IWCの傑作3選。宇宙へ挑む最新作と名作に宿る、エンジニアリングの思想【腕時計のDNA Vol.27】

  • 文:柴田充
  • イラスト:コサカダイキ
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右上:「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」有人宇宙飛行ミッションに向け、4人の宇宙飛行士が着用するために専用開発された。右下:「ポルトギーゼ・クロノグラフ」文字盤の外周には精密な目盛りを記し、簡潔なデザインは計器を思わせる。左下:「インヂュニア・オートマティック 35」刷新したコレクションに新たなケースサイズが加わった。35㎜に凝縮したことでアイコニックなデザインがより際立つ。

連載「腕時計のDNA」Vol.27

各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。

「ウォッチズ&ワンダーズ 2026」のIWCブースは、昨年テーマにしたF1とは打って変わり、宇宙ステーションを再現した。熱狂的なスピードの世界と最先端の宇宙工学の領域。両者は異なれど、そこに通底するのはエンジニアリングであり、これほどブランドを象徴する哲学はないだろう。

IWCの歴史は、1868年に米国の時計技師でエンジニアのフロレンタイン・アリオスト・ジョーンズがスイスを訪れ、それまでの伝統的な時計づくりにアメリカ仕込みの近代的な製造体制を持ち込んだことに始まる。それは、ライン川の水力発電を利用した大規模な生産体制であり、根幹となったのはまさにエンジニアリング的な発想だったのだ。

以降、独自の技術革新は、航海に由来する精度や大空を飛ぶための堅牢性、サーキットの勝敗を決する高速計時など陸海空のフィールドを席巻し、複雑機構や先端素材の開発などあらゆる分野におよぶ。スイス時計でもこれだけの多様性を持つブランドは限られる。そしてそこに貫かれるのもエンジニアリングなのだ。

だがそれは技術的な側面だけではなく、可能性の限界を押し広げていく心のあり方や意識であり、問題を解決するために行動する精神にほかならない。それがIWCの定義するエンジニアリングであり、だからこそ生み出す腕時計のベクトルは広がり、尽きることはないのである。

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新作「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」

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パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ/回転式ベゼルとケースバックは、チタンの軽さとセラミックの硬度や耐傷性を併せ持つセラタニウムを採用。自動巻き、セラミックケース、ケース径44.3㎜、パワーリザーブ約120時間、ラバーストラップ、10気圧防水。¥4,079,900

初の宇宙飛行認証を取得し、宇宙の時に挑む

過酷な環境での使用に耐えるツールウォッチもさまざまあるが、その究極がスペースウォッチだろう。新作「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」は、有人宇宙飛行と宇宙空間での計時のため、特別に設計・開発された。

2025年、IWCは宇宙居住技術企業VAST社と技術協力提携し、同社の公式タイムキーパーを務めることを発表した。VAST社は現在、国際宇宙ステーション(ISS)の後継となる世界初の商用宇宙ステーション「Haven-1」の建設を進めており、そこで滞在する4人の宇宙飛行士がこれを着用する。

振動や圧力変化への耐性、船内の環境と素材の適合性など厳密なテストを経て宇宙飛行認証を取得した、IWC初のスペースウォッチだ。

最大の特徴は、専用グローブを着けた指先でも操作できるようリューズを省き、すべての操作を回転式ベゼルでできることだ。巻き上げや時分針の調整など機能の切り替えはケースサイドのロッカースイッチで行なう。シンプルな文字盤には通常の時分秒針のほか、白いV字型の先端を持つ24時間式の第2時間帯表示針を備える。時分針と同期することで昼夜を表示し、24時間で16回もの日の出と日の入りが訪れる宇宙空間でも生体リズムを維持させる他、通常のGMT機能として地球上の異なる時間帯にも合わせられる。

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定番「ポルトギーゼ・クロノグラフ」

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ポルトギーゼ・クロノグラフ/2019年以降、自社ムーブメントの「Cal.69355」を搭載。双方向による高効率なローター巻き上げや、コラムホイール式の心地良い操作も味わえる。自動巻き、SSケース、ケース径41㎜、パワーリザーブ約46時間、シースルーバック、ブルーのアリゲーターストラップ、3気圧防水。¥1,338,700

計器を思わせるデザインに宿るブランドの精神

ポケットウォッチの時代を想起させるクラシックな大径ケースに、ドイツの工業製品に通じる理路整然とした端正なデザインが高く支持されているのがポルトギーゼ・クロノグラフだ。ひけらかさずとも漂う品格と存在感はとくにビジネスパーソンに人気が高い。

誕生のきっかけは、1930年代にふたりの貿易商がIWCを訪れ、船舶用クロノメーターに準ずる精度をもつ腕時計を依頼した。これに応えるため、高精度を誇る懐中時計用ムーブメントを腕時計に換装し、視認性も備えた。誕生した39年当時、約42㎜というサイズは、腕に納めるには特異だったが、それは精度と堅牢性の証となる。依頼者がポルトガル人だったことからそれはポルトギーゼと名づけられたのだった。

初代誕生から半世紀以上を経た93年に限定モデルとして復刻され、98年には自動巻きのクロノグラフが登場した。これが大ヒットし、ブランドを代表する定番コレクションとして現在に至る。

大径ケースに対しベゼルを細く絞り、全面に広がった風防の下、文字盤には繊細な針と数字インデックスが優美と視認性を両立する。インダイヤルは上下に配置し、スポーツクロノグラフとは異なる、精密計器のような雰囲気も人気の理由だ。

さらなる完成度を求めて、ムーブメントをはじめ、多くの改良を重ねてきてもその佇まいを変えることはない。それは優れたデザインを証明し、衆目を集めるような"変化のための変化はしない"というブランドの精神を宿すのである。

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通好み「インヂュニア・オートマティック 35」

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インヂュニア・オートマティック 35/搭載する「Cal.47110」は、駆動時間は約42時間で、40㎜径の約120時間には劣るが、両方向巻き上げなど機構は変わらず、小径と薄型を実現する。自動巻き、SSケース&ブレスレット、ケース径35.1㎜、パワーリザーブ約42時間、シースルーバック、10気圧防水。¥1,681,900

エンジニアリングの追求が到達したモダニズム

数あるラグジュアリースポーツウォッチのひとつとして捉えられがちだが、その誕生は1955年に遡り、高い磁性環境に従事する研究者や技術者、医療関係者のために、パイロットウォッチで培った高耐磁性の技術を応用して開発した。エンジニアを意味するモデル名もそこから付けられたのだった。70年代に入ると、その先進性にふさわしいデザインを纏う。これを手がけたのがあのジェラルド・ジェンタだ。それまでの機能優先のプロダクトデザインの枠を越えて、アートともいえる領域に引き上げることで、76年に生まれた「インヂュニアSL」は現在に続くデザインのDNAになったのだ。そして今年はデザインの誕生から記念すべき50周年を迎えた。

ベゼルに設けた5本のビスと一体型ブレスレットを備え、文字盤にはグリッドパターンを施す。これをさらに人間工学に基づいてリファインし、魅力を一新して蘇らせたのが2023年に登場した現行コレクションである。

新作では、これまで40㎜径だったベーシックな自動巻きに35㎜の新しいケースサイズが加わった。5㎜というダウンサイジングにも関わらず、細部まで熟考され整えられたプロポーションは、基本デザインを崩すことなく、存在感も変わらない。手にすればその心地良さに驚くだろう。そこにはディーター・ラムスが唱えた「Less, but better(少なく、しかしより良く)」というミニマリズムの思想を反映するのだ。

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研ぎ澄まされた機能美に人間味があふれる

今年、宇宙をテーマにプレゼンテーションしたIWCだが、そこでは未知の領域への挑戦と並んで、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ財団との20年にわたるパートナーシップを記念し、代表作「星の王子さま」のオブジェが飾られ、コラボレーションによる新作を並べた。

幼い王子が故郷の星を離れ、壮大な宇宙の旅の間、孤独な中にもそこで出会うものと愛や喪失、友情について会話を交わす。それはヒューマニズムという時を超えた深遠なるテーマであり、そんな天空に広がるロマンチシズムもまたIWCの魅力である。

IWCの時計を手にすると、視認性や操作性に優れ、余分な装飾をそぎ落としたミニマリズムは洗練された知性を感じさせる。それは、スイスでもドイツ寄りのシャフハウゼンという地に位置し、いち早くエンジニアリングの発想を取り入れた歴史的経緯もある。だが機能と品質、効率を重視する一方で、どこか温もりあふれる人間味が伝わってくるだろう。それは、流行に流されないタイムレスな機能美やどんな複雑機構にも直感的に扱える操作性であり、時間と向き合う時計という道具の本質とともに、時がもたらす充足感や高揚感など人間の感性にも訴えるのだ。

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柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。

IWCシャフハウゼン

TEL:0120-05-1868
www.iwc.com/jp/ja/home.html

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