IWCシャフハウゼンが「ウォッチズ&ワンダーズ2026」で示したのは、単なる技術革新にとどまらないエンジニアリングの広がりだった。有人宇宙飛行のためにいちから設計された新作「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」を軸に、ブランドの核にある思想について、CMOのフランチェスカ・グゼルに話を訊いた。
有人宇宙飛行のために設計された、次世代ウォッチ「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」
60を超えるブランドから新作が一堂にお披露目される、世界最大級の時計の祭典「ウォッチズ&ワンダーズ」。今年のIWCシャフハウゼンのブースは、宇宙ステーションの内部を思わせる空間だった。ハニカム状のモニターエリアには宇宙から見た地球の姿が映し出され、ブランドの核にある「エンジニアリング」の精神を、宇宙というテーマで表現していた。では、IWCにとってエンジニアリングとはなにを意味するのか。グゼルは語る。
「『エンジニアリング』はブランドの軸となるコンセプトであり、より高い機能を追求するにあたって必要不可欠な考えでした。しかしそうしたテクニカルな側面と同時に、エンジニアリングとは可能性の限界を押し広げ、問題の解決を目指す行動であり、私たちの精神や心のあり方を意味するのです」
IWCが「ウォッチズ&ワンダーズ2026」のテーマとして掲げた「エンジニア・ソサエティ」を象徴するムービーでは、近未来のファクトリーが描かれている。そこでは、ラボラトリーのような最先端の開発現場や、スタッフたちが庭園のような中庭で休憩を過ごすシーンが映し出されていた。セットのようだが、どこか見覚えのある建築は、なんと国立京都国際会館で撮影されたという。
「エンジニアというのはやはりどうしても堅いイメージがあって、そのイメージを少し壊すという意向や、私たちが持つユーモアという精神をアピールするため、このような映像をつくりました。特に『レトロステージング』という考えは、過去を遡ることによって未来とのつながりを持ち、AIの時代では必要不可欠なアプローチだと思います。京都にそういった空間があったところが幸いでしたね」
そう言って微笑みながらグゼルが見せてくれた新作「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」は、有人宇宙飛行と宇宙空間での計時に応えるため、専用設計・開発された次世代のツールウォッチだ。昨年、IWCが技術協力提携したブランドパートナーであり、次世代宇宙ステーションを開発するVast社による厳格なテストを受け、2027年に打ち上げ予定の「Haven-1」でのフライトに向けて、宇宙飛行認証を取得している。
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宇宙を目指すその先にある、人間のエモーション
「現在、我々が住んでいる地球の未来にはこの先限界があり、やはり宇宙探検というのは誰もが興味を持つテーマではないでしょうか。確かに宇宙飛行士としてこの時計を身につける確率は、実際には0.0003%程度でしょう。けれども、それがIWCが哲学として持つ、人類が未来に向けた哲学であり、ビジョンであることをより多くの人たちに提示したいと思います」
宇宙から帰還した宇宙飛行士のなかには、哲学者や作家に転身したケースも少なくない。最先端のエンジニアリングが目指す先には情緒や感情といった人間のエモーションがあるのだろうか。
「Vastが現在手掛けているスペースシップは、内部は木を多用したデザインになっています。これまでのスペースシップはすべて機能のみを考えたクリーンルームのような環境だったので、より人間に優しい、地球での生活を思わせるような環境づくりといえるでしょう。そして24時間で16回もの日の出と日の入りを体験する宇宙空間において、この腕時計を身に着けることで、宇宙飛行士が常に地球や地上とのつながりを維持できることも役割のひとつなのです」
遥かな宇宙空間に浮かぶスペースシップで、木の温もりや機械式時計の刻む時に心を和ませる。そんなSF的な光景が目に浮かぶ。そしてこの時計を手にすることで、宇宙飛行士とも気持ちを通じ合わせることができるかもしれない。
「やはり腕時計の役割のひとつには、人との会話のきっかけをつくることがあると思います。この腕時計は、4人の宇宙飛行士のために設計開発され、グローブを着けた時でも操作できるように機構やデザインが工夫されています。宇宙飛行士でなくとも、この時計を身に着けることで、そうした細部を楽しみ、周囲の人たちと想像の世界を共有できるのも魅力ではないでしょうか」
「それはパイロット・ウォッチで飛行機乗りの気分を味わい、大空への夢を馳せることと同じですね?」と尋ねると、グゼルは「まさに」と答えた。
「冒険心というか、挑戦する気持ちこそが約90年にも遡るパイロット・ウォッチの原点であり、その歴史の重さとヘリテージの価値はいまも変わりません。パイロット・ウォッチを身に着ける誰もが、そういった冒険心や挑戦心を抱けるのではないでしょうか」
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「エンジニアリング」の思想が体現された、IWCの2026年の新作3本
1. パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ
専用グローブを着用した宇宙飛行士の指先でも操作できるよう、新開発の回転式ベゼルシステム(特許出願中)を搭載し、リューズを使うことなく、ムーブメントの巻き上げやホームタイム、ミッションタイムの設定といったすべての機能を制御できる。ケース側面にはロッカースイッチを配置し、操作する機能を切り替える。通常の時分秒針に加え、外周の24時間スケールでミッションタイムを示す専用針を装備。宇宙空間でも24時間周期を把握できることで、作業と睡眠のルーティンを維持に役立つ。宇宙飛行認証を取得した初のIWCウォッチだ。
2. ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・セラリューム
昨年コンセプトウォッチで発表した独自の発光セラミック技術である「セラリューム」を実用化した。発光顔料の専門会社RCトリテックとIWCのエンジニアリング部門XPL(IWCエクスペリメンタル)が長年にわたる協業で開発し、ホワイトセラミック粉末とスーパールミノバ顔料の配合によってケースがブルーに発光する。文字盤や針、ストラップにも夜光塗料を施し、暗所では全体が浮かび上がるという、存在感ある大径ケースに相応しい新技術だ。永久カレンダーは、リューズひとつでカレンダー調整できる操作性と約7日間の長時間駆動を備える。
3. ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・プロセット “プティ・プランス”
1985年、クルト・クラウスが開発した革新的な技術で始まったIWCの永久カレンダーの伝統は新たな幕を開けた。それは「IWCプロセット」と名付けられ、従来のコレクターを使わずリューズのみでできる操作性に加えて、カレンダーを前進後退の両方向に調整できるようになり、複雑機構がさらに簡易かつ実用的になった。北半球と南半球の月相を表示するダブルムーンもIWCプロセットをベースに再設計し、従来の577.5年から1040年にわずか1日の誤差に向上。サン=テグジュペリ財団とのコラボレーション20周年を記念したディープブルー文字盤にも映える。

柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
IWCシャフハウゼン
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