴィジュアル感覚はまったくもって古びることがない。リンダーはこう語る。

「つい先日、16歳の女の子がこの作品を見て、ここに写っている女性が貶められて落胆しているようには見えないと言っていました。人間としての生々しさと、機械の強さを併せ持ったサイボーグのようだと、ポジティブに見てくれていた。私はアートがそのように、制作されてからの50年を経て、異なるコンテクストにおいて異なる意義を獲得できたことがとても嬉しかったです」

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「Pretty Girls」1977-2007年

時を超えて異なる意義を持ち、制作当時の作者の意図を超えてイメージが共有される。リンダー・スターリングの展示を見ていると、フェミニストの先駆け的な存在として表現を行っていた70年代当時のパワフルさを持ちながら、フォトコラージュやステージドフォトのように演出を加えた写真表現を通して、自由にヴィジュアル表現を現在も展開していることが伝わってくる。

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花も彼女にとって重要なモチーフのひとつ。左の作品『The Goddess Who Lives in the Mind』は2020年に発表された近作のひとつ。

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ロンドンに呼ばれて。

ミュージシャンのポートレート撮影からキャリアをスタートした、アントン・コービンの個展『Presence』Supported by agnès b. With subsidy of the Embassy of the Kingdom of the Netherlands が嶋䑓(しまだい)ギャラリーで行われている。オランダ出身のコービンは17歳のときに父親から古いカメラを譲り受け、街の広間で演奏するバンドの撮影を始めた。音楽雑誌に送ると見事に採用され、音楽を撮影することにのめり込んでいく。

そして1979年、「ミュージシャンを撮るならば」と、ロンドンに移り住む。「ロンドンが私を呼んでいたんです。ザ・クラッシュのアルバム『London Calling』が発売されたのが翌年だから、私がそう感じたのも間違いではなかったのでしょう」と笑いながら話す(注:『London Calling』リリースは1979年の年末)。マイルス・デイヴィスやU2、ローリング・ストーンズ、エルビス・コステロ、ニルヴァーナなど、撮影したミュージシャンの名を挙げると枚挙にいとまがない。

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アントン・コービン 背後に展示されているのは、クラフトワークのポートレート。
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中央の写真に写るのはイギー・ポップ。ロケーションは、ニューヨークのセントラルパークだ。「セントラルパークというパブリックな空間での裸の撮影だったから、撮影時間は極力短く、スピーディーに撮って現場を後にしました」

キャリア初期の15年は音楽のことしか考えていなかったというが、やがて興味は映画や文学、アートなどに広がり、あらゆるジャンルの人物撮影を続けることになる。粒子の粗いフィルムの質感と、被写体となる人物とコービンのセッションの空気感とがシンクロしたような写真の数々が鑑賞者の目を釘付けにする。

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展示は「Cemetery」のテーマで締めくくられる。写真に写るのは、坂本龍一が作曲した「戦場のメリークリスマス」のメインテーマにボーカルで参加したデヴィッド・シルヴィアン。

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複数の時間軸が光の元に交錯する。

江戸中期の京都を代表する儒学者、皆川淇園によって1808年に創立した学問所の跡地に建つ有斐斎 弘道館では、ジュリエット・アニェルが『光の薫り』Presented by Van Cleef & Arpels と題する展示を開催している。彼女が目指すのは、「世界の振動」を可視化すること。

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ジュリエット・アニェル『光の薫り』展示風景

ソルボンヌ大学の鉱物標本コレクションを人物のポートレートのように撮影した「石の記憶」、西アフリカ・ベナンのザンスー財団の研究用庭園で夜間に植物を撮影した「ダホメの精霊」という2シリーズと、8mmフィルムを使用し、苔で覆われた静謐な世界を屋久島で撮影したモノクロ映像作品『悠久』で構成。有斐斎 弘道館の庭の石や植物、苔蒸す空気が作品と呼応する。アニェルは「ダホメの精霊」についてこう説明する。

「ベナンのザンスー財団の研究用庭園は、財団が何もない土地を購入したら、その気候帯には生えるはずのない植物が生え始めたことで造園されました。4500年前に大規模な気候変動(通称ダホメ・ギャップ)が起き、ベナン一帯は砂漠から亜熱帯へと変わったのですが、ザンスー財団が購入した土地に、砂漠だった時代の地質に生き残った種子が芽を出して育ち始めたのです。ブードゥー教が生まれたこの土地で、別世界への扉が開くといわれる夜の時間帯を選び、スモークを焚いて様々な色の光を当てて撮影を実施しました。植物の存在にフォーカスしながら、その場所に息づく精霊の存在を写真に収めようと考えたのです」

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ジュリエット・アニェル
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「ダホメの精霊」シリーズより

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森山大道と南アフリカの写真家2名による個展が京都市京セラ美術館本館2Fで同時開催。

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森山大道『A Retrospective』 Presented by Sigma 展示風景より。グラフィックデザイナーのおおうちおさむ(ナノナノグラフィックス)によるセノグラフィは、年代を追って作品を鑑賞する動線を空間全体の矢印で導き、中央の台に写真集や雑誌を置くことで、そうしたメディアと写真表現の可能性を探求してきた写真家の軌跡を体感させるもの。

京都市京セラ美術館 本館を会場に、3名の写真家の展示が行われている。ひとつは、日本を代表する写真家のひとりによる森山大道『A Retrospective』Presented by Sigma。もうふたつは、「SOUTH AFRICA IN FOCUS」と題する特集展示より、2名の写真家の個展だ。ひとつは、アパルトヘイト時代に黒人たちが置かれた目も背けたくなるような現実を世界に知らせるために、撮影を続けたアーネスト・コール『House of Bondage|囚われの地』 Supported by Cheerio In collaboration with Magnum Photos。もうひとつは、年代も国籍も問わずポートレートの撮影を続けるピーター・ヒューゴ『光が降りそそぐところ』。

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森山大道「PRETTY WOMAN」2017年 さまざまな姿の女性像を手がかりに、現代の都市生活と消費社会のありようを浮き彫りにするシリーズ。強烈な色彩とダークなモノクロームで構成され、鑑賞者に自分たちが暮らす欲望まみれな社会の空虚さを突きつけてくる。
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1967年に刊行された同タイトルの写真集をベースとする写真展、アーネスト・コール『House of Bondage|囚われの地』は、写真集の章立てに合わせ、「追放」「貧困の継承者たち」「従属のための教育」などテーマごとに人種隔離政策下の南アフリカの現実を伝える内容。
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「ブラック・インジェニュイティ——黒人の創意」と題する章では、音楽や演劇など表現の現場に取材した写真を紹介。一方でその創造性は、白人たちによって商品化され、消費される現実があった。その複雑さが一連の写真から伝わってくる。
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ピーター・ヒューゴ『光が降りそそぐところ』展示風景より 娘が生まれる瞬間から死の床につく父親の姿を写した写真まで、過去23年にわたり撮り溜めたポートレートで構成されるこの展示を通して、作家は生から死に至るあらゆる場面を感じさせようと試みる。
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自身の中年期の視点から、過去と未来の両方を同時に等しく見つめることができると実感したことが、このシリーズを構想するきっかけとなったという。

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富山とシャンパーニュを結ぶ。

日本人写真家の展示でもうひとつ注目したいのが、祇園のASPHODELで開催されている柴田早理『Dotok Days』Ruinart Japan Award 2025 Winner, Presented by Ruinart。富山県南砺市の山あいで生まれた柴田は、民藝運動の祖、柳宗悦が南砺の精神風土を表す言葉として用いた「土徳(どとく)」という語に着目した。名もない人々の営みや祈りが土地に積み重なり、暮らしの足元を支えている——「土徳」が示すのはその感覚だ。

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「子どもの視線がやがて祖母の視線へと近づき、誕生と喪失がひとつの円をなしていると感じ、その円は土地に積み重なってきたもっと大きな円の一部」であることに気づいたことから「土徳」について改めて考えたという柴田早理。

『KYOTOGRAPHIE 2025』でルイナール・ジャパン・アワードを受賞した柴田は、世界最古のシャンパーニュ・メゾンであるルイナールの本拠地、フランス・ランスに赴き、滞在制作を行った。葡萄畑で剪定と収穫に携わり、発酵と熟成によってワインを生み出す一連の営みは、「土徳」の土地で育まれた身体感覚と響き合ったという。

写真に登場する女性は、すべて柴田のセルフポートレート。南砺の女性たちが農作業の際に着る、古い着物をリメイクした野良着を地元で購入し、ランスで撮影することで、同じ太陽のもとでふたつの土地がつながる様子を表現した。

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バルビゾン派の画家、ジャン=フランソワ・ミレーの『落穂拾い』にインスパイアされ、南砺の野良着を着てその作業の様子を再現した。
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南砺もランスも同じ太陽で照らされている。同じ光を浴び、植物たちは育ち、そこに暮らす人々の営みを支えている。そんな思いから、光をモチーフに作品を手がけた。

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多様な手法で記憶を紡ぐ。 

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レボハン・ハンイェ『Ke Lefa Laka: Her-story』2013年

神社仏閣に展示が繰り広げられるのも、KYOTOGRAPHIEお馴染みの光景だ。東本願寺の大玄関で開催されているのは、レボハン・ハンイェ『記憶のリハーサル』Presented by DIOR。こちらも「SOUTH AFRICA IN FOCUS」の企画のひとつだ。4つの主要なシリーズで 構成されるこの展示は、家族、国家、そしてアイデンティティの形成における不在、継承、想像力の役割について探究する。入口に展示されているのが、『Ke Lefa Laka: Her-story』。母親の死から2年後に手がけた作品だ。

「家族写真のアルバムを開き、母が着ていた服を自分が身につけ、昔の写真が撮影された場所を訪れてフォトモンタージュの手法で母親の姿に自分自身のイメージを重ね合わせました。母が写る写真の情景を再演し、世代を超えて行われる継承を表現しました」

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『Ke Lefa Laka: Her-story』を前にして、作品の説明をするレボハン・ハンイェ。

彼女の探究と表現は多様な形に展開する。自身の姓「ハンイェ(Kganye、あるいは Khanye)」の意味を探求し(南アフリカの言葉で「光」を表す)、手がけたのが、等身大のシルエット像によって入り組んだ家系図を思わせる立体迷路のようなインスタレーション『Mohlokomedi wa Tora』。あるいは、『Keep the Light Faithfully』は、ライトボックスのジオラマで、南アフリカの孤独な灯台守を表現した作品だ。南アフリカの人々の暮らしを支える存在として描いている。パッチワークを駆使し、家族の記憶の継承を表現した作品もある。 

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『Keep the Light Faithfully』2022年

紹介したのはあくまでも展示の一部だ。DELTA|KYOTOGRAPHIE Permanent Spaceが位置する出町枡形商店街や、普段は一般公開されることのない重信会館など、見逃せない展示はまだまだたくさんある。ぜひ会期中に京都に足を運び、可能性に満ちた写真表現を味わってほしい。

『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026』

開催期間:開催中~5月17日(日)
開催場所:京都市内各所

TEL:075-708-7108(KYOTOGRAPHIE事務局)

開館時間、休館日はプログラムにより異なる

パスポートチケット:一般¥5,800(紙パスポート料金:¥6,000)ほか
※無料会場あり/一部会場は別途要入場料/各種割引あり。詳細はホームページまで
https://www.kyotographie.jp/