VENICE ヴェネツィア/イタリア

ヴェネツィア・ビエンナーレのオーストリア館で、裸の女性が鐘に逆さ吊りになるアートパフォーマンスが物議を醸している。気候変動などへの警鐘を意味するとされるが、観る人によっては顔をしかめるであろう館内の展示と合わせ、賛否両論が押し寄せた。
逆さ吊りの裸体が鐘を撞く
ヴェネツィア・ビエンナーレのオーストリア館の前に立つと、青いクレーンに吊るされた巨大なブロンズの鐘が目に飛び込んでくる。
その内側で、全裸の女性が逆さに吊り下がるパフォーマンスが物議を醸している。ゆっくりと身体を揺らし、振り子のように弧を描くたびに、低く重い鐘の音がジャルディーニの庭園に響き渡る。
機械的な仕掛けは一切ない。人間が裸体を揺らし、鐘の舌(ぜつ。内側で揺れて鐘を撞く部品)とするインスタレーションだ。鐘には「TEMPORA O MORES」(時代よ、風俗よ)と刻まれている。
鐘は1時間おきに打ち鳴らされる。現代アート専門誌のアートフォーラムが訪れた時点では、アーティストのフロレンティナ・ホルツィンガー氏本人が裸で鐘の内部に逆さ吊りとなり、鐘の音色を響かせていたという。通常は彼女が率いる女性パフォーマー集団が交代で実演する。
手がけたのは、1986年ウィーン生まれの振付家・パフォーマンスアーティストである同氏。キュレーターのノーラ=スワンチェ・アルメス氏との共同制作で、パビリオンを丸ごと『シーワールド・ヴェネツィア(Seaworld Venice)』と題した作品とした。2年に一度の国際美術展、2026年のヴェネツィア・ビエンナーレで最大の話題作となっている。展示は11月まで続く。
演劇界の問題児がアート界でブレイク

鐘は「警鐘」「失われた時代への哀悼」などを表すと解釈されており、気候変動で水没するヴェネツィアや家父長制への問題提起であるとされる。
ホルツィンガー氏は、欧州の演劇・ダンスシーンではかなり前からその名を知られていた。だが国際的なアートの世界となると、彼女を知る者はほとんどいなかった。
アートフォーラムによると、ヴェネツィア・ビエンナーレ開幕前夜、あるジャーナリストが各国からのゲストにオーストリア館を勧めたところ、返ってきたのは「誰それ?」という反応だったという。
ホルツィンガー氏はこの10年、演劇界の問題児としても名を馳せてきた。ヴェネツィア・ビエンナーレに先立つ2025年の『ア・イヤー・ウィズアウト・サマー(A Year without Summer)』では、性的に過激な場面や出演者の頬を吊り上げる演出が繰り広げられた。
数時間に及ぶほぼ全裸の公演となっており、身体を酷使する手法に、軽妙な空気感を組み合わせている。
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仕掛けに賛否両論のオーストリア館
さて、鐘のパフォーマンスから、さらにオーストリア館の奥へ足を踏み入れると、パビリオン全体がひとつの巨大な水循環システムで構成されていることに気づく。
その中心部、展示の目玉となっているのが、来場者の尿を浄化した水で徐々に満たされるタンクと、その中で潜水し続けるパフォーマーだ。
来場者が仮設トイレで用を足すと、その尿は各室をめぐり浄化処理を施された上で、やがて人工の「海」へと注ぎ込まれる。ヴェネツィアを取り囲む潟(ラグーン)の潮の満ち引きと人間による汚染を模したものだと、英国現代美術誌のアートレビューは伝える。
この「海」で全裸の女性パフォーマーたちがジェットスキーを飛ばし、はしゃぎ回る。過去の公演では観客が失神したこともあるという振付家・演出家のホルツィンガー氏らしい、凄絶な光景だ。
こうした演出の根底には、風刺の精神がある。インド英字日刊紙のフリー・プレス・ジャーナルは、ジェットスキーが周回する光景を、大量に押し寄せる観光客たちへの皮肉と読み解く。観客自身の体液で維持される水槽は、消費行為の代償を問う装置だ、と。
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ヴェネツィアの潟に響いた鐘
ビエンナーレのプレビュー期間中のある日の朝。招待客を乗せた数隻のボートがビエンナーレ会場のジャルディーニの岸を離れ、小雨のベネチア潟へ漕ぎ出した。ホルツィンガー氏はパビリオンの外へと飛び出し、潟自体を作品の舞台へ変えようとしていた。
艀(はしけ)の上に裸の女性たちが並び、別の艀では裸の女性アンサンブルが重々しいドローン音楽(蜂の羽音のような低いうなり音)を奏でる。
水面下から鐘が引き上げられると、そこに逆さにぶら下がる形で姿を現したのは、ホルツィンガー氏本人だった。全裸で鐘の内側を回転して身体を打ち付け、まるで葬送の曲のような音色を水面に響かせた。現場ではさらに、肩甲骨にフックを埋め込まれた別の女性が宙吊りにされている。
ホルツィンガー氏はこうした前衛的なパフォーマンスを、「他者の廃棄物の中で生きる方法」と呼ぶ。痛みも汚れも、表現の素材として丸ごと引き受けるという宣言だ。アートフォーラムは、「痛みを伴うかもしれないが、壮観だ」と評している。
亡きキュレーターの指針と裏腹に
今年のビエンナーレではメインの国際展示を担当する予定だったキュレーターが死去し、政治的な騒動も重なった。そうした混乱のさなか、同誌はホルツィンガー氏の作品を、「最も反骨精神にあふれ、奇異で、記憶に残る」と評している。
国際展示を担うはずだったキュレーターのコヨ・クオ氏が望んだ展示テーマは、英日刊紙のガーディアが報じたように、「イン・マイナー・キーズ」だった。
これは直訳で「短調で」を意味する。アートニュース によるとクオ氏自身、「オーケストラ的な華々しさを拒むもの」「マイナー・キーは、極めて豊かな生態系を持つ小さな島々でもある」と、慎ましい原点に立ち返る意図を説明していた。
結果として今回のビエンナーレで最も話題に上っているのは、それとは対極的な作品となった。もっとも、入館に2時間待ちの列が報じられるほどの盛況となっており、良くも悪くも話題を射止めたことは確かなようだ。



