Myron Kunin Collection of American Art, Minneapolis, MN photo: Curtis Galleries, Inc. ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
20世紀アメリカの具象絵画を代表する画家アンドリュー・ワイエス(1917〜2009年)。故郷ペンシルヴェニア州と、夏を過ごしたメイン州を拠点に、アメリカの土地やそこに生きる人々の姿を生涯にわたって描き続けた。没後初となる回顧展が7月5日まで東京都美術館にて開催中だ。
身近な風景や人物を描きながら見つめたものとは
1917年、ペンシルヴェニア州チャッズ・フォードに5人きょうだいの末っ子として生まれたアンドリュー。幼少期は虚弱体質で小学校に通学できず、家庭教師をつけていた。一人で自然の中を散策し想像の世界に浸った経験が、のちに画家としての創造性を育んでいった。一方、メイン州のポート・クライドには父が構えた夏の家があり、ワイエスは亡くなる前年までこの場所を訪れた。
Philadelphia Museum of Art: Gift of the Honorable Walter H. Annenberg and Leonore Annenberg and the Annenberg Foundation, 2007-13-3 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
今回の展示作品の中心となるオルソン・ハウスとその住人であるクリスティーナが描かれた舞台が、メイン州である。ワイエスが年上の女性、クリスティーナと出会ったのは1939年のこと。当時46歳だったクリスティーナは進行性の病により脚が不自由であったが、他人の助けに頼ることなく自立した生活を送っていた。肖像画『クリスティーナ・オルソン』では、光溢れる戸外と深い影に彩られた屋内との境界にクリスティーナが腰掛けている。彼女が見つめる先にあるものは何なのか。生前、ワイエスが語った「アメリカを描く」という表現にそのヒントがありそうだ。
©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
クリスティーナと弟のアルヴァロが酪農や農作業をしながら暮らしたオルソン・ハウスは18世紀にさかのぼる歴史を持つ家だ。この土地はかつて清教徒がアメリカに渡って入植し、「ニューイングランド」と名付けられた地域であり、アメリカ合衆国の歴史において重要な意味をもつ。またクリスティーナの父がスウェーデンからの移民であったことから、この家は移民によって形成されてきたアメリカという国のなりたちを象徴する存在でもあるのだ。
Gift of an Anonymous Donor, Cummer Museum of Art & Gardens, Jacksonville, Florida, USA ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
「境界」をキーワードにした本展覧会では、人間と自然、生と死といったテーマがオルソン・ハウスを舞台に繰り返し登場する。鉛筆の力強い線と濃淡によって描き出された人間の気高い精神性、水彩で表された海風の気配、ドライブラッシュ技法により幾重にも塗り重ねられた穏やかな日常の一コマ、そしてワイエスが最も気に入っていたテンペラ技法で描かれた土や木々の質感。作家の息遣いが感じられる筆致により、鑑賞者はその場に引き摺り込まれるような感覚に陥る。第二次世界大戦後のアメリカのアート界では抽象表現主義やネオ・ダダ、ポップ・アートなどが脚光を浴びていたが、ワイエスはそれらの動向とは距離を取り続け、独自の絵画世界を築き上げた。
Collection of the Farnsworth Art Museum, Rockland, Maine, Bequest of Betsy James Wyeth Trust, 2021.1.1 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
もう若くない女性と老朽化した家に畏敬の念を抱き、描き続けたワイエスの視線を追体験することで、私たちはどこからきてどこへ向かうのか? という人間の根源的な問いに向き合うことになるだろう。
『東京都美術館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展』
開催期間:開催中〜2026年7月5日(日)
開催場所:東京都美術館
東京都台東区上野公園8-36
開室時間:9時30分〜17時30分 ※金曜日は〜20時(入室は閉室の30分前まで)
休室日:月 ※6/29(月)は開室
https://wyeth2026.jp/