革職人のクラフツマンシップを源流に持つロエベ。1988年、4代目エンリケ・ロエベはさまざまな分野のクリエイションの促進や文化遺産を保護するためのロエベ財団を設立した。その活動のひとつとして世界中で注目を集めているのが、年に一度開催される「ロエベ財団 クラフトプライズ」だ。去る5月12日、ナショナル・ギャラリー・シンガポールで開催された展覧会と表彰式に、ゲストとしてダンサーの田中泯が参加。現代における“クラフト”の意義について話を聞いた。
クラフトワークとは、人が見える仕事
既存のジャンルを超えたダンサーとして世界各国で公演を続け、近年は俳優としても活動している田中泯。一方で身体と労働、自然との関係を模索すべく、郊外の山村で農場を営んでいる。自らの身体から発せられる唯一無二の踊りや発言は多くの文化人を惹きつけてやまない。そんな田中は、クラフトの祭典をどのように見たのだろうか。
「クラフトワークの一番の特徴というのは、“人が見える仕事”です。表現している人の身体を感じられるものがクラフトだと思います。美術の世界ではときにAIや機械が制作の大半を行っていることがある。人間の脳が指示していれば芸術と言えるのだろうか? 現代においてロエベのクラフトプライズは一石を投じられるのか? そんなことを考えさせる展覧会でした」
今年は5,100組以上の応募者のなかから選ばれた30組のファイナリストが、東南アジア最大の近現代美術館であるナショナル・ギャラリー・シンガポールに集結。陶芸、ジュエリー、テキスタイル、木工、ガラス、金細工、家具、ペーパークラフト、漆といった多岐にわたる作品が選出された。審査の基準は、「技術的な達成度、技巧、革新性、そして芸術的ビジョン」。授賞式では大賞1作、特別賞2作が発表された。
大賞を受賞した韓国のジョンジン・パクの作品は「制御」と「崩壊」の間にある緊張関係を追求したものだ。身近にあるキッチンペーパーに色付きの磁土を塗布し、それを層状に積み上げ、高密度な長方形の塊に形成。高温の窯で焼成する過程で紙は燃え尽き、熱と重力によって塊は沈み込み、歪みながら最終的なフォルムが生み出された。
陶芸に対する既成概念を覆しながら、意外性と必然性を同時に備えた彫刻的存在感が高く評価された。『Strata of Illusion』2025年 磁器、紙、染料、釉薬 750×450×560mm
伝統的な陶器づくりを学んだパクは、陶器の限界に疑問を抱きながら、新しい方法を模索したという。「窯の中では思いもよらないことが起こります。私はそれを見て、大工のように素材を観察しながら、焼き上がった陶器に彫刻を施していきます。素材に対する疑問や驚きを感じ取ってもらえたら嬉しいです」と作品に対するコメントを語った。
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頭で理解するのではなく、心で感じること
「作品を見ていて、いいなと思う瞬間というのは頭で理解するのではなく、心で感じている。それはつまり内臓感覚なんです。“腑におちる”というあの感覚。クラフトの中心にあるのは、機械では補いきれない心の関わりであろうと思うんです。たとえばカゴをつくる人は、使う人が目に浮かぶようなつくり方をしているかどうか。人の手というのは常に立ち止まったりやり直したりする。それ自体がクラフトであり、そこから発見することはいくらでもあるでしょう」と田中は言う。
現代は、一億総アーティスト時代であると田中は指摘する。「誰も彼もがアーティストと言われてしまう現代において、芸術とはなんなのか? クラフトとはなんなのか? そういう議論がなされないまま、突き進んできてしまった。アーティストは経済性を持ち、ある種の売名行為になってしまっている。ではクラフトはどうなのか。そこがすごく気になりますね。ロエベのクラフトプライズは、工芸を開拓していこうとしているすべてのファイナリストを応援する試みだと思います」
特別賞の1組目は、スペインのアルバロ・カタラン・デ・オコンとガーナの職人コミュニティ、ババ・ツリー・マスター・ウィーバーズとの共同作品だ。ガーナ・グルンシ地方の伝統的な集落を空撮し、その写真を元に同地の伝統的なカゴ編み技法によってテキスタイルを制作。失われつつある建築文化と生活様式の記憶を記録しようとする試みだ。
「これはデザイナーと職人という、正反対の立場にいる人間同士のコラボレーションです。ガーナのとある集落でずっと存続してきた工芸を、現代的に再解釈しました。村の人たちの技術と専門性、そして背景となる物語をひとつの作品に昇華することで、彼らの工芸を一歩前進させるかもしれないのです」とアルバロは言う。
特別賞2作目は、イタリアのグラツィアーノ・ビジンティンによる2点のネックレスだ。薄い金板で構成された極小の立方体を連ね、古代の金工技法・ニエロによって装飾されたもの。ニエロとは硫黄、銅、銀、鉛からなる合金の装飾技術で、中世ヨーロッパで広まった。ビジンティンはパドヴァの「金の学校」と言われるピエトロ・セルヴァティコ・アート・インスティチュートで金属加工に関するあらゆる技術を習得し、同校で40年以上教鞭を取りながらその伝統を次世代に繋いできた。
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身体が欲して生み出されたクラフトは、世界の共通言語
ナショナル・ギャラリー・シンガポールの会場で鑑賞する田中。「そばに近寄って触れてみたくなるような作品に対峙したときは、身体で見ているような感覚になります」。
田中はモノと人との関係性を身体で感じ取れるようなクラフトが生き残って欲しいと言う。
「赤ん坊は自意識が生まれてくる3歳くらいまでの間、感覚だけの世界に生きているわけです。舐め回したり触りまくることで、モノの形態を学習する。そういうスキンシップを感じさせる作品が残って欲しい」
身体性を感じさせるクラフトについて、田中は自身の表現手段であるダンスに例えてこう続ける。「僕が踊りを人に見てもらう時は、なるべく小さな狭いところで、少人数に向けて踊るようにしています。たとえ観客が20人だったとしても、地球の裏側に向けて踊っているという自負がある。目の前にいる人たちの身体に伝わったものが、彼らの生活にまで浸透して初めて踊りになる。踊りはもはや僕自身のものではなく、僕の身体を通過して飛び出しているんです。それは“私”というスケールを遥かに超えている」
2026年2月、選考員によって行われた審査において133の国と地域から寄せられた5100点を越える作品の中から選出されたファイナリストたち。20の国と地域を代表する30作品は実に多彩なものとなった。大賞受賞者には50,000ユーロが、特別賞受賞者には5,000ユーロが贈られた。
クラフトには個を超えて、人間が普遍的につながり合える力があると田中。「私たちは生まれてきた時から地球という環境の中に身を置いています。ここにある空気は地球全部とつながっている。人間には皮膚があり、五体があり、感覚があり、心がある。身体がつくることを欲して始めたのが、クラフトワークの歴史の始まりでしょう。それが人々の営みの真っ只中に存在していたということ。そのことを生かし切るかどうかが問題なのです」
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クラフトの未来についての白熱した審議
9回目を迎えたロエベ財団 クラフトプライズ。審査員には財団の代表であるシーラ・ロエベをはじめ、クリエイティブ ディレクターのジャック・マッコロー&ラザロ・ヘルナンデス、昨年の大賞受賞者である青木邦眞、デザイナーで日本民藝館館長を務める深澤直人、ルーヴル美術館装飾美術部門ディレクターのオリヴィエ・ガベ、建築家のミンスク・チョほか多彩な顔ぶれが揃った。
審査員長のシーラ・ロエベは会場でこう述べた。「今年のファイナリストの審査は、歴代で最も困難なもののひとつでした。クラフトは現在どこまで広がり得るのか、そして未来においてどのような可能性を持ち得るのかについて、審査員たちが深く議論する機会となりました。作家たちの創造的探求を間近で見届けられることを、いつも光栄に感じています」
クリエイティブ ディレクターのジャックとラザロは「クラフトは、ロエベが創立した180年前から常にブランドの中心にあり続けてきました。ファイナリストの作品は、いずれも並外れた献身と創造性、革新への意志が息づいており、つくることへの無限の可能性を強く物語っていました」と賛辞を贈った。
年齢も国籍も超えてクラフトが一堂に会したこの日、人の手の持つ温かくも強靭な力が、世界をひとつにしていた。
ロエベ ジャパン クライアントサービス
TEL:03-6215-6116
https://craftprize.loewe.com/ja/craftprize2
※大賞作品と特別賞作品を含むファイナリスト30組の作品は6月14日まで、ナショナル・ギャラリー・シンガポールにて展示されます。
